目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第3話 生存者の集落

「き、来たぞ!」


 俺たちの動きを察知したグレート・ボアと呼ばれた生物は一直線に向かってくる。

 口のわきから2本の巨大な牙を持つ、名前の通り狂暴なイノシシの様相だ。

 アリサが素早くはしごを駆け上がると、それに続いてミナが2段飛ばしではしごを掴む。

 そのまま俺もはしごを掴もうとした時だった。


「後ろ!よけて!」


 下を振り返ったアリサの声に、とっさに身体が反応した。

 後ろも見ずに横っ飛びをした形で俺は設置されていた金網にガシャンと身体を預ける。

 その直後、俺のいた壁際にグレート・ボアが突っ込んだ。


 ドゴゴォンッ!


「きゃあ!」


 まだはしごを登っていたミナが片手で宙を踊る。

 なんとか落ちずにはしごを掴まり直し、3階建ての屋上へ登り切るアリサとミナ。

 グレート・ボアが突っ込んだ壁はガラガラと崩れ、大きな穴が開いていた。

 突っ込んだ本人はどこ吹く風できょろきょろしている。

 なんて奴だ。


「大丈夫!? 早く逃げて!」


 頼りにしていたはしごは今の一撃ひしゃげて使い物にならなそうだ。

 俺は周りを見渡すと、金網をよじ登って隣の敷地に入り、そばにあった非常用階段を駆け上がった。

 その様子を見たグレート・ボアは何度か金網を牙で除けようと試みたが、諦めたのか踵を返してゆっくりとその場から立ち去った。


「……あれが魔獣ってやつか? とんでもない生き物だな。」

「ねえ!大丈夫!?」


 暗がりからアリサの声が聞こえる。

 俺は周囲解析サラウンド・スキャンでグレート・ボアが離れていくのを確認してから、アリサたちのいる暗がりに向かって返事をした。


「ああ、大丈夫だ!奴も離れていったからそっちに合流するよ」


 俺は奴の位置を随時確認しながら、非常階段を下りて二人のいるビルの屋上へ向かった。


◆◆◆◆◆◆


「昨日、暗かったけど見たでしょ?」


 翌朝、ミナが唐突に口を開いた。

 主語がなかったが、もちろん魔獣のことだろう、俺は無言でうなずいた。


「あんなのが各地にたくさんいるんだよ。特に暗くなると活発になるみたい」

「なるほどね、これは人間にはひとたまりもないわなぁ」


 やれやれといった感じでため息をつく。

 結局あの後、ビルの屋上で合流した俺たちは、魔獣の気配に敏感になりつつも一夜を明かした。

 周囲解析サラウンド・スキャンも何度か使ったが、まだ使用範囲が狭いためか他の魔獣が引っかかることはなかった。


「でもそのレーダーみたいな能力? すごい便利じゃん! 魔獣の位置がわかるなんて」


 ミナは目を輝かせながら俺を見た。

 アリサもうんうんと頷いている。


「原理は分からないけどね、こんな世界で生きていくのには役に立ちそうだな」

「あとその空中からものを出すやつ、すごくない?」

「ああ、異空間ポケットね」


 俺は異空間ポケットから大きい中華鍋を取り出した。


「それ!もうアンタ人間じゃないでしょ」

「いやいや、一応人間のつもりだよ。普通の大学生だよ」

「ふふ、まるでドラ〇もんの四次元ポケットみたいね」


 楽しそうに笑うアリサにつられてこちらも笑みがこぼれる。

 俺はせっかくだからと取り出した中華鍋を火にかけた。


「お腹空いてるだろ? ご飯にしよう」


 異空間ポケットからパックご飯を出すと、ミナの表情もパァッと明るくなった。

 俺は温まった鍋にごま油を多めに敷くと、パックご飯を投入。

 じゅわ~っと小気味いい音を鳴らしながら、鍋肌に敷き詰めるようにご飯を広げていく。

 そして取り出したのは今回のメイン、焼き鳥の缶詰。

 異空間ポケットから出した缶詰をミナとアリサは食い入るように見つめている。


「本当は卵があればよかったんだけどね」


 そんな言葉も届いていないのか、二人とも口が半開きだ。

 焼き鳥の缶詰を投入後、更にコーン缶を取り出して鍋に投入。

 直火に当てるように鍋を振り、米の焼ける香ばしい香りがしてきたら最後、鍋肌に醤油を垂らして完成。


「お待たせ、焼き鳥とコーンの香ばしチャーハンの完成だ」


 身を乗り出す二人を横に、器にチャーハンを盛り黒コショウを振る。


「熱いから気を付けてな」

「は、はやく!」


 器を渡すと二人ははふはふ言いながらチャーハンを口に入れた。


「はぁぁぁ、くちがしあわせしゅぎる……」


 ミナの顔がとろけそうだ。

 アリサを見ると涙ぐんでいる。

 そんなにか。

 なんか二人を餌付けしているようで少し気が引けるが、それでも喜んでくれるのはうれしい。

 俺たち3人はもちろん鍋のチャーハンをすべて平らげた。


「はぁぁ、もうここを動きたくない……」


 食べ終えたミナは青空の下でゴロンと横になった。


「ミナ、食べてすぐ寝ると牛になるわよ」

「平気だよぉ、毎日すごい距離歩いてるんだから。もっとカロリーが欲しいくらい」

「ふふ、それもそうね」


 アリサが楽しそうに言った。


「缶詰も、こうやって食べると美味しいのね」

「え、普段はどうやって食べてるの?」

「缶詰を開けてそのまま食べるわ。火も使わせてもらえないし、食べるものが少なすぎて工夫のしようがないもの」


 そう言って鍋を見つめるアリサ。

 そういえば昨日、聞きそびれていたことがあったな。


「昨日、缶詰が支給されるって言ってたけど、どこかで配給でもしてるのか?」

「んー、配給といえば配給かな……私たち、とある集落のお世話になってるの」


 そう言うとアリサは表情に影を落とした。


「お姉ちゃん、あれは集落なんていいものじゃないわ、暴徒の集団よ」

「え、暴徒の集団?」


 ミナは起き上がるとこっちを見て続けた。


「住人は30人くらいいるかな、一部のリーダーたちを除いて劣悪な環境で重労働をさせられてるの。まさに悪のアジトと言っても過言じゃないわ」

「それは、穏やかじゃないな」

「でもそこに居ないと生きていけないから、みんな仕方なく従ってるの!」


 ミナは怒りの感情を隠そうともしない。

 それを見てアリサが補足をする。


「ここ1年くらい、その集落以外に生きている人間を見たことがないの。だからあなたを見た時、本当に驚いたのよ」

「そうだったのか。でも君たちはなんでここに?」

「私たち、物資調達の指令を受けて食べ物を探しに来てたのよ。最低でも全員が3日は食いつなげる食べ物を見つけてこいって」

「今日で3日目なんだけど、支給された缶詰は一人2個だけよ? 足りるわけないじゃない! しかもまだ物資も見つかってないし……」


 口を挟んだミナの勢いが消沈していく。

 相当劣悪な環境からやってきたようだ。

 しかし30人の集落が他にあるということに驚いた。

 生き残りがこの3人だけじゃなくてよかったと思う反面、その集落以外に人がいない可能性を考えると楽観視もしていられない。

 とにかく現状を打破するためには、その集落と接触しておくのもいいかもしれない。


「なぁ、その集落に俺も行っちゃダメか?」

「え、なに? 一緒に来てくれるの!? そりゃありがたいけど……」


 ミナは言い淀んだ。


「でも物資がまだ見つかってないから、帰るに帰れないよ。もっと遠くまで探しに行かないと」

「これだけあれば大丈夫か?」


 そう言って俺は異空間ポケットから食べ物を次々と出していった。

 缶詰、お菓子、カップ麺、レトルト食品などがあっという間に山になっていく。


「え、こんな物資、どこに持ってたのよ」

「君たちと会う前に手付かずのお店を見つけてたんだ。そこから全部拝借してきた」

「あ、アンタ、ここまでくるともうなんでもありね」


 200個ほど物資を出したところでメニュー画面を確認すると、異空間ポケットの空き容量が残り53%と表示されていた。

 さっきは残り7%だったはずだ。すなわちこの山になった物資とほぼ同じ量がまだポケット内に残っているということだ。

 この先を考えるとそのくらいは予備として持っていてもいいだろう。


「これだけあれば集落に戻っても文句は言われないわね。でも本当にいいの? こんな世界だから独り占めするほうが生き延びれると思うんだけど……」


 アリサは遠慮がちに言った。

 確かに、こんな終末世界では人助けよりも自分の利を考えたほうがいいかもしれない。

 しかし人はひとりでは生きていけないし、この世界の現状を確認するのに生き残った人とは積極的に接触していきたい。


「気にしないで。俺もこの世界の状況を見ておきたいしね。頼れるところなら頼りたいしさ」

「まぁ頼るどころか、嫌な思いしかしない気もするけどね。でもありがとう!」


 ミナは俺の手を掴んでお礼を言った。

 数年ぶり?の女性との接触にドキッとしてしまうが、顔には出さないでおいた。


「よし、それじゃ早速出発しよう。その集落ってどの辺にあるんだ?」

「んー、三鷹市のほうかな。『私立みたか学園』って小学校を拠点にしているんだ」

「三鷹市か……電車ならすぐだな」


 俺の冗談に二人とも笑みがこぼれた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?