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第6話 トオル・イン・ワンダーランド

 シャインサンシティビル・屋外広場。

 序盤と同様に、ベンチに並んで座るトオルとヒロナ。

「好きです。付き合ってください」

「……」

 間。

「?」

「おお。戻れた。でも、こっちの世界も前とまったく同じ世界だとは限らないよな」

「あの。ニモリさん。クスリやってないですよね?」

「うん?どうかした?」

「なんか、様子がおかしいから」

 トオル、立ち上がって、走り池袋の闇に消える。



 シャインサン通り。ガールズバーの店員を横目に、シャインサン通りを疾走するトオル。

「あっぶね。あの子にビンタされたら、またパラレルワールド行くとこだよ」


 ふいに立ち止まるトオル。


「なんか、空っぽだな……」


 トオル、池袋の夜空を見上げる。星などは一つもない。多くのビルの上部によって切り取

られた夜空は、なんの味気もない。



 エスタ池袋で舞台衣装のトオルと吉沢。

ステージ上。

 吉沢がトオルを示して、「こいつ、カタカナでニモリっていうんですけど、人権が足りてな

いから下の名前がなくて、漢字表記も使えないんです」

「うるせえ。お前は……」

 トオルは「……」と黙ってしまう。

 吉沢が「どうした?」と取り繕う。

 トオル、気を取り直して、「お前は元の姿に戻れない野獣みたいだな」と続ける。

「ニモリと吉沢ハイでキャベッツで~す」



 エスタ池袋・外。雑居ビルの前。トオル、缶コーヒーを手に考える。

「人権が足りてないってあいつが言うから、本当に人権が足りなくなるのか?」とトオルは呟いた。

 吉沢、来る。

「なんだよ、話って」

「あのさ、あのツカミ、変えない?」

「ツカミ?」

「あの、人権が足りないとかいうやつ」

「いいけど、他にアイデアあるのかよ」

「そりゃ……。考えとくよ」

「たしかに、他にもパターンほしいもんな」

 吉沢、トオルの肩をポンッと叩き去る。



 喫茶店で打ち合わせをするトオルと吉沢。

 トオルは水、吉沢はアイスコーヒーを前に向かい合う。

「ツカミ考えたのかよ」

「いや、まあ……」

「まあじゃねえよ。ネタ俺が考えてるんだぞ」

「それはね、本当、感謝してるよ」

「ちょっとはお前もアイデア出せよ」

「いや、でも、あの人権っていうの。あれ、ちょっと、人権ってあんまりお笑いで出してい

いワードじゃない気がしてさあ」

「だから、他のアイデアはあるのかって聞いてるんだよ」

「それは……」



 エスタ池袋。

 吉沢がやはりトオルを示して「こいつ、カタカナでニモリっていうんですけど、人権が」といつものツカミをやり始めた。

 トオル、咄嗟に吉沢の口を手で塞ぐ。

 舞台袖から見ている前田。

 吉沢が「うっ、うっ」とうめく。

 トオル、吉沢の抵抗にもめげず、吉沢の口を手で塞ぎ続ける。

 前田が気づいて、「あれ、やばいって。ちょっとニモさん」と前田がステージ上に行き、

 トオルを羽交い締めにする。

 暗転。



 病院の廊下。

 ベンチに座るトオルと前田。

 ベッドで眠ったままの吉沢。

 前田が「ニモさんが口を塞いだせいってよりも、精神的なショックによるものだって、医者も言ってたじゃないですか。すぐ元気になりますよ」とトオルを励ます。

 トオル、うなだれる。

「もう解散だろうな。さすがに」

「なんで、あんなことしたんです?」

「たぶん、俺、頭おかしくなったんだと思う。なんか、パラレルワールドに行く夢みたいな

んを頻繫に見るんだよ。例えば、目が覚めたら急に売れっ子芸人になってる、とか。そうか

と思えば、元の世界に戻ってきてて、なのにまた別の世界で今度は警察官になってる、とか。

もう意味わかんねえよ」

 前田は心配そうな目でトオルを見つめる。

「警察官の時はな、お前がさあ」

「俺っすか?」

「そうだよ。お前も同僚警察官で、拳銃で自分の頭撃って死んだんだよ。やっぱ、病院行っ

たほうがいいのかな」

「こういう風に、ですか?」

 前田、拳銃を口に含み、発砲。

 凍りつくトオルの顔。



「ニモさん?ニモさん?」

 前田の拳銃自殺はトオルによる幻覚だったようだ。

「うん。やっぱり、病院行ったほうがいいな」

「いや、ここ病院じゃないっすか。ついでに診察してもらいます?」

「はあ……」

「それで?ハイさんの口塞いだ説明はまだ聞いてませんよ。どういう意味があったんです?」

 トオルは膝を叩き、「そうなんだよ。あいつがツカミで人権が足りないっていうくだりあるだろ?それのせいじゃないかと思って」と持論を述べ始めた。

「はい?」

「だから、あいつが俺の人権が足りないとかいうから、実際に俺が人権足りなくなって、人

生弄ばれてるんじゃねえか、って話だよ。コトダマ、みたいな?」

 前田は返す言葉もない。

「なんだよ、その目は」

「いや」

 トオルは徐々に声が大きくなり、「俺がおかしなこと言ってるって目してるよなあ?」

 前田が小声でトオルを手で制し、「ここ、病院ですよ」と落ち着かせる。

「おれ、もう、なんか嫌になってきたよ。それもこれも全部、結局俺たちが売れてないのが

理由だろ。まともに会社行って、家庭を持って、子供を自立させて、年老いて死んでいく、

っていう、そういうのがいいのかな」

「それはそれで大変なことだと思いますけどね」

「そうだけど、こんな訳わかんない、人生賭けてギャンブルしてるようなもんだろ」

「それがニモさんじゃないっすか。俺の憧れのニモさんでいてくださいよ」

「さすがに、金ないとか、売れないとか、モテないとか、慕われないとか、そういうのはど

うでもよくなってきたよ。でも、もう精神状態がまともじゃないんじゃあ、もうどうしよう

も……」

 前田、首を傾げ、

「これが、その解決になるかは分からないですけど」

「うん?」

「芸名変えればいいじゃないですか。そのカタカナのニモリっていう芸名のせいで、あのツ

カミになってて、それで本当にニモさんが言うように人権が足りなくなるのだとしたら、で

すよ、漢数字で二の森で二森でしょ、それで、ニモさん、下の名前なんでしたっけ?」


「そんなもんあるわけねえだろっ。もういいよっ」


「えっ?」

「えっ?」

 トオルと前田はお互いに「えっ?」の言葉しか出ない。


【完】

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