俺たちは三鷹市に向かって歩いていた。
道中、こまめに
いざという時のために持ち歩いている鉄パイプだが、幸いなことにまだ使うべき状況にはなっていない。
道すがらあったお店は念のため中を確認するが、今のところ物資が残っているお店はなかった。
「まぁここ1年で結構取りつくしちゃったよね」
「今後はもっと遠くまで見に行かないとかぁ。あーあ、せめて電車が動いていればなぁ」
「ちょっとストップ」
俺は二人を止めて
「2区画向こうに魔獣の反応があった。遠回りだけどこっちの道から行こう」
「了解! ほんと便利ねそれ」
俺は歩きながらこまめに
『
「お、レベルが上がった」
「え?レベルって?」
思わず口に出してしまっていた。
怪訝そうな顔でミナが反応する。
「いや、解析スキルのレベルがね、2から3に上がったみたいだ」
「そうなんだ、よくわからないけど」
俺はこれまで通り
なんだ、レベルが上がったから何か新しい反応でもあるかと思ったのに。
そう思っていると、ふと左手に持った鉄パイプの表示が目についた。
鉄パイプ【
「あれ、解析〇になってる」
確か昨日、鉄パイプは『
俺は試しに鉄パイプに
鉄パイプ【『材質:ステンレス鋼管 経年劣化率:6.2% 質量:880g』】
なるほど、レベルが上がって解析できる対象が増えたんだな。
さっきから
何気にメニューを開いてみると、修理タブに小さな更新マークのようなものが付いていることに気付いた。
『
解析レベルが上がったことで修理スキルが解放になったらしい。
どうやら各スキルは密接に繋がっているようだ。
「いいね、ちょっと面白くなってきた」
俺はご機嫌に鉄パイプをくるくる回しながら二人の後をついていった。
◆◆◆◆◆◆
「はぁぁ、疲れた身体に染み渡るぅ……」
ミナはカップに残ったスープを飲み干してそう漏らした。
今日のお昼ごはんは手抜きしてカップ麺にした。
俺とミナはカップラーメン、アリサはカップうどんだ。
「なんか身体が塩分を欲してるって感じがするわよね」
「そうそう、あと甘いものも欲してる気がする」
ミナの言葉にアリサがうんうんと力強く頷いた。
調子のいい姉妹だ。
ここは幹線道路沿いのファミリーレストラン。
食べ物は残ってなかったが、床に据え付けられたテーブルと椅子に座って食事をしていると、なんだか文明の力を感じる。
「そうだ、昨日の話の続きだけど」
そう言って俺は二人に問いかけた。
「2年前にダンジョンができて、人類が絶滅させられたってとこは理解したよ。でも政府は何もしなかったのか?」
「そんなことなかったわ。自衛隊の派遣、国民の緊急避難はもちろん、武力を求めて海外に支援を求めたの」
「やることはやってたんだな。で、どうなったんだ?」
アリサは首を横に振った。
「この状況は日本だけじゃなくて世界規模だったの。どの国も自国の対応で精一杯、沸き続ける魔獣に疲弊して次第に国家間の連絡は途絶えていったわ」
「…………」
「それでも幸いだったのは、魔獣に対して核を使う国が出なかったこと。まかり間違えば地球そのものが終わってたかもね」
アリサはしれっと恐ろしいことを言った。
確かにとち狂った独裁者なら発射ボタンを押しかねない状況だ。
地球が存在しているだけで奇跡なのかもしれない。
「国民の大半は自宅に隠れていたんだけど、食べ物もなくなって次第に外へ出るようになって……」
「まぁ命がけで外に出るしかないもんな」
「まだテレビが観れた頃は毎日、魔獣に人がやられていく姿を放送してたわ。でも電気も使えなくなって、それもおしまい」
アリサは肩をすくめた。
「私は『みたか学園』の近くのアパートに住んでたから、運よくその集落に合流できたんだけど、そこ以外に人が集まってる話は聞いたことがないわ」
「その集落も最初は100人以上いたのよ? でも食料不足や病気でどんどん減っていったの」
ミナが言葉を挟んだ。
「リーダーのクロイワって男がまた嫌な奴なの! 食料はガメるし仕事もしないで命令ばっかして」
「まぁまぁ」
憤るミナをアリサが笑みを浮かべながら宥める。
「その集落も『クロイワ連合』なんて暴走族みたいな名前にして粋がっちゃって、ホントきしょい」
「はは……は、権力に溺れる男っているもんな」
「アンタも入ったらキツイ仕事ばかりさせられるわよ? 男の人は貴重なんだから」
「お、おう、覚悟しておくよ」
「さ、もう行きましょう、あと2時間も歩けば着くと思うわ」
アリサの一言に俺たちは席を立った。
ファミレスを出る際に、レジカウンター前で小さく『ごちそうさま』と言ったミナの姿が印象的だった。
◆◆◆◆◆◆
「あそこにいいものがある、ちょっと待って」
街中を過ぎてちらほらと畑が見え始めたころ、俺は道路のわきに放置されていたリヤカーに近づいた。
「え、リヤカーなんてどうするの? 乗せてくれるの?」
「ああ、二人を乗せて俺が馬車馬のごとく……って違うわ」
乗り突っ込みをしつつリヤカーの細部を確認すると、タイヤや持ち手は問題ないが底板の真ん中が割れて大きな穴が開いていた。
「あー、これじゃ確かに乗れなさそうね。これに乗って喜界島一周とかしたかったなぁ」
「懐かしいな、『リヤカーで喜界島一周』、俺もテレビで見たよ」
古いローカルバラエティ番組を出してきたミナに驚いた。
そこはかとない育ちの良さが見えていたが、マニアックなお笑い番組も嗜んでいたとは。
そんなミナの視線を受けながら俺はリヤカーに触れてみる。
リヤカー【
初めて『修理〇』になっているのを見た。
構成されたすべての材料の解析ができるようになったからだろうか。
これは修理がどういったスキルなのか、試してみるしかあるまい。
「ちょっと離れてて」
そう言って俺は左手でリヤカーに触れたまま、『
触れた手を起点にゆっくりと光の筋が舐めるようにリヤカーを覆っていく。
まるで3Dプリンターがものを作っていくような動きだ。
2分ほど待っただろうか、ゆっくりと動いていた光の筋が後輪の端にたどり着きそのまま消えた。
覗き込むと荷台の中央にあった大きな穴が塞がれている。
「え、すごい、直したの? これ」
「なんか直っちゃったな」
荷台の穴があった部分に触れてみるが、痕跡一つない。
使用感はそのままなので、あくまで新品になったわけではなく、壊れる前に戻ったという感じだ。
「それじゃ、乗せてもらおうかな!」
「だから違うって。これはこう使うんだ」
俺はそう言って異空間ポケットから出した物資をリヤカーに積み上げていく。
「集落に戻るなら、目に見えた成果が必要だろ?」
「あ、そっか、確かにこれなら物資調達成功ってアピールできるね。ユウト君、頭がいいね」
ミナがポンッと左右の手を合わせながら言った。
「あまり俺の能力を知られたくないしね。君たちも誰にも言わないでくれよ?」
「わかってるわよ、助けてくれた恩人を裏切る真似はしないわ」
俺たちはリヤカーを引きながら再び歩き出した。
さっき交通看板で西荻窪駅の名前を見た。
三鷹ならあと2時間も歩けば着くだろう、もう少しの辛抱だ。
その後は特に魔獣の反応もなく、順調に歩みを進めた。
そして日も傾きかけてきた頃、俺たちは『私立みたか学園』にたどり着いた。