目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第5話 クロイワ連合

そこは主だった道路から少し奥まった場所にある小学校だった。

 広い敷地内は高い塀と金網で囲われ、頑丈な鉄の門で外部からの侵入を阻止している。

 なるほど、魔獣から身を守る場所としては理にかなっていた。

 門番をしていたであろうガラの悪そうな若者が俺たちを見て驚愕する。


「な、なんだおめえたち!生きてたのかよ!」

「そう簡単に殺さないでくれる? 言われた通り、物資を見つけてきたわよ」


 不機嫌そうに言うミナの後ろにある物資の山を見て、門番の目の色が変わる。


「お頭! アリサたちが帰ってきた! 食いもんが届いたぜ!」


 お、おかしら?

 門番の呼んだ名前にめまいがした。いったいどの時代の人間だよ。

 ほどなく厳つい男が建物から出てくる。

 散切り頭にたっぷりとした顎ひげを蓄えた偉そうな風貌だ。


「へぇ、やるじゃねえか。あんま期待してなかったが、運がよかったな」

「ふん! 結果を出したんだから、文句は言わせないわよ」

「で、そこの男は誰なんだ」


 そう言って俺をにらみつけるお頭。

 蛇のような視線を受けて思わず身震いしてしまう。


「彼は一人で生き延びてきた生存者よ。道中で出会ったから保護したの。この物資を見つけたのも彼のおかげよ」


 アリサが落ち着いた声で言う。

 それを聞いてお頭は目を丸くした。


「へえ! この世界で一人で生きてきたなんて大した奴だ。お前のような奴なら大歓迎だ。おい、早く入れてやれ」


 俺たちは門をくぐり、敷地内に入った。

 何事かと住人たちが遠巻きにこちらを見ている。

 リヤカーに積まれた物資の山を見て、お頭は満足そうにガハハと笑った。


「約束通り、今日明日はお前たちの仕事は無しにしてやる。ゆっくり休んどけよ」

「物資も多めに頂戴よね」

「本当に威勢がいいなおめえは。アリサ、妹が暴走しねえように見張っとけよ」


 そう言ってお頭は建物の中へ消えていった。

 代わりに出てきたこれまたガラの悪い男が俺のもとにやってくる。


「お前が新人か、男部屋を案内してやるから付いてこい」

「ユウト君、またあとでね」


 去り際のアリサの声に手をひらひらさせて俺はその場を離れた。

 靴箱を通り過ぎて廊下をしばらく進み、左手に見えた大きな教室に入る。


「ここが男用の寝所だ。布団はないから適当に床で寝ろ」

「ここは……職員室?」

「そうだ、ちなみに女子は体育館に雑魚寝だ。あ、あと離れたところにある木造校舎には行くなよ?」

「木造校舎には何があるんだ?」

「いいから、一般市民は立ち入り禁止なんだよ!」


 男は急にぷりぷりと怒り出す。


「あとこれが支給物だ」


 そう言って缶詰1個とごわごわのタオルを1枚こっちへ投げる。


「今日の食事はそれだけだ、ありがたく食べろよ。あと衛生面はそのタオルで全てなんとかしろ」

「え、タオル1枚だけ?」

「そうだ、トイレには紙もないからな。あと水は貴重だから無闇に使うな。足りなくなったら敷地の外まで汲みに行かせるからな」


 そう言って男は職員室を出ていった。

 誰もいない部屋にポツンと取り残される俺。


 部屋の中は使わない机や椅子が壁際に積まれているせいか、かなり広く感じる。

 外を見ると夕日が指した校庭の隅で何かをやっている人たちが見えた。


「日が落ちてきているけど、まだみんな仕事してるのかな?」


 俺は敷地の中を散策することにした。

 滅亡を回避した人間たちの集まりが、どんな生活をしているのか知りたくなったからだ。


 2階建ての校舎を隈なく見て回ったあと、外に出て外壁沿いをぐるっと回る。

 時折仕事中の女性を見かけ会釈するが、怯えたような顔で避けられてしまう。

 まぁよそ者だし仕方がないか。

 木造校舎以外は一通り見て回った後、俺は誰もいない職員室へ戻った。


「これは……やばいな」


 結論から言うと、最悪の集落だった。

 住民の多くは女性で幅広い年齢層がいるが、ほとんどは覇気がなく目が死んでいる。

 仕事は主に女性の役目らしく、施設内の掃除や洗濯など生きていくための家事全てを担っていた。


 水は近くの玉川上水から汲んで、それを運ぶのも女性の役目。

 何よりトイレやゴミの処理がキツイらしく、衛生面にかなりの不安がある。

 ちなみに男どもは少数だが立場は上で、お頭を始めとする一派が幅を利かせてるようだ。


「暴力男どもの独裁国家だ。まぁ外で生きることはできないし、こうなるのも必然なのかもしれない」


 俺はアリサとミナが心配になった。


◆◆◆◆◆◆


 その後、職員室には数人の老人がやってきて言葉もなく床に横になった。

 日が暮れて真っ暗になり、もう寝ることしかできないのだろう。

 火を焚くことも許されてないらしい。


 俺は窓からぼーっと暗闇を眺めていると、ふと遠くで明かりがゆらゆらと動いているのが目についた。

 誰かが暗闇を移動している。

 持っているのはろうそくなのか、非常に頼りない小さな明かりだ。


「あそこは……木造校舎のほうだな」


 興味がわいた俺はこっそり職員室を抜け出し、木造校舎のほうへ行ってみることにした。

 廊下に出ると異空間ポケットからライターを取り出す。


 そこかしこに落ちているがれきに足を取られないよう、慎重に進んでいると、何やら男女が揉めている声が聞こえたきた。

 近付くと聞き覚えのある声だった。


「ちょっと! 今日は仕事は無しって言ってたじゃない! なんでお姉ちゃんを連れてくのよ!」

「うるさいな、仕事じゃねえよ、ちょっと付き合ってもらうだけだ」

「なんで仕事以外にアンタの命令を聞かなくちゃならないのよ!」


 明らかにミナの声だ。

 どうやらアリサが男に連れていかれるのをミナが阻止しているようだ。

 事情は分からないが止めたほうがいいだろうな。

 そう思って近づこうとした時、もうひとり男の声が聞こえてきた。


「おい、うるせえよ、何をしている」

「ああ……いや、今日はアリサが参加するって聞いてたのに来なかったんで……」

「アリサは今日のお務めは無しだぞ。黙って寝かせてやれ」

「まじかよ……」

「ツイてなかったな、いつもの当番で我慢しろ」

「くっそ……」


 男の乱入でその場は解散になったようだ。

 アリサとミナは体育館へ戻っていき、男二人は木造校舎へ向かっていく。

 俺はアリサたち二人が体育館に入るのを見届けると、そのまま木造校舎へ向かった。


 校舎の裏口からグラウンドの端を50mほど歩き、木造校舎の裏手に回る。

 奥の窓からゆらゆらと明かりが漏れている。


「うわ、まじか……」


 窓から見えた衝撃的な光景に俺は思わずそうつぶやいた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?