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【1-3】 2年5組の日常


 そんなこんなで階段を上がり、自分たちの教室の前に到着した。

 戸を引くと、部屋のあちこちに散っていた喧騒が一瞬止んで入口へと視線が集まってくる。


「おー! 天川あまかわじゃん!」

「おっすー、問題児! 久しぶりだなあ」

「……ぅす」


 注目を浴びながら、なぜか中腰で自分の席へと向かった。

 うわーやだこの感覚。一週間も学校休んで、その理由が停学て。連中は囃し立てるけど実際恥ずかしいからやめてくれ……。


「そこの滝田たきたが寂しそうにしてたんだぜ?」

「おーい、冗談よせ。別に寂しくなんかなかったんだからね?」

 クラスメイトが雑に振ってきて、それを滝田が拾い笑いが起きる。誰からともなく展開されるようなコントはこのクラスでの恒例行事みたいなものだ。



「相変わらずアンタたち、仲が良いわよね」

 その場に広がるノリの輪に、また一人増える。

「委員長」

 俺がそう呼んだ人物は、文字の通りこの二年五組のクラス委員長だ。


 桃園ももぞのはとり。きりっとした顔つきが印象的なポニテ女子。あと巨乳。

 クラス代表だけあって成績は良く、勉強もできて普通にかわいいので普通科男子を中心に人気は高い。あと巨乳。



「おす、委員長。久しぶりだな」

「ホントに。ずいぶん久しぶりな気分よ。天川がいないだけであんなにも静かになるものなのね」

 その表情は戻らない情景に思いを馳せている風だ。なんだよ、来ないほうがよかった? 俺、いらない子?


「俺も委員長なしじゃ生きてる心地がしなかったぜ。やっぱり最低でも一日一回委員長のおっぱいを目に焼き付けてこそ初めて日常を実感するんだな、と」

「……っこ、の変態!」

「ぐべっ!」


 いつもやってるように冗談で返したら、顔を真っ赤にした委員長の右フックが俺のどてっぱらを貫いた。

 な、なぜ……淀みのない真摯な笑顔で応えたはずなのに。別にバカにしてるわけじゃないし全然変な意味で言ったのに、あんまりな仕打ちだ。


「まあ天川。なにはともあれ。元気そうでなによりだ」

「たったいま元気じゃなくなったけどな……」

 朝の一幕を切り上げるチャイムが鳴って、各自自分の机に戻っていく。


 周りが談笑する中で、俺はとある席にちら、と目をやった。

 そこにはやはり、彼女がいた。



 花室はなむろ冬歌ふゆか



 艶めく黒髪がすらりと伸びる彼女は、そこが世界の中心であると主張せんばかりに凛然と存在している。

 彼女もまた、海南うみなみ高校が誇る才女。ウチじゃ一、二を争う成績優秀者だ。

 しかし、当の本人はその評価を気に入っていない………どころか、彼女にとってはその話はタブーなのである。


 海南高校のあらゆる順列において常に一位を独走する桜川さくらがわひたちの陰に隠れいつも二位の座に甘んじている花室にとって、彼女と比較するような評価をされることはこれ以上ないほど屈辱的な地雷なのだ。


 そんな彼女は広げていた参考書を閉じ、HRが始まるのを静かに待っている。 



 喧騒が止み切らないなか、開かれた扉から人影が姿を覗かせた。


 一人の女性が五組の教室に入ってきた。両手に持った出席名簿の上に重ねたペンケースには、マスコットキャラのキーホルダーがぶら下げてある。

 担任教師の登場に、クラスメイト達はそれぞれ黒板に向きなおって彼女を見る。



「はい、みなさんおはようございます。それじゃあ今週も頑張っていきましょう」

 鈴のような心地良い声を鳴らす彼女は、軽快に両手を合わせ生徒のかおを見渡した。


 上原うえはら八千代やちよ先生。国語の教科担任にして、俺たち五組を受け持つ担任だ。


 ほんわかした雰囲気から伝わる通り、教師という生き物の中では若手。教師の中では。ココ重要。

 年齢をひた隠しにしているが、俺たちへの自己紹介時に教師として二巡目の担任という確信に迫る発言を零してしまい、入学一日目で実年齢をカミングアウトする結果になった。つまりは最低でも二十代後半。高校生相手じゃかけ離れた差であろう。

 まあ、あれだ。可愛く言えばドジっ娘。娘…………?



「えー。みなさんお待ちかねだと思いますが、一か月後後は文化祭です。なので朝のHRのうちに演目と役割を決めちゃいましょう」

 テンションの乗り切らない声調で八千代ちゃんが呼びかけた。


「まだ決まってなかったのか?」

「先週は話し合ったけどなにも進まなかったじゃん……って、天川は居なかったか」

「やかましいわ」

 いつまで引っ張んねん。なんてはじめは不満を抱きもしたが、男女問わずウケているので悪い気はしない。


 笑い声の中、無意識にひとりの人物へ視線を向けていた。

 やはり、花室冬歌はこちらに一瞥もやってはこない。



「笑いごとじゃないのよ。結局なにもできず終わっちゃったでしょ。今日の放課後に代表者会議があるっていうのに、私たちだけ演目すら決まってないなんて」

「いやあ、こういう話し合いはクラス全員揃ってやるべきだと思うんだよ。天川抜きで進めるわけにいかないっつーか」

「俺を都合よく利用するな」


 委員長が軌道修正してくれたところで、議題は再び演目の内容へと移った。

 俺たちの様子を見ていた八千代ちゃんは不安そうにあわあわしている。

「とにかく、今日中に決めなきゃうちは不参加ってことになっちゃうから、みんな頑張って考えて!」


 この学校における学内行事というのは、他のそれとは意味が違う。

 培った知識や経験。実社会に近い場で実力をアピールする場、いわばプレゼンテーションなのだ。

 とはいえ、アイデアというものはそう簡単に降ってくるものではなくて。

 生徒たちは頭を抱え各々悩ましげにしていた。



「浦島太郎とか鉄板じゃない?」

「鉄板というか、演劇としちゃありきたりだろう。そんなもので評価がもらえるとは思えないな」

「そうだね。やるなら盛り上げたいもんね」

 そうだ。どうせやるなら真新しいモノ。

 閃き、想像力。学校側はそういったセンスを評価基準とし、生徒に求めている。


「決めるにしても、なにから決めればいいか分からないしなー」

「じゃあさ、登場人物とかから決めていこうよ。主役とか」

「主役…………あ」

 小さく呟いた男子生徒――北原きたはらが、なにか閃いて指を立てた。



「八千代ちゃんがいいと思うんだ」



 沈黙が広がる。

 そして、激震が走った。


「お前、天才か……」

「そんな才能が、なぜ今まで埋もれていた!」

 男子たちの反応はめっぽうよかった。才能の原石が埋もれていた事実を惜しむ者、反対にその光景を妄想してガッツポーズをとる者。


「ちょ、ふざけてないでちゃんとした意見を出しなさい!」

「ふざけている? 聞き捨てならんな、俺たちはいたって真剣だ」

「アラサーの織姫コスとか需要しかねえだろォ‼」


 コスじゃねえだろ。……や、でも高校生の演劇で衣装として着るならまだしも、その恰好をするのが教師ともなれば、それはもう立派なコスプレなのでは。うん。コスプレですね。

 なるほど。それなら確かに真新しい。なにが新しいって、いい歳こいた女教師が主要人物のコスプレして臨む文化祭などどこの文献を漁っても見当たらないので、実年齢とは裏腹に新鮮味が感じられる。



「ソッカ、ソダヨネ。ワタシ、モウ、三十路……」

「ちょっと男子! 八千代ちゃん丸まっちゃったじゃん!」

 アラサーとかいう無慈悲な単語に喰らって、八千代ちゃんはその場にへたり込んでしまった。

 すかさず女性陣がフォローに入る。


「上原先生、大丈夫ですよ。女性の平均初婚年齢は二九・四歳らしいですし、結婚適齢期は三十代前半らしいのでまだギリセーフです」

「つまりあと二年くらいか。……無理だな」

「びええええん!」

「ちょっと男子! 余計なコト言わないでよ! 八千代ちゃん泣いちゃったじゃん!」

 チェックかけたのお前らだろ。



「まったく。この調子じゃいつまでたっても決まらないでしょ」

「そう言われても。ぶっちゃけなんでもいいっていうかさ……」

「同意。ゆーても文化祭だしねー」


 彼らの反応の理由はこれだ。

 一口に文化祭、学園祭といっても、その実態は大きく異なる。

 だいたいの高校はこの六月か、秋の十一月、どちらかの時期に開催されることだろう。


 だが、そこがやはり海南、他の高校とはシステムが違ってくるのだ。

 夏の文化祭は伝統や文化になぞらえた『学』の大会。対して十一月に開催される学園祭は、この学園の創立を記念して一般開放し、校内関係者以外も立ち入ることのできる催しだ。


『営』の祭典。各種出し物や出店。有志のバンドライブや部活の演奏会など、その企画規模は多岐にわたる。

 先述したように、海南高校は生徒の成果主義、実力主義。教育の形も実践形式のものが多い。それはひとえに生徒の将来性や社会的思考を育むためであり、教科書に見つめ合うだけの教育形態に一石を投じるがごとく、実演を交えた教育課程を推進している。


 この世界のどんな場面においても、マニュアル通りに行くことの方が少ない。海南が目指しているのはそんな異常事態を打開する策を閃くことのできる思考、自分で考えることのできる人間の育成だ。

 よって文化祭実行委員は通年で動いており、極力学校側からの干渉はしてこない。業者との打ち合わせや外部招聘は生徒が主体となって行うのだ。



「なら北原、アンタ主役にするわよ」

「なんでだよ⁉︎」

「テキトー言って先生を泣かせた罰よ。アンタが織姫の衣装着て出なさい」

 うーん。それには俺も頷きかねる。野郎の女装とか俺らに需要ねえしな。

 本人も乗り気ではないようだ。断るためにそれらしい理由を探している。


「いや俺、歌も演技も上手くないからさ。ま、バンドとして出ていいなら話は別だけど」

「それは学祭でやりなさいよ……」

 北原が黙りこむと、教室内はふたたび活気のない静寂に包まれる。

 こりゃ、たしかに悩みものだな……。



「天川、なにか意見ある?」

「そーさなあ……」

 俺だって別にガチの演劇がやりたいわけじゃない。そこそこの温度感でみんな楽しくやれればそれでいいってのが本心だ。


 とはいえ半端に臨むわけにもいかない。こっちだって事情があるのだ。

 今回の文化祭――年度が始まって初の学校行事だ、ここで結果を出すことは全校生徒への俺の認知度を上げること、ひいては学園法への影響に直結する。

 学園法か……。えげつない差別を受ける俺たちにとって、その存在は切っても切り離せない影響を及ぼしているのは確か。

 ならいっそ、深層心理に訴えかけるのなんてどうだろう。



「『ブレーメンの音楽隊』とかどうよ」

「お? なんだそれ」

 有名なドイツの童話だ。年老いた動物たちが力を合わせて安住の暮らしを手に入れるというストーリー。

 弱者とみなされた者が工夫して幸せを手に入れる。まさに俺たちにぴったりの演目じゃないか。


「なんかよさげじゃね?」

「うん。いいと思う」

 お前らぜったい適当言ってんだろ。


「それじゃ、五組の演目はブレーメンの音楽隊で決定でいいですか?」

「「「さんせーい!」」」

 教室が盛り上がる。やけにみんな嬉しそうだが、半分は決めごとが終わった達成感から来てるんだろうな。


 湧き上がる歓声の隅っこで、俺は静かに感じた振動に目を落とした。

 ポケットにしまっていたスマホからだ。ホーム画面にはメッセージアプリの通知。


 差出人は……廻戸はさまど先生?


 なんだろう、もうロクな予感がしない。俺は神妙な面持ちでスマホをしまった。

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