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それでもウチのヒロインが最強すぎる
それでもウチのヒロインが最強すぎる
天海汰地
現実世界ラブコメ
2025年07月03日
公開日
2.2万字
連載中
 学園の『ヒロイン』桜川ひたちは、まさしく最強の存在だ。  才色兼備で品行方正。だが、そんな彼女の正体は――弱点だらけのヒドインだった!  天川周はある日、そんな彼女の意外過ぎる一面を目の当たりにしてしまう。ひょんなことからライバル関係になった彼ら彼女らは、学園内に根付くスクールカーストの頂点を手にするために競い合うことになる。  そして勝った方は……『なんでも思い通り』⁉ 「ある才能」を秘めて暗躍する周は、クセだらけのヒロインたちを引きずり降ろすことができるのだろうか。  上等だ。ヒロインも高嶺の花も、巨乳委員長も元気ハツラツ幼馴染も生意気後輩も、まとめて好き放題してやるよ!  前代未聞の「ヒロイン謀逆系主人公」たちが送るハイコンプレックスラブコメディ、堂々開幕!

1章

【1-1】 ある晴れた昼下がりのこと

【Ⅰ Frühlingsstimmen】



「はぁああああ⁉」



 午前十二時四十分。


 あたたかな陽光の差す職員室に、一つの轟音が爆ぜた。

 音の主は一人の少年。なにを隠そう俺である。


 天川あまかわあまねはプリントを持つ両手を力いっぱい握りしめ、今にも紙束を破り捨てそうな衝動と戦っていた。



「うるさい、お前うるさい」


 廻戸はさまど先生がしかめっ面で人差し指を立て、唇に添えた。

 これが美人のお姉さんなら様になっていたのだろうが、悲しいかな俺の眼前におわす学年主任は『じゃない方』の性別である。まちがっても俺はおっさんに萌えるようなバグなど起こさない。


 俺は先ほどの咆哮の内容について言及する。



「約束が違うでしょ! なんで課題なんてやらなくちゃいけないんですか!」

「そんなクソみたいなセリフを職員室ここで吐けるとは、いい度胸だな」


 俺の手に収められた紙面には、見ているだけで頭痛を催しそうなほどの数式の羅列がちりばめられていた。


 そんな俺が抗議している相手は、学年主任であると同時に俺たちの数学の教科担任でもある。俺のクラスでは数学は週に最低二日はあるため、嫌でも二回はこの人と顔を合わせるしかないのだ。


 ちなみに、廻戸先生の授業ではこういった課題を課すことは基本的にない。じゃあなぜ、俺がこんな仕打ちを受けているかって?



「そもそも、お前が先週の数学を二回続けて遅刻するのが悪い。しかも数学って早くて火曜の三限だぞ。俺も舐められたものだな」

「う。なにも言い返せない……」


 こうして言葉にされると百パー俺が悪いと再確認させられる。我ながらナメとんのか。

 しかし、俺は引き下がらずに抵抗する。こちらにも納得できない理由があるのだ。



「で、でも! 俺は先生の言われるままに『課題』をこなしましたよ! それで罰の方はチャラってことになってたでしょ!」

「確かにそういう話だったな」


 廻戸先生は腕組をして静かに頷く。「それじゃあ」と、俺の目を覗き込んで問いかけてきた。



「その課題とやらはどういう内容だったかな?」

 投げかけられた質問に、意気揚々と返してみせる。


「そりゃあ、あれでしょ。六組の野球部とサッカー部のやつらの間にできたいざこざが一触即発って感じだったから、穏便に解決してこいっていう」


 そう。俺は廻戸先生の使いでちょっとした諍いの間を取り持つことになったのだ。

 百点満点の回答だったはずだが、しかし廻戸先生は額に手をやりため息を吐いた。


「そうだ。そうなんだが、お前はなにをした?」

「なにって……まず話し合えば和解すると思って、二人を呼び出して俺が場を取り持ってたんですけど、気づいたら二人の怒りが爆発しだして殴り合いに発展したんで、止めに入ったら挟み撃ちにされてぶん殴られました」


 事情を説明しながら、俺はいまだに赤く腫れあがった頬を指さす。

 あまりにも不憫すぎないか、俺。ちょっとした因果が巡り巡ってとんでもない不幸に見舞われた。



「なんだ、説明できるじゃないか。ならなぜ悪びれるそぶりを見せない?」

 廻戸先生は依然頭を押さえつつ問うてくる。

 その問いに食ってかかるように抗議した。


「悪びれる? や、俺は身を挺してまで事件を解決したんですよ! 褒められこそすれ、非難されるいわれなんてないんですが!」

「そういう所を非難してるんだ。俺が課した『課題』の内容をもう一度復唱してみろ」


 なにを言われているか理解できないまま、俺は先生の指示に従った。


「いざこざを穏便に解決する」

「そうだ。なにか違和感はないか?」

「はあ。特にないですね」

「……正解は『穏便』だ。どうだ、しっくりきたか?」

「全くきません。これのどこが穏便じゃないって言うんですか?」


 神に祈りでもするかのような先生の言葉を一蹴。

 先生は大きなため息をこぼしたのち、投げやりに吐き捨てた。



「あのな、天川。お前のやり方はまったく穏便ではないんだ。穏便な解決策では少なくとも暴力沙汰にはならない」

「……?」

「本気でムカつくからやめろその顔。とにかく、課題はちゃんとやって提出しろ」

「そんな! 横暴だ! 先生の嘘つき!」

「限りなく真実だろうが。いい年してごねるな」


「だってそんなの、俺のためにならないでしょうが! 絶対に受け入れてやるもんか」


「出やがった、例の信条」

 廻戸先生はうんざりした表情を見せた。

「なんだっけか。『万物は己がため』……? 相変わらず腐りきった思想だ」

 おぼろげながら、先生が暗唱する。


 そう。俺は自分の掲げる信条のもとに行動する。その指針だが、即ち自分のためになるかどうかだ。



「やるかやらないかなんてお前が判断することじゃない。強制されているんだ。そこにお前の意志などは存在しない」

 つっても廻戸先生の前じゃ、こんな風に打ち砕かれるうっすい信条なんですけど。


「なにがためにならないだ。お前のために課題を課してるんだろうが」

「いやだー! 課題なんてやりたくない! 勉強なんてやってられるか!」

「よくもまあ聞くに堪えない戯言をぺらぺらと……」

 年甲斐なく駄々をこねる俺を前にして先生は呆れた表情を浮かべる。



「分かった。プリントはやらんでいいから」

「マジすか! 先生大好き! 優男イケメン教師!」

「まちがいない」

 否定しろよ。なんでまんざらでもなさげなんだよ。



「落ち着け。その変わり、お前に新しい『課題』を与える」

「ええ……」



 ここで言う『課題』とは、数学の補習プリントではない。

 先述したような、学内で起こる問題の解決――主に生徒間のトラブルを解消するよう命じられる指令。

 俺は入学以来、廻戸先生から与えられた『課題』をこなすよう、暗躍してきた。


 ちなみにこの『課題』だが、俺には拒否権が存在しない。諦めて従うしかないのだ。

 そんな先生は上体を捻る。ガサゴソとなにかを手探りはじめて、拳を突き出してきた。


 俺は思わず怪訝な表情を浮かべる。無言で出された拳にどう対応するべきか。

 とりあえずグータッチ。

「そうじゃない。さんざん言われて、そうはならないだろ」


 ひっこめられた。「グーじゃない。パー」続けられた先生の言葉をそのままに指を広げると、なにやら金属片を手のひらに落とされた。



「これは……鍵ですか? でも一体どこの」


 どこかの鍵であることは間違いないが、用途がいまいち分からない。

 校舎内の一室の鍵ならば部屋名の書かれたプレートが付けてあるはずだし、代わりに古びれた紐が結ばれている。

 俺が不審がっていると、廻戸先生が返答ともとれるような問いを返してくる。



「特別棟は知ってるか」

「特別棟……ってあそこですよね。家庭科室に資料を取りに行ったことあります」


 俺は自信なさげに校舎の方を指さす。

 それもそのはず、あまり記憶にない。ここに来て二年経つが、当の校舎での思い出と言ったら、前述したような目的でしか立ち入らないのだ。


「そうだ。その家庭科室も去年別棟に新設されて、今では基本的に使用されていない廃校舎だな」

「はあ。で、その鍵が特別棟の鍵ってことですか?」

「その一室の鍵だ。三階の奥の物置部屋。そこに一つ探し物があってな」


 聞いているうちに、嫌な予感がしてきた。そしてその予感はすぐに的中することとなる。



「そこでだ天川。お前ちょっと取ってきてくれ。どうせ放課後、暇してるだろ」

「なんだか失礼なことを言われた気がするんですけど。俺にデートの約束でもあったらどうするんですか」

「あるわけないだろう。意味の解らんこと言ってないで言う通りにしろ」

「…………」


 ほんと良い性格してる、この人。


「ええー、めんど。それってただの雑用じゃないですか」

「ただでとは言わん。その鍵はもはや誰にも使われることのない骨董品だ、しばらく好きに使わせてやる。その意味が分からんほどマヌケではないだろう?」


 廻戸先生がニヤリと口角を上げる。その顔の言わんとすることに気付き、俺ははっと顔を上げた。



「教室一部屋を、俺の好きに使える……!」

「そういうことだ。どうする? 大人しく罰を受けて相応の報酬を得るか、この機会をなかったことにするか」


 そんなの聞くまでもない。多少の労力を費やすだけでそれ以上のリターンが得られるのだから、いちいち天秤にかけるまでもないだろう。


「分かってるくせにそういうこと聞いてくるのは、性格悪いですよ先生。だからいい歳こいて結婚できないんだ」

「口を慎めクソガキ。女の子にはこうやって選択肢を与えるのは有効なんだよ」

「いででで! ちょ、これは体罰でひょ!」


 先生は相当な握力で俺の口をむぎゅっと掴む。年齢については否定しないあたり、自分で言っときながら同情を抱いてしまう。



「とにかく。放課後そこにいけ。目当てのものは見ればすぐに分かる」

 有無を言わせぬ言葉の圧に、俺はこくんと頷いた。

 それを見て廻戸先生は不敵な笑みを浮かべる。

「それでいい」



 その笑顔の裏に隠された真意を、この時の俺はまだ知らなかった。

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