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ニモリくんには人権が足りない!
ニモリくんには人権が足りない!
四森
恋愛現代恋愛
2025年07月04日
公開日
3,332字
連載中
以前、シナリオとして公開したものを、一部人物名を差し替えのうえ、シナリオから小説に修正したノベライズver.になります(シナリオver.は削除しました)

第1話 ブレイク前夜


 ちょっと地震でも来ようものなら、今にも崩れてしまうのではないかというほどボロい

アパート。

 六畳間。

 家主を起こさないようにネズミがうろついている。

 煎餅(せんべい)布団の上で小さくなっているトオル。

 工事現場の音がしてきて、トオルは布団の上でビクッと反応する。それから、トオルは目

ざめ、体を伸ばす。半身を起こす。

「うわ~っ。だるっ」

 その部屋に他に人がいても聞こえないような小さな声でボソボソと喋る。

 六畳間の窓際に、段ボール箱をそのまま台にしたものがあり、上は雑多なもので散らかっ

ている。その中に、飲みかけのエナジードリンクがある。トオル、飲みかけのエナジードリ

ンクを飲む。

「まずっ」

 トオル、えずく。そのままトイレへ。

 嘔吐する音が聞こえる。

 口元を手でぬぐいながら、六畳間に戻って来るトオル。

「あ~。なんか、突然売れてるとかねえか。いや、あるわけないだろっ」

 多少、声量は上がっている。



 場所は変わって、池袋のシャインサン通り、シャインサン60ビルもある。シャインサン

60ビルを目印としてシャインサン通りが伸びる。

 シャインサン通りの路上。

 行き交う人々。学生や大人、外国人観光客など。

 トオル、スーツの舞台衣装。手に『お笑いライブ 500円』のボードを持って、行き交

う人々に宣伝している。

「お笑いライブいかがですか~。500円で生のお笑いが見れます」

 立ち止まる人はいない。

 トオルが一人宣伝している状況がしばし続く。

 ようやく、一人、中年男性が立ち止まる。

「お笑いライブ、どうですか?」

「へ~。楽勝問題とか、出る?」

「いや、出ないっすよ」とトオルは苦笑する。「若手中心のライブでして……」

 中年男性はトオルの言葉を最後まで聞いてやることもなく、「あ、そう」と言い残し、な

んの躊躇もなく立ち去る。

 トオル、ボードを握りしめる。

 シャインサン通りを引きで見ると、通りの建物の上に大きな看板がある。そこには、モデルの神月(かんづき)ルカがポーズをとった広告がある。

『疲れに負けルカ!』という文字とサプリメントの商品名。



 シャインサン通りの路地を横に入り、雑居ビル。

 雑居ビルの二階の窓に『ESTA池袋』の文字。

 雑居ビルの階段をのぼっていき、二階の入口、そしてもう一つの扉の先にライブハウス。

 50人入れば満員になるような小劇場。申し訳程度の段差でステージがある。

 ステージ上。

 暗転中に出囃子が流れる。

 がなりで「キャベッツ」というコンビ名が劇場に響く。

 明転し、上手からキャベッツの二人が出てくる。

 三八マイクを前に上手に吉沢ハイ、下手にトオルが立つ。

 吉沢は手でトオルを示し、「こいつ、カタカナでニモリっていうんですけど、人権が足りてないから下の名前がなくて、漢字表記も使えないんです」

「うるせえ。お前は真実の愛を知るまで元の姿に戻れないらしいな」

「野獣か。ニモリと吉沢ハイで、キャベッツで~す」





 客席。まばらな客。女性5人、男性3人。

 キャベッツの大きな声量の掛け合いだけ響くけれど、客の反応は薄い。





「次はパン焼こうと思って」と吉沢が漫才の最後の台詞を述べると、トオルが「もういいよ

っ」とツッコんで漫才は終わる。

 楽屋へと引き上げてゆくキャベッツ。

 そこから、客席の後ろに回って他の芸人のネタを見る。

 がなりで「唐突バズる」というコンビ名が劇場に響く。

 唐突バズる(前田司令官、高梨)の二人が出てくる。

「僕が高梨といいまして」

「俺か?俺は前田司令官だよ」

「高梨と前田で唐突バズるです。おねがいしまーす」





 どう見積もっても、キャベッツよりはウケている唐突バズる。

 貧乏ゆすりをするトオル。

 だが、唐突バズるのネタが面白いので、悔しいが笑ってしまう。





 エスタの入るビルの一階へと続く階段に芸人が十二~十五人並ぶ。そして、観客を見送る。

エスタのビルの階段の下で所在なくしていたトオル。

「ありがとうございました」と観客たちに告げるトオルの口ぶちはどこか投げやりだ。

 観客のうちの女性の一人、ヒロナ、来る。

 ヒロナ、トオルにエナジードリンクを差し出す。

「これ」

「おぉ。いつもありがとう」

 ヒロナ、特に喋るわけでもなく、満足気に頷いて去る。

 見送るトオル。

 手でエナジードリンクを握りしめ、しばし見つめる。部屋にあったエナジードリンクと同一のもので、頻繫にヒロナから差し入れを貰っているのだろう。




 池袋の掃き溜めのような場所にある、汚い居酒屋。

 今にも潰れそうな天井。年代物のサイン色紙が多数。

 混みあった店内。

 二人がけの席でトオルと前田司令官がサシ飲みだ。店内が狭く、客で混み合っているので

とても窮屈そうである。

「いや、今日のネタ良かったよ」と後輩を褒めるトオル。

「ありがとうございます!」と前田司令官は笑顔だ。





 ビール瓶が増えていく。





 まだビールを注ぐ前田。

 トオルが「明日、早いの?」と前田にたずねると、前田がテーブルにビール瓶をドンッと

置く。悪酔いしているようだ。

「ビックリした」

「あのですねえ、ニモさん」

「ニモさん」

「俺は悔しいですよ」

「酔ってんなあ」

「なんで、僕たちより事務所ライブで下にいるんですか」

 トオル、カチンときて眉がぴくっと反応する。

「キャベッツさんはね、もっと評価されていいはずっす。面白いじゃないですか」

「しょーがねーよ。人気ねーもん。事務所ライブも票が入んないしな」

「せめて僕たちが出てるとこまで上がってきてくださいよ」

 トオル、貧乏ゆすりが止まらない。

「なんで、漫才1(ワン)も、コント・オブ・キングも一回戦で落ちてるんですか」

「……」

「ぼ、僕の、俺の憧れてるニモさんは、そんなダサくないはずなんです」

 トオル、貧乏ゆすりでテーブルまで震わす。しびれを切らす。

「あ~、もう。飲もう。とことん飲もう」

 トオル、ビール瓶をラッパ飲みし始める。





なぜか肩を組んで飲んでいるトオルと前田。他に客はいない。

「ヒロナちゃんってニモさんのファンの子、めっちゃ可愛くないっすか」

「なに、お前、狙ってんの?」

「ニモさんのファンいかないっすよ」

「別に俺のファンってわけじゃ……」

「ニモさん、彼女いないっすよね。いったらいいじゃないっすか」

 トオル、なぜか前田を軽くげんこつで殴る。

「殴られた~」

 もう店員が片付けなどを始めている。

 視界がグルングルンになって居酒屋の店内を見まわす。




 シャインサンシティの屋外広場。ベンチがあり、『この場所で寝ないでください』の貼り

紙もある。

 しっかりと注意書きに逆らってベンチで横になっているトオル。この場所で寝ようなど

というものは、貼り紙など読まないのだ。

トオル、目を覚ます。

「どこだここ?頭痛え」

 頭をおさえる。

 トオル、スマホを開く。

 LINEの画面。「前田」から「ありがとうございました」という同じ文言が二十件くら

い送られてきている。

「あいつ、大丈夫かな……」

「あの……」と暗がりから声が聞こえ、声に遅れてヒロナが姿を現す。

 虫が集まっている外灯が二人を照らす。

 ベンチに座ってヒロナを見上げるトオル。

「ヒロナちゃん……」

 ヒロナ、ベンチでトオルの隣に座る。

「こんな時間に、大丈夫?って、いま何時だ」

「ライブの待ち時間とか、一人でよくここで時間潰すんです」

「へ、へえ」とトオルは関心がなさそうだ。

「今日も眠れなくて。夜もあったかくなってきたし、ちょっと散歩しよう、って。それで、

ここに来たらニモリさんがいて」

 トオルとしては話が見えず、「う、うん?」と戸惑うばかり。

「こんなときじゃなきゃ言えないんで、言います。好きです。付き合ってください」

 言葉を失うトオル。

 居酒屋で前田司令官から「いったらいいじゃないっすか」と言われたことが頭をよぎるト

オル。

 トオル、首を振って。

「え、なに、ドッキリ?」

「?」

「いや、ドッキリでしょ、これ。焦ったー」

「??」

 トオル、辺りを見回してカメラを探す風。

「あっ。ドッキリだったら、俺が気づいてたらダメか」と言い、あたかもドッキリのスタッフに言うようにすみません、ここカットで。もう一回、演技しますね」とトオル。

「???」

「はぁー、俺もついに『水曜日のアップダウン』デビューか。いきまーす」

 トオル、横目でヒロナを見て、察してくれという表情。

 そのトオルの頬に張り手が飛ぶ。

 トオルの意識、飛ぶ。


【つづく】

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