シャインサンシティビル・屋外広場でベンチに並んで座るトオルとヒロナ。
「好きです。付き合ってください」
「……」
間。
「ニモリさん?」
「お、俺のことが好きなの?」
ヒロナ、頷く。
「お~。そう。前田司令官じゃなくて、俺が好き?」
「し、れい、かん?」
「いや~、ありがとう。ありがとう。んま~、そうね。俺はヒロナちゃんのことよく知らな
いし、お友達からなら」
トオルの頬に張り手が飛ぶ。
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地球が粉々に。
そして、粉が集まって再度地球に。
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交番で執務机に伏せて寝ているトオル。同じく制服の前田が傍らに立っている。
「二森巡査長。二森巡査長」
トオル、目覚める。
トオルは前田を見て、「おお、前田。警察のコントやるのか?」と口走る。
「しっかりしてくださいよ。通報来てるんですから」
「通報?」
「シャインサン通りの飲食店から、閉店時間を過ぎても客が帰らないという通報です」
トオル、立ち上がり、頭をかく。
「今度はなんだ?警察もののコントの撮影かなんかか?」
「行きますよ」
前田、トオルの腕を引いて交番から飛び出す。
*
池袋の掃き溜めの居酒屋。
奥のほうのテーブル席で、顔を赤らめた吉沢が飲んでいる。テーブルにはたくさんのビー
ル瓶。
トオルと前田、入店。
店員に案内され、二人は吉沢のところへ。
「なんで、相方が?やっぱり、ロケか?」
トオルは吉沢に「お兄さ~ん。ちょっとお話いいかな?」
前田に背中を押されたトオル、何かのスイッチが入ったように口調が変わる。
「お兄さん。気分よく飲んでるとこ、ごめんね」
「う~ん」
「あのね、もう閉店時間すぎてるの」
「う~ん?」
「僕たちもね、お兄さんが気持ちよく飲んでるのを邪魔したくないのよ。ただ、続きはよそ
でやってもらえないかな~っていう提案なんだけどもね」
「う~ん」
「お店の人もね、怒ってないの。ただ、ちょっと困ってて僕たち呼ばれちゃってるだけなの
ね。お店の人がね、出て行ってほしいな~っていうお願いなんだけども」
「逮捕する気か?」
「い~や、全然、全然。そんなつもりないよ。ただね、一応、お店の人が出て行って、と言
ってて、これで出て行ってくれないと、お兄さんね。これ、不退去罪ということで、僕たち
がね、お兄さんに手錠をかけないといけなくなるの」
「う~ん」
「今のうちに、出て行ってもらえると、僕たち、とっても助かるんだけどな。どうだろう?」
*
一仕事終えて、交番に帰ってきたトオルと前田。
「さすがの、二森さんでしたね。怒らせないやり方が」
「いや。なんか、茶番じみてるのは気のせいか?」
「茶番?」
「お前、前田司令官だろ?」
「なに言ってるんですか。僕は、巡査ですよ」
「めんどくせー」
「なんなんですか?さっきから」
「いやさ……」
*
トオルと前田が向かい合って話す。今までの経緯についてだ。
*
「パラレルワールドねえ……。働きすぎじゃないですか?有給とります?」
「まあ、でもさあ。考えてみたんだけど。売れてない芸人の世界線から売れてる芸人の世界
線へって、都合よすぎるのかもな。もしも警察官になってたら、の世界線に飛ぶことのほう
が、むしろパラレルワールド的なのかも」
「二森さん、相当ヤバいっすね。僕から部長に言いましょうか?」
「い、いや……。また、あの子にビンタされればいいのかな……」
「その、二森さんが芸人だった世界線では、僕も芸人だったんですね?」
「そう。前田司令官っていう芸名」
「……。あれ。おかしいな。僕って下の名前なんでしたっけ?」
「いや。司令官の印象が強くて本名思い出せねえなあ」
「もしかしたら僕、下の名前ないかもです」
「そんなわけないだろ。ちょっと、警察手帳見せてみろよ」
警察手帳には『巡査 前田』とある。
「噓だろ、そんなわけ」
「二森さんはどうです?」
「え?」
警察手帳には『巡査長 二森』とある。
トオルと前田は「……」と黙りこくってしまう。
トオル、人差し指を顔の前に立てる。
「この世界って、下の名前がないのかもな、みんな」
「でも、下の名前っていう概念そのものはあるじゃないですか」
そう言って、前田、資料を手に取り、中身を改める。
「あー、でも。田中、山本、高橋、木下、松本……、ここで管理してる記録にも、下の名前
みたいなものはちっとも出てきません」
トオルは「いや。ちょっと待てよ。俺が疑問に思うのはまだわかるじゃん?お前まで疑問に思ってたら、おかしいだろ。パラレルワールド的に」と指摘する。
「だから、僕も一緒にパラレルワールドっちゃったんじゃないですか?」
トオル、顎に拳を当てる。
「でも、困ったな。あの子。あの子にビンタされないと俺はたぶん元の世界に戻れないんだ
よ。それでな、俺はあの子の下の名前しか知らなかったんだよ。あの子、あの子って言って
るけど、下の名前がない世界線っぽいから、もう出てこないのね。具体的な名前が」
「い~や、なんか、不条理演劇みたいですね。もしかしたら、夢なんじゃないですか?」
「はあ?」
「いや、さすがに、これ、夢ですって。パラレルワールドとかじゃないですよ。これ、全部
二森さんが見てる夢なんじゃないですか?」
「じゃあ、起きればいいのか?」
「そうです!」と人差し指を立てる。
「どうやって起きればいいんだろう」
「そりゃ、やっぱり夢の中で死にそうになったら目が覚めるじゃないですか。だから、こう
いう風に」
と言って、前田、携帯していた拳銃を口に入れ、発射して脳天を打ち抜く。銃声が轟(と
どろ)く。
トオル、前田に駆け寄る。
「前田。おい、しっかりしろ」
トオル、前田の体を揺するが、反応はない。
他の警官が、来る。
「なにしてる?おい、大丈夫か」
さらに警官が駆けつけ、「おい、大変だぞ」
*
新聞『警察官 同僚警察官に自殺教唆の疑い』。
*
法廷でトオルが被告として裁かれている。
「被告人。なにか述べたいことはありますか?」
「い、いや……」とためらいがちだったトオルは覚悟を決め、スゥーっと息を吸いこんで、」こんな茶番、もういいよっ」とツッコんだ。
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地表が薄いガラスのようにパリンと割れ、 地球が粉々に。
そして、散らばった粉がまた集まって再度地球に。
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【つづく】