――――背中の曲がった老婆が黒衣に身を包み、祭壇の石階段をゆっくりとのぼる。
石階段を踏み込む度に杖につけている鈴がチリン、チリンと音を鳴らしていた。
こだまする鈴の音。静寂な薄暗い空間に広がる独特な線香の匂いがその場にいる者の鼻腔に触れる。
石階段のぼりきった場所、その視線の先に大きな台座が置かれ、その上に白髪の大男が横たわっていた。
頭部からのびるねじれた角、その片側は欠け落ち、表情も悲痛に悶え苦しんだ後、死に至ったように歪んだまま固まっている。
黒装束の男は石台に横たわる骸を悲しげに見下ろす。
「――――我らが魔王はみまかられた」
その言葉に参列していた者達から啜り泣く声が聞こえてくる。
その場で崩れ落ちる者さえもいた。
悲しみは深く、この魔王がどこまでも慕われていたかのがわかる。
「我らが偉大なる魔王。憎き人間を滅ぼさんと、その命の全てを捧げて戦ってくださった。我らは共に戦い、共に歩んだ。だが、勇者によってその命を散らしたのである」
黒装束の老婆の独白に参列者達は啜り泣きを堪えて、魔王が眠る石台をみつめた。
「我らは忘れない。あなたのことを。我らは忘れない。この屈辱を。我らは忘れない。あの憎き勇者を。人間を……我らはあきらめない。断じて。我らは新たなる魔王をここに求めん!!」
「「「新たなる黒炎を! 我らにお導きを」」」」
参列者達はそう口々にし、次々と跪いて、その両手を胸の前に組み、頭を垂れる。
祭壇の上にいる黒衣の老婆も「新たなる黒炎を」とつぶやき、杖の石付きを叩く。
「―――――これより、新たな魔王の誕生の儀式をはじめる!」
その言葉に参列者達は一斉に顔を上げた。
「我らが魔王よ、再び!」
「迷える我らをお導きを!」
「新たなる魔王を!」
「プレンエレンデアン、ロデオガルデア、ベルアルトメール、アルスダン、メルドランベルク――――」
黒衣の老婆が聞きなれない言葉を唱え始めた。
すると魔法陣が石棺の周りに浮かび上がり、骸の周りから黒い炎が吹き上がり、その体を覆った。
黒衣の老婆を中心に参列者達は跪き、一心不乱に同じ呪文を唱える。
黒衣の老婆が杖を下ろす。
黒炎の勢いは徐々に弱まり、やがて消えた。
魔王は灰の塊と化し、風に乗って散っていく。
その灰の中から赤子が姿を現した。
魔王の灰を被ったその赤子を黒衣の老婆は両手で抱え、高々に掲げる。
「今ここに、新たなる魔王が誕生した」
魔物たちはそれを見て、歓喜の声を上げる。
「新たな魔王に忠誠を! 統治が永遠に続かんことを!」
「「「魔王様万歳」」」
「「「魔王様万歳」」」
「「「魔王様万歳」」」
魔物たちからの万歳三唱は大地を揺るがすほどの大音量だった。
それに負けじと新しく誕生した魔王の産声もまた、同等かそれ以上に響き渡る。
誰もが新たなる魔王の誕生に歓喜しその誕生に舞い上がった。
ここまでは、長きに渡る歴史の中で、幾度となく繰り返された光景。
しかし、予想もしなかったことが起きた。
本来はありえないこと。
儀式を終えた魔物たちは魔王誕生の余韻に浸り、浮かれている中、その異変に魔女の1人が気づいた。
目を見開き、震える手で指差す。
「あ、あれは……」
その異常事態にまだ気づいていない魔物たちは何が珍しいのか、と首を傾げた。
魔女は指先を震わせながら石棺を指差す。
誰もがそこに注目したとき、魔王の灰の中からもう一人の赤子の泣き声が静寂に包まれた空間に響き渡った。