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第7話 新たな拠点

「ねぇ見て見て!見晴らしがいいよここ!」


 ショッピングモールの2階、ミナが一面ガラス張りになった寝具売り場から外を見てはしゃぐ。

 俺とアリサもミナの横に立って一緒に外を眺めた。


「わぁ、ほんとね、結構広い敷地なのねここ」


 目前に広がる駐車場は一部舗装されていないせいか、背丈ほどの草木が力強く生えている。

 道路との境目にはブロックの壁が外周を覆っており、入口には珍しく鉄のスライド門が付いている。

 建物の入り口にはシャッターもあり、安全面については言うことがない。


「よし、ここを俺たちの拠点にしよう」

「賛成!アタシこのベッドで寝たい!」


 ミナは床に放置されていたベッドマットに勢いよく飛び込んだ。

 その衝撃でマットから視界を遮るほどのホコリが宙を舞う。


「うげ、げほっげほっ」

「もう、ミナったら……」

「はは、掃除はゆくゆくしていかなきゃな。でもまずは一番にやるべきことがあるんだ」

「一番にやるべきこと?」

「ちょっと建物を見て回ってくるから、二人はモール内のお店の物資を確認しててくれないか?」

「いいわ、任せて。こう見えて物資調達は得意なのよ」


 自信満々に言うミナの言葉に俺は思わず噴き出した。


 俺は寝具売り場を出て長い通路を通り、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉をくぐった。

 しばらく進むと『設備室』と書かれた扉を発見、中には様々な機械と合わせて複数の配管が壁を伝っている。


 給水用配管【『材質:銅(Cu管) 長さ:785m 損傷度:22%』】


 いわゆる銅管ってやつか。

 水質汚染しにくく腐食もにも強いから水道管に適してると聞いたことがある。

 長さが785mとあるが、これは施設内で繋がっている全ての配管の全長なのだろうか。

 俺は配管に触れ『修理リペア』を試みた。

 ジジジッと光の線が配管を通じて壁へ吸い込まれる。

 そのまま10分ほど経っただろうか、ふっと銅管に触れていた右手に感覚が戻ってきた。


 給水用配管【『材質:銅(Cu管) 長さ:785m 損傷度:0%』】


「おお、損傷度が0%になってる。修理できたみたいだな」


 そして右上の『復元レストア』タブに付いている更新マークに気付いた。

 もしかして……。


 『修理リペアレベルが2になりました』

 『復元レストア機能が解放されました(解放条件:修理リペアレベル2)』


 ついに復元が使えるようになった!

 が、復元といってもどんな現象になるんだ?

 よく見ると復元タブに簡単な解説が記載されている。


 『復元レストア:一度解析した物質を現実世界に再構築できます』


 んー、解説になってるんだかなってないんだか。

 解析したものを一から生み出せるのか?それならもはや神の所業だが……。

 まぁ後で必要になったら考えよう。

 俺は設備室を出るとそのまま屋上へ向かった。


 重い扉を開けるとまぶしい光が差し、新鮮な空気とともに川の流れるサァァという音が耳に入ってくる。

 あたりを見渡すと一角に目的の施設を見つけた。


 貯水タンク【『材質:FRP(繊維強化プラスチック) 貯水量:0% 損傷度:0.4%』】


「よし、水はないがタンク自体は壊れてない。なんとかなりそうだ」


 俺はさっきリフォームコーナーで見つけていた大量のプラスチック製のパイプを異空間ポケットから取り出す。

 1mほどのパイプをせっせと接続し、30mほどの長いパイプを作ると、その片方を川の中に沈めた。

 反対側の先端はもちろん貯水タンクの中だ。


 川は急こう配になっており、貯水タンクよりも高い位置にあるため、これで水が流れてくるはず。

 土手を横切る形でパイプがむき出しになってかなり不格好だが致し方あるまい。


 俺は祈るような思いで貯水タンクに突っ込んだパイプを見ていると、程なく、パイプからチョロチョロと水が流れ込んできた。


「よし、これで一歩前進だ」


 俺はひとりガッツポーズをした。

 館内に入り、1階への階段を下りているとトイレの前でアリサと鉢合わせした。


「アリサさん、ちょっといい?」

「ユウトくん、どうしたの?」


 アリサが見ている前で、俺は洗面台の蛇口を捻った。

 その様子を不思議そうな表情で見るアリサ。

 水なんか出ないわよと言いたげだったが、蛇口の先からチョロっと出た水を見て絶句した。


「え、うそ、なんで……?」

「貯水タンクに川の水が流れるようにしたんだ。これで水を運ばなくても良くなったよ。まぁ飲水にはならないけどね」

「そうなんだ、なんか凄い」


 その時、アリサの目がカッと見開いた。


「あ、もしかして……これってトイレも……」

「ああ、トイレも流せるかもな」

「うそ!!!」


 悲鳴に近いアリサの言葉に、遠くからミナが駆け寄ってきた。


「え、どうしたの?大丈夫?お姉ちゃん……」

「ああ、すまん、館内で水が使えるようにしてみたんだ。多分トイレも流れるはずだけど」

「あー、そういうことか」


 ミナは納得の表情だ。


「お姉ちゃん、元の集落ではトイレが苦手だったもんねえ」

「そ、そうなんだ」

「こう見えてお姉ちゃんって凄い綺麗好きだから、不衛生な元集落のトイレが許せないっていつも言ってたもんね」

「あ、でもこのトイレもしばらく放置されてただろうから、使うなら徹底的に掃除しないと……」

「それは私がやるわ!」


 そう言うとアリサは集めていたであろう掃除道具を手に取り、トイレに向かった。

 蛇口の水をバケツに入れ器用に、そして隅々まで掃除していく。

 用意がいいというかなんというか……最初から拠点の掃除をするつもりだったのだろう。


 俺とミナはアリサがトイレ掃除をしている間、館内のチェックに戻った。

 程なく、トイレの水が流れる音と合わせてアリサの歓喜の声が館内に響き渡った。


◆◆◆◆◆◆


 俺達が再び寝具売り場へ戻ると、アリサが満足そうな笑顔でボーっとしていた。

 気が付けばこの寝具売り場も綺麗に整理され、ホコリも拭き取られている。


「さすがお姉ちゃん、仕事が早い!」

「あら、おかえりなさい」

「すごく綺麗になってる……ありがとう、助かるよ」


 そう言うとアリサは照れ笑いをした。


「そうだ、二人とも疲れただろう?そろそろご飯にしよう」


 その言葉に二人の顔がパッと輝く。

 俺は異空間ポケットの中を確認しながら建物の外へ出て火の準備を始めた。

 鍋にペットボトルの水を入れ湯を沸かし、その間に材料を吟味する。


「ねぇねぇ、今日は何を作るの?」

「今日はこれだ」


 そう言って目の前にパスタの乾麺を取り出す。

 アリサとミナがつばを飲み込んだ。

 俺は沸いたお湯に3人前の乾麺を入れると、取り出したフライパンに鯖缶とトマト缶を入れて火にかけた。

 沸々と煮立ってきたソースに茹ったパスタを入れ、一緒に戻しておいたフリーズドライのキャベツを混ぜ合わせる。

 最後にバジルを振りかければ完成だ。


「お待たせ、サバとトマトとキャベツのパスタです」

「ふわぁぁ」


 アリサとミナは一心不乱に食べ始めた。


「はぁぁ、この味、もうずっと味わってない味だ……」

「トマトってこんなに甘酸っぱくて美味しかったのね」


 そういえば塩味や甘味はこれまでの食料でも味わってきたが、果実特有の酸味はなかったかもしれない。

 俺たちは数少ないトマトの酸味を存分に堪能した。


「で、ミナちゃん、何かめぼしいものは見つかった?」


 食べ終えて一息ついた頃、俺はミナに尋ねてみた。


「物資のことね、食べ物と飲み水は見つからなかったけど、ホームセンターの棚は意外とそのまま残ってたよ」

「お、それは助かるな」

「ミナ、何か除菌とか殺菌できる薬剤とかなかった? もっと清潔に掃除したいんだけど」

「そう言うと思った。いろいろ残ってたから後で見てみてよ。あとこれ」


 ミナはトイレットペーパーを差し出した。


「数は少なかったけど、いくつか見つけておいたよ。あとGUショップに服がいっぱいあった」

「お、それはお手柄だな」


 褒められてミナは鼻高々だ。

 俺はトイレットペーパーをミナから受け取る。


トイレットペーパー【解析アナライズ〇・修理リペア〇・復元レストア〇】


 ここにきて初めて『復元レストア』が使えるものに出会えた。

 解析結果は『トイレットペーパー 材質:パルプ(N材) 長さ:32.5m 質量:192g』

 迷わず復元を試してみる。


 左手に持ったトイレットペーパーのすぐ横でジジジッと光の筋が円筒形を形作る。

 まさに3Dプリンタを早回しで見ているような感じだ。

 ほんの30秒ほどで復元が完了し、出来上がったトイレットペーパーが床にポトッと落ちた。


「トイレットペーパーが生まれた……」


 ミナも驚きの表情だ。

 なるほど、現物に触れた状態で『復元レストア』すると、全く同じものを生み出せる機能ってことだ。

 物資が少ないこの世界ではかなり重宝しそうな機能だ。

 だがレベルが低いためか復元の対象が今のところ他に見当たらない。


「無から有を生み出すとか、それはもう神のやることよ?」


 ミナの言葉に俺は苦笑した。

 まぁ復元機能をこまめに使って、少しずつレベルを上げていくか。

 日も落ちてきたため、俺たちは館内のシャッターを閉め、2階の寝具売り場へ戻った。


「ふあぁ、なんか眠くなってきちゃった」

「今日は朝からずっと歩いてきたからね、ミナ、ちょっとこっち来て」


 アリサはミナの横顔を見るとニッコリと笑った。


「うん、もう頬の赤みは消えたわね、よかった」

「あ、そういえばそうだったね、すっかり忘れてた」


 アハハと笑うミナ。

 それを聞いて俺は元集落の暴挙を思い出した。

 人を人と思わない非道な振る舞い、住民たちの虚ろな目、そして夜の卑猥な集まり。

 俺は改めて志を固くした。


「ここをもっと住みやすい天国のような場所にしてやる」

「へぇ、期待しちゃおっかな〜」


 ミナが少しイジワルそうな顔でこっちを見た。

 少なくともこの二人を巻き込んだ以上、その責任は取らなければ。


「さあ、明日もまだまだやることが多いから、今日は早めに寝よう」

「はーい」


 俺たちは3つ均等に並べたベッドマットに横になった。

 これまで硬い床に寝ていたせいか、ベッドのスプリングの心地よさにあっという間に夢の世界に落ちていった。

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