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第2話 わかめとビーフジャーキーのおじや

「お、お姉ちゃん!下がって!」


 後ろにいた背の低い女性が長い棒を構えて前に出る。

 敵意をむき出しにしているが、どちらかというとその目は驚きが勝っているという表情だ。


「ご、ごめん!なんか声が聞こえてきたからさ、ちょっと話でもと思っただけなんだ」

「誰!? こっち方面の物資調達は私たちだけのはず! あなた、どこから来たの!?」

「どこって……さっき目が覚めて、この辺をうろうろしていたんだけど……」

「はあ?」


 変わらず棒を突き出したまま怪訝な表情をする。

 棒を構えた女の子は中学生くらいだろうか、背丈は150cm程度、肩までの黒髪に目鼻立ちがしっかりしている。

 同級生の男子にモテそうなタイプだ。


 後ろにいる女の子はぱっと見、おっとりした雰囲気を感じる。

 背は160cm前後、少し赤みがかった長髪がさらさらと揺れている。

 いずれにせよ二人ともこの世界には似つかわしくない美しい容姿だ。


「ねえ、ミナ、この人、悪い人じゃなさそうよ」

「そんなのわかんないよ、虫も殺せないような顔をして食べ物につられて手を出す人もいっぱいいたでしょ?」


 そう言って再び俺をにらみつける。

 その時、後ろの女性のお腹がぐぅと鳴った。


「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん」

「ご、ごめん、食べ物という言葉に反応しちゃって……」


 それを聞いて俺もお腹が空いていたことを思い出す。


「よかったらその、これから一緒にご飯でもどう? 俺もこれから食べるつもりだったんだ」

「え!? 食べ物を持ってるの!?」


 急に目の前の女性の眼の色が変わった。

 ごくっと喉を鳴らす音が聞こえる。


「さっき見つけたんだ。暗くなる前に火を起こしてご飯にしようよ」


 ミナと呼ばれた小さな女の子は、構えた棒を少し下げながら逡巡している様子だった。


「……まぁアンタの評価はご飯の後にしてあげるわ」


 辺りが薄暗くなる中、俺たち3人は急いでビルの横にあるコインパーキングの敷地に移動した。

 車が20台は停められるだろうか、それなりの広さがある。

 俺は手に持ったライターで拾った枯れ木に火をつけたき火にすると、二人に待つよう伝えて隣の店に戻った。


「え、どこ行くの?」

「必要なものを揃えにね。ここならキッチン用品も置いてあるでしょ」

「え?ご飯って……お菓子とか乾パンとかじゃないの?」


 後ろ手をひらひらと振って俺は小さめの鍋と一緒に器とスプーンを調達して戻る。

 せっかく人と出会えたんだし、ちゃんとした食事を取らないとね。

 俺は異空間ポケットからいろいろと食材を取り出した。

 その光景を目にした二人が目を見開く。


「え? え? 何? どこから出したのそれ?」

「すごい……魔法みたい」

「俺にもよくわからないけど、なんか物を保管できる能力があるみたいよ? いわゆるアイテムボックスってやつ?」

「そんな他人事みたいに……」


 火にかけた鍋にペットボトルの水を入れ、一緒に乾燥わかめとビーフジャーキーを入れる。

 ふつふつと沸いた後に永〇園のお茶漬けの元を入れ、最後にパックご飯を3つ崩し入れ、煮立たせたら完成。

 二人の視線はずっと鍋の中から動かなかった。


「わかめとビーフジャーキーのおじや、完成です」

「は、はやく!」


 お茶漬けのもとと解れたビーフジャーキーの混ざり合う香りによだれが止まらない二人。

 おじやをよそうと二人ははふはふ言いながら一心不乱に食べ始めた。


「はぁぁ……」

「……おいしい……」

「そんなに喜んでくれるなら作った甲斐があるよ」


 適当に作った独身男料理にここまで喜んでくれるとは。

 俺も器によそって食べる。

 しっかりとした塩気がわかめとご飯に絡み合い、身体に染み渡る。

 たまに口に入るビーフジャーキーの触感と噛むほどにじみ出る旨味が食欲を刺激して、食べるのが止められない。

 俺たち3人は鍋の中のおじやをすべて平らげた。

 食べ終わる頃には辺りはすっかり暗くなっていた。


「はぁぁ、こんなに暖かいものを食べたの、久しぶり……」

「普段は何を食べてるんだ?」

「1日1個、缶詰を開けるくらいよ。たまに乾パンとかお菓子が支給されるわね」

「支給?」


 俺が疑問に思うと同時に、二人はこちらに向き直った。


「私の名前はアリサ、そしてこっちの小さいほうはミナよ」

「"小さいほう"じゃないでしょ、私はお姉ちゃんのボディガードなんだから」


 そう言ってミナは歯を見せて笑う。


「俺はユウト、二人は姉妹なんだ?」

「そうよ。お姉ちゃん一人じゃ心配だから、いつも私が付いて回ってるの」

「妹に心配されるほどじゃないと思うんだけどね……」


 仲睦まじい姿にこっちも口角がつい上がってしまう。

 俺は一番疑問に思っていることを二人に尋ねることにした。


「知っていたら教えてほしいんだけど……」

「え、なんだろ」


 姉のアリサが改まってこっちに向き直る。


「この世界のこと。さっきも言ったけど、俺は奇妙な地下で目覚めて間もないんだ。なんでこんなに人がいなくなったのか見当もつかないんだよ」

「え、それってホントだったの?」


 ミナが怪訝な表情で言った。


「普通に大学生活をしていたとこまでは覚えてるんだけど、気付いたらこんな感じだったんだ」

「……ってことは、ダンジョンのことも知らないの?」

「え、ダンジョン?」


 突拍子もない言葉に思わずオウム返しをしてしまう。

 もしかしてアレだろうか、ラノベでよく読んだ現代ダンジョンとかそういうやつなのかな。

 たき火を囲みながらミナは少し神妙な面持ちで口を開いた。


「今から2年くらい前、急に日本各地にダンジョンが現れたの。なんかこう、空中に裂け目みたいなのができて、中は別の空間が広がってて」


 ミナは手ぶりを付けながらダンジョンの説明をする。


「最初は物好きな人やユーチューバーが中に入って配信とかしてたんだけど、魔物みたいなのが出てきて大騒ぎになって」

「魔物?」

「なんか狂暴なイノシシみたいなのとか大きい虎みたいなのとか。政府も自衛隊を派遣して抑え込もうとしたんだけど、だんだん対処できなくなって……」


 そこまで言ってミナは伏し目がちにこちらを見た。

 俺の反応を伺っているようだ。


「その魔物に人類は滅亡させられたってわけか」

「そう……ね、徐々に電気や水道も使えなくなって、人間同士での争いも起こってたみたいだけど……」


 まさに世紀末ってやつだ。

 当時から異世界転生や現代ダンジョンもののラノベが流行っていたが、それが現実に起きてしまったなんて洒落にならない。

 一部のオタク界隈は好きな世界観が現実になって狂喜したことだろう……まぁ死んでしまっては元も子もないが。

 正直、信じたくはなかったが、この現実を見る限りミナの言ってることは正しいようだ。


「ねぇ、ちょっと待って」


 アリサの言葉にミナの動きがピタッと止まった。

 たき火越しに隣のビルとの境を凝視しているアリサ。


「何か、いる……」


 俺も同じ方向に目をやるが、いかんせん暗くて何も見えない。

 聞き耳を立てても草木が揺れる音しか聞こえてこなかった。


「あ、そうだ」


 俺はメニュー画面を呼び出し、おもむろに周囲解析サラウンド・スキャンを試みた。

 ブゥンと電磁波のようなものが周囲に広がっていく。

 さっきまで何も反応がなかったため大して期待していなかったが、先ほどとは違う反応があり俺は驚いた。


「な、何かいるな、確かに」


 コインパーキングの横に隣接している建物の向こう、何か動く物体の青白い輪郭が表示されている。

 しかし驚いたのはその大きさだ。

 ゆうに3mは超えているだろう。


「軽自動車くらいの大きさの動物が1匹、あのビルの角に隠れてる」

「お姉ちゃん、逃げる準備」

「わかった」


 慣れているのか身の回りの物を集めて立ち上がる二人。

 俺も出していた小物を異空間ポケットに入れ、ついでに鉄パイプを出して右手で握った。

 その時、ビルの角からのっそりとその何かが顔を出した。


「グレート・ボアよ!後ろのはしごに走って!」


 アリサの声を合図に俺たちはいっせいに走り出した。

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