「まぁ、少し予想はしてたけどね……でも本気でやるか普通」
俺はそう独り言ちた。
木造校舎の奥の部屋、そこでは複数人の男女が裸で入り乱れていた。
他の場所では見当たらなかったベッドや布団がそこかしこに並んでいる。
全部で7~8人はいるだろうか、複数の男女がまぐわうのをお頭が椅子に座り満足そうに見ていた。
こうやって食べ物を分け与える代償に、女性に身体を強要しているのだろう、反吐が出る。
俺は物音を立てずに踵を返すと、職員室へ戻った。
◆◆◆◆◆◆
次の日の早朝。
朝5時から全体集会をやると聞き、俺は寝ぼけた頭を振りながら校庭へ出た。
目を覚ますために顔を洗うこともできない。
ふらふらと校庭に出ると、先に来ていたアリサとミナがこっちに気付いて小さく手を振った。
それを見て少し元気が出た俺は、サムズアップで返す。
「それじゃ今日の集会を始めるぞ。まずは仕事の割り振りからだ」
お頭の側近であろう男がテキパキと仕事を割り振っていく。
誰も異を唱えることもしない、うつろな目でそれを聞いている。
「ちょっと待ちなさいよ!」
ひとり異を唱える者がいた。ミナだ。
「私たちは今日の仕事はないはずよ。なんで物資調達組に入っているのよ」
「あれ?そうだったか?」
男が肩をすくめて適当な返事をする。
「言ってたじゃない! 昨日! 門の前で!」
「いや、俺は聞いてないな。お頭、覚えてます?」
「いんや? 何かの間違いだろ」
ニヤニヤするお頭と男を見てミナがぶちギレた。
「冗談じゃないわよ! あれだけの物資を見つけてきたのに何もないわけ? 昨日の夜だって急にお姉ちゃんに仕事を押し付けてきて! アンタたち頭おかしいんじゃないの!?」
「ミナ、もうそれくらいに……」
それを聞いたお頭はミナに近づき、髪の毛を引っ張り上げた。
「きゃっ!」
「よく鳴く小鹿だなぁ、誰のおかげで生きていられると思ってんだぁ?」
「や、やめて!」
そう言うアリサの声もむなしく、お頭はミナの横顔に張り手を喰らわした。
バチィッ!
「あぐぅっ!」
俺は咄嗟に身体が動き、吹っ飛んだミナを受け止める。
痛みがあるだろうに、ミナはキッとお頭をにらみつけた。
「おめえらは俺の言うことを聞いていればいいんだよ。それとも何か? ここから出ていくか?」
お頭の言葉に前段に並んでいた男どもがクスクスと笑う。
他の者は自分に火の粉が降りかからないよう無表情で身動き一つしていない。
あまりにも理不尽なこの集団に、俺の怒りは頂点に達した。
「おめえらは今日も物資調達へ行け。昨日の倍以上の物資を持ってこなければ、門を開けねえからな」
「わかった、アリサさん、ミナちゃん、行こう」
「え?」
アリサとミナは二人とも俺を見てきょとんとしている。
「こんな集落にいたら人間としてダメになる。俺たちはここを出ていく」
「は! 自殺する気かよ! 外には魔獣がうじゃうじゃいるんだぜぇ?」
「当然、食料も渡さねえよ、勝手に行くって言ったんだからな!」
「そんなもんはいらん。昨日渡した物資は俺たち3人からの施しと思っておけ」
そう言ってミナを立たせると、アリサと一緒に俺たちは門に向かった。
門番が鍵を開けて俺たちを外に出す。
「もう帰ってきたいと言っても無駄だからなぁ!」
俺は振り返って失笑した。
よく見ると集会に出ていた全員が俺たちに注目している。
「俺ならこんな集落よりも、よっぽど人間らしい暮らしを提供できるぜ。こんな体を酷使して死を待つだけの生活よりもね」
それを聞いた住人たちがざわつく。
「お前ら、静まれ! 死にゆく者のたわ言に耳を貸すな!」
「後悔しても遅いからな!」
俺たちはぎゃあぎゃあとうるさい声を背中に浴びながら、再び外の世界へ戻った。
◆◆◆◆◆◆
「ミナ、大丈夫?」
集落から少し離れたドラッグストアの廃墟で、アリサがミナの頬を心配そうに見ていた。
まだ痛みがあるのだろうその頬は少し赤身がかっていたが、腫れてはなさそうだった。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。こんなのすぐ治るって」
「そうは言っても……」
「それにしても悔しかったなぁ、一発股に蹴りでも入れてやればよかった!」
ドラッグストアの中を物色していた俺は、そんなミナの声が聞こえて少し口角が緩んだ。
多少は強がってるのかもしれないが、『カラ元気も元気』という言葉もある。
この世界でこの気構えは結構大事かもしれない。
「お、あったあった」
店内の棚は軒並み空だったが、バックヤードの床に散らばったガーゼを発見した。
俺はそのうちの一つを拾う。
ガーゼ【
やはり単純な構成の物質なら『
迷わず解析と修理を選択すると、持っていたガーゼにジジッと電磁波のような光が包み、1分ほどで新品同様のガーゼになった。
「見つけてきたよ。これならばい菌も心配ないと思う」
そう言ってペットボトルの水で浸したガーゼをミナの頬に当てた。
「ひゃぁっ!」
急な冷たさにびっくりしたのか、ミナが悲鳴を上げた。
フフっとアリサが笑う。
「貴重な水なのに……それにガーゼも。ありがとう、ユウト君」
「こんな世界だとケガ一つで取り返しがつかなくなることもあるからな、気にしないで」
「すぐ治ると思うんだけどね……」
ミナがぼそっと言った。
どうやらあまり心配かけたくないらしい……この子なりの気遣いなんだろう。
俺たちは少し休憩した後、再び歩き出した。
「で、どこに向かってるの?」
「んー、明確に目的地は決めてないんだけど、方向はこっちで合ってるよ」
「ん? 目的地はないけど方向は合ってる? どういうこと?」
俺は考えていることを二人に伝える。
「電気もガスもない世界で生きていくためには、絶対に必要なものがあるんだ。何かわかる?」
「食べ物」
「う、それも正解だけど……」
「冗談よ、たぶん水じゃない?」
「正解、その通り! でも池みたいな澱んだ水じゃなくて流れのある水、すなわち川だよ。さっきの集落は数百m離れた玉川上水に水を汲みに行ってたみたいだけど……」
「あー、アタシもそれやってた。かなりきついんだよねぇ」
3人で会話をしながら住宅街を南下していく。
おそらく2時間ほど歩いた頃、ちょっとした土手を登るとサァァという水の音が聞こえてきた。
「これが多摩川だよ」
「へぇ、凄い流れだよ!お姉ちゃん」
「これは……水浴びしたら流されちゃうわね」
「というわけで、この川沿いにある施設を拠点にしたいんだけど……お、あそこなんかいいんじゃないか?」
土手の上からきょろきょろと見渡すと、土手の裏手に密接するように建つショッピングモールの建物があった。
建物自体は2階建てだが、もともとの地盤が低いのか、屋上が土手よりも低い位置にある。
「これは理想通りかもしれないな」
俺は思わずニヤリと笑みをこぼした。