2026年、現代に突如現れたダンジョンにより、人類の99.99%は死滅した。
人のいなくなった街はその機能を失い、コンクリートの隙間から著しいほどの植物の浸食を許している。
いたるところに魔獣と呼ばれる生物が跋扈し、数少ない物資を生き残った人間が奪い合う地獄のような世界。
そんな絶望の世界のはずなのに、この廃墟と化したショッピングモールには3人の笑顔があった。
「わぁ、冷たくておいしい!」
「ほんと、こんな時代に冷たいオレンジジュースが飲めるなんて!」
ミナとアリサは空になったコップの中の氷をカラカラと回しながら見つめた。
これは人類の大半が滅亡した終末世界で、最強スキルを駆使して楽しく生きていくストーリー。
◆◆◆◆◆◆
「知らない天井……というか知らないフタ……か?」
仰向けで目を覚ました俺は、手を伸ばして目の前のアクリルで出来たフタに触れた。
軽く押すとスッとフタが開く。
日焼けマシンのような、いや酸素カプセルというべきか、ともあれ変な装置から身を起こす。
「で、どこなんだここ」
薄暗い部屋の中を見渡すがまったく覚えのない場所だ。
周辺には俺が寝ていた酸素カプセル装置が複数あり、壁際の機械類からコードが何本もぶら下がっている。
全体的に薄暗くほんのり赤い照明は、何かのアニメで見た緊急非常用電源にしか見えない。
そんな中、壁際に扉があることに気付いた。
「まぁこんなとこに居ても思い出せそうもないか。とりあえず部屋を出よう」
扉を押すとギギギと軋み音を出しながらゆっくりと開き、その先には無機質な廊下が続いていた。
やっぱりこの場所に覚えはない。
冷やっとした感覚に寒気がする。
「誰かいませんかぁ?」
そう声をあげてみるが、まるで人の気配はない。
一応周囲を警戒しながら廊下を進み、いくつかの階段を上ってみる。
こういう時は上へ向かうのがお約束だ。
4階層ほど上ったとこだろうか、廊下の先に隙間から光が漏れている扉があった。
ようやく外へ出られるのかと、躊躇なくその扉を開く。
ガシャン、ギギギギ……
まぶしい太陽光に顔をしかめ、最初に目に飛び込んできたのは、背丈もあるほどの草だった。
「はぁ?」
ここが森の中だったというわけではない。
草の先には複数のビルが建ち、地面にはレンガで出来た歩道やアスファルトが広がっている。
それらの隙間を縫うように異常成長した草がぼうぼうに生えているのだ。
よく見ると等間隔に植えられた街路樹もこれまで見たことがないほど太く、その根元は抑えきれなくなったアスファルトがボコボコに盛り上がっていた。
しかもそこかしこに追突して故障したであろう自動車が放置されている。
「なんだこれ、終末の世界かよ……」
俺は以前に見た「終末世界へようこそ!」というアニメを思い返した。
人類が滅亡して数百年経った日本の観光地を、生き残った女子高生の二人が巡るという攻めた内容のアニメだった。
ボロボロになった観光地を描写しているのに、聖地巡礼する人が後を絶たず経済効果も凄かったとニュースでやっていた。
まさか本当にそんな世界になっちまったのか?
「おーーーい!」
おーいおーいと俺の声が反響するばかりで、風で揺れる草木の音以外なにも聞こえてこない。
普段なら人の喧騒や信号の電子音、大型ビジョンから流れるうるさいCMで耳が痛くなるほどなのに。
「よよよし、とりあえず情報の整理をしよう」
速くなった鼓動を落ち着かせるため、ここで記憶を再確認してみる。
俺の名は「朝霧ユウト」。
直近の記憶は……大学3年の春頃までは覚えてる。
確か教授を含めた飲み会でアニメ談義に花を咲かせ、その後教授の家に御呼ばれしたな。
『君の異世界アニメの知識は素晴らしい、今度それで論文でも書いたらどうだ?』
『いやだなぁ教授、それ本気にしますよ?』
『わはは、ワシの並列世界機構の論文も参考にするが良い』
その後しこたま飲んで……あれ、その後どうなったんだ?
どうやらそこで記憶が途切れ、今に至るということらしい。
その後いったい何が起きたというのか。
「ま、わからないことは気にしてもしょうがない」
俺は合理的な考え方をするが、比較的楽天的な性格でもあった。
『5秒考えてわからないことは人に聞け。それ以上考えても無駄だ』という教授の教えに妙に納得し、人生の教訓にしている。
もしここが本当に終末の世界だとしたら、理由を考えるよりも生きていく術を先に見つけておかないと大変なことになる。
「あれ? なんだこれ」
ふと右上に視線を送ると、視界の中に三本線のアイコンのようなものが映っていることに気付いた。
視線を他に移しても常に右上に存在する。
まるでVRゲームの中にあるメニューボタンのような。
何気なく右手の人差し指でそのアイコンに触れてみると、視界の中央にウィンドウのようなものが現れた。
「うお!」
そのウインドウには3つのタブがあり、それぞれ【
各タブの中はまだ何もないが、それぞれレベル1と表記されていた。
「なんだこれ、ゲームみたいだ。ってかどうなってるんだこれ」
以前プレイしたVRサバイバルゲームを思い出す。
俺はなんとなく近くに落ちていた空のペットボトルを拾うと、空中に【
ゲームの要領で【
PETボトル【『材料:ポリエチレンテレフタレート 質量:30g』】
「へぇ、こりゃ面白いな」
俺は調子に乗って道端に落ちているものを拾いながら解析を試みる。
ビニール袋【『材料:塩化ビニル樹脂(石油→エチレン・塩素) 質量:8g』】
コンクリートの破片【『材料:セメント・骨材(砂利・砂)・水 質量:550g』】
鉄パイプ【
解析できるものとできないものがあったが、ゲーム的に考えるとこれはレベル上げで解放されていくのだろう。
改めて鉄パイプを眺めると、わきに小さく『異空間ポケットへ収納』という文字を見つけた。
迷わず選択すると、手元から鉄パイプが消え、メニュー内の異空間ポケットタブに鉄パイプのアイコンが追加されている。
そのアイコンに触れると手元に鉄パイプが戻ってきた。
「まじか……科学のレベルを超えてるぞ」
いわゆる異世界転生モノのアイテムボックスってやつだ。
原理は分からないがとんでもないスキルを身に着けているもんだ。自覚症状はないが。
俺は面白くなって、あらゆるものを触っては収納を繰り返していたが、お腹がぐぅとなって我に返った。
「考えてみたらこんなことしてる場合じゃないな。食べ物と水を確保しないと」
慌てて周囲を見渡す。
ビルの1階にあるお店はことごとくガラスが割られており、店内が荒らされているのがわかる。
しばらく食料を探しながらウロウロと散策していると、身に覚えのある看板を見つけた。
「高島屋タイムズスクエア……ってことは、ここは新宿か?」
浸食した草木で光景がまるで違うため気付かなかったが、学生時代によく通った場所だった。
草木だけでなく荒らされた店、渋滞し放置された自動車、折れ曲がった信号、どれも見たことのない光景だ。
俺が地下で寝ている間に何が起きたのだろうか。
俺は5秒だけ考えてすぐ食べ物探索に意識を戻した。
だって考えても無駄だし。
もし俺以外の人間が生き残っていたら、その時に教えてもらおう。
「何か食べ物の位置がわかるスキルとかないのかよ……」
ダメ元でメニューを開いてみる。
よく見ると解析タブにさっきまでなかった文字が追加されていた。
『解析アナライズレベルが2になりました』
『「
「おお、レベルが上がってるじゃん!」
どうやら先ほどの解析遊びの繰り返しで必要経験値?がたまったらしい。
本当にゲームみたいな仕組みだな。
「で、
改めて追加された「
すると自分を中心に半径100mほどだろうか、電磁波のようなものが広がっていくのがわかる。
しかし特に反応がない。
何度か試してみるが、何かの位置を指し示すようなことはなかった。
「なんだよこれ、この機能で何を探知してくれるんだ? よくわからん」
少なくとも食べ物を探してくれる機能ではなさそうだ。
若干がっかりしながら俺は再びお店巡りをしながら変わり果てた新宿の街を練り歩いた。
1時間ほど歩いただろうか。
結果、食べ物を扱う店は全滅、小売店はおろか問屋に至るまで食べられそうなものは置いていなかった。
「マジか……終末世界恐るべしだな」
俺は駅前広場でへたり込んだ。
このままでは何もせずに餓死してしまう。
異世界転生した主人公だって初日から飢えるなんて話聞いたことがないぞ。
ふと顔を上げると目の前にはパチンコ屋のビルがそびえたっていた。
「『パチンコタワー・グリンピース』か、美味そうな名前しやがって」
唾をごくりと飲み込みながらそのビルを上から下まで眺めた。
敷地面積が広いのに6階建てのビル全部パチンコフロアのようだ。
日本人のギャンブル熱も凄かったんだなと思いながら、ふとビルの入り口を見ると違和感を感じた。
ガラスが割られていない。
「まぁこんな世界でパチンコ屋を襲撃する馬鹿はいないか……ん?」
俺は思い当たった。
パチンコ屋って特殊景品以外にも端玉交換用の食べ物やお菓子なんかを置いているよな。
俺は急いで入り口のガラスを割り、中に入った。
案内板を見るとこの店は1階から5階までを遊戯フロアとし、最上階の6階を丸々景品交換フロアにしているらしい。
疲れた足に鞭を打って一気に6階まで駆け上がる。
そこは辿り着いたものを歓喜させる桃源郷だった。
「おお!やった!食べ物がある!」
このフロアはまだ手付かずだったのか、棚という棚には全て景品が並んでいた。
ちょっとしたスーパーマーケット並みの広さに、お菓子やカップ麺、パックご飯、レトルト食品に缶詰など、ありがたいことに日持ちする食べ物であふれかえっている。
俺はそれらを片っ端から異空間ポケットに収納していく。
全ての食べ物を入れた後、異空間ポケットのメニューには「空き容量 残り7%」と表示されていた。
相当入れたからな、これだけあれば数か月は生き延びれるだろう。
取り急ぎ棚にあった災害保管用の水のペットボトルを1本開け、一息に飲み干した。
「ぷはぁ!生き返るぅ!やっぱり生きていくのに水は必要不可欠だな」
全ての棚が空になっているのを確認した俺は、今度は各階にある自動販売機に目を付けた。
こっちも手付かずであれば貴重な飲料水が手に入る。
しかし思いのほか頑丈でカギを壊すことができず、今回はあきらめて建物を出ることにした。
外に出ると日が傾き始めており、夕日を浴びて木々が赤く照らされた葉を揺らしていた。
そうか、この世界には電灯がないから日が落ちる前に火を起こさないと何も見えなくなる。
俺は急いで夜を明かす場所を探し始めた。
そしてとあるビルの1階部分を散策していた時、その出会いは唐突に訪れた。
「ダメだぁ……お姉ちゃん、このお店もないよ……」
目覚めてから初めて聞く人間の声。
あまりの唐突な出来事に俺は身動き一つせずにその言葉の反応を待った。
「どうしようか、そろそろ暗くなるし、安全な場所も探さなきゃね」
「でもお腹空いたよ……」
「暗くなったら魔獣が活発になるんだから、安全が最優先でしょ?」
「うぅ、それもそうだけど……」
女性二人が話す声。
俺は他にも生き残りがいたことに喜びを隠せなかった。
ぜひ彼女たちと話がしたい。
なぜこんな世界になってしまったのか、もしかしたら知っているのかもしれない。
考えるよりも早く俺は行動に出てしまっていた。
「あの……」
「え!?」
突然ビルの陰から現れた俺を見て、二人は固まった。