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第5話 パラレルワールド・ポリスオフィサー

 シャインサンシティビル・屋外広場でベンチに並んで座るトオルとヒロナ。

「好きです。付き合ってください」

「……」

 間。

「ニモリさん?」

「お、俺のことが好きなの?」

 ヒロナ、頷く。

「お~。そう。前田司令官じゃなくて、俺が好き?」

「し、れい、かん?」

「いや~、ありがとう。ありがとう。んま~、そうね。俺はヒロナちゃんのことよく知らな

いし、お友達からなら」

 トオルの頬に張り手が飛ぶ。


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 地球が粉々に。

 そして、粉が集まって再度地球に。

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 交番で執務机に伏せて寝ているトオル。同じく制服の前田が傍らに立っている。

「二森巡査長。二森巡査長」

 トオル、目覚める。

 トオルは前田を見て、「おお、前田。警察のコントやるのか?」と口走る。

「しっかりしてくださいよ。通報来てるんですから」

「通報?」

「シャインサン通りの飲食店から、閉店時間を過ぎても客が帰らないという通報です」

 トオル、立ち上がり、頭をかく。

「今度はなんだ?警察もののコントの撮影かなんかか?」

「行きますよ」

 前田、トオルの腕を引いて交番から飛び出す。



 池袋の掃き溜めの居酒屋。

 奥のほうのテーブル席で、顔を赤らめた吉沢が飲んでいる。テーブルにはたくさんのビー

ル瓶。

 トオルと前田、入店。

 店員に案内され、二人は吉沢のところへ。

「なんで、相方が?やっぱり、ロケか?」

トオルは吉沢に「お兄さ~ん。ちょっとお話いいかな?」

 前田に背中を押されたトオル、何かのスイッチが入ったように口調が変わる。

「お兄さん。気分よく飲んでるとこ、ごめんね」

「う~ん」

「あのね、もう閉店時間すぎてるの」

「う~ん?」

「僕たちもね、お兄さんが気持ちよく飲んでるのを邪魔したくないのよ。ただ、続きはよそ

でやってもらえないかな~っていう提案なんだけどもね」

「う~ん」

「お店の人もね、怒ってないの。ただ、ちょっと困ってて僕たち呼ばれちゃってるだけなの

ね。お店の人がね、出て行ってほしいな~っていうお願いなんだけども」

「逮捕する気か?」

「い~や、全然、全然。そんなつもりないよ。ただね、一応、お店の人が出て行って、と言

ってて、これで出て行ってくれないと、お兄さんね。これ、不退去罪ということで、僕たち

がね、お兄さんに手錠をかけないといけなくなるの」

「う~ん」

「今のうちに、出て行ってもらえると、僕たち、とっても助かるんだけどな。どうだろう?」



 一仕事終えて、交番に帰ってきたトオルと前田。

「さすがの、二森さんでしたね。怒らせないやり方が」

「いや。なんか、茶番じみてるのは気のせいか?」

「茶番?」

「お前、前田司令官だろ?」

「なに言ってるんですか。僕は、巡査ですよ」

「めんどくせー」

「なんなんですか?さっきから」

「いやさ……」



 トオルと前田が向かい合って話す。今までの経緯についてだ。



「パラレルワールドねえ……。働きすぎじゃないですか?有給とります?」

「まあ、でもさあ。考えてみたんだけど。売れてない芸人の世界線から売れてる芸人の世界

線へって、都合よすぎるのかもな。もしも警察官になってたら、の世界線に飛ぶことのほう

が、むしろパラレルワールド的なのかも」

「二森さん、相当ヤバいっすね。僕から部長に言いましょうか?」

「い、いや……。また、あの子にビンタされればいいのかな……」

「その、二森さんが芸人だった世界線では、僕も芸人だったんですね?」

「そう。前田司令官っていう芸名」

「……。あれ。おかしいな。僕って下の名前なんでしたっけ?」

「いや。司令官の印象が強くて本名思い出せねえなあ」

「もしかしたら僕、下の名前ないかもです」

「そんなわけないだろ。ちょっと、警察手帳見せてみろよ」

 警察手帳には『巡査 前田』とある。

「噓だろ、そんなわけ」

「二森さんはどうです?」

「え?」

 警察手帳には『巡査長 二森』とある。

 トオルと前田は「……」と黙りこくってしまう。

 トオル、人差し指を顔の前に立てる。

「この世界って、下の名前がないのかもな、みんな」

「でも、下の名前っていう概念そのものはあるじゃないですか」

 そう言って、前田、資料を手に取り、中身を改める。

「あー、でも。田中、山本、高橋、木下、松本……、ここで管理してる記録にも、下の名前

みたいなものはちっとも出てきません」

 トオルは「いや。ちょっと待てよ。俺が疑問に思うのはまだわかるじゃん?お前まで疑問に思ってたら、おかしいだろ。パラレルワールド的に」と指摘する。

「だから、僕も一緒にパラレルワールドっちゃったんじゃないですか?」

 トオル、顎に拳を当てる。

「でも、困ったな。あの子。あの子にビンタされないと俺はたぶん元の世界に戻れないんだ

よ。それでな、俺はあの子の下の名前しか知らなかったんだよ。あの子、あの子って言って

るけど、下の名前がない世界線っぽいから、もう出てこないのね。具体的な名前が」

「い~や、なんか、不条理演劇みたいですね。もしかしたら、夢なんじゃないですか?」

「はあ?」

「いや、さすがに、これ、夢ですって。パラレルワールドとかじゃないですよ。これ、全部

二森さんが見てる夢なんじゃないですか?」

「じゃあ、起きればいいのか?」

「そうです!」と人差し指を立てる。

「どうやって起きればいいんだろう」

「そりゃ、やっぱり夢の中で死にそうになったら目が覚めるじゃないですか。だから、こう

いう風に」

 と言って、前田、携帯していた拳銃を口に入れ、発射して脳天を打ち抜く。銃声が轟(と

どろ)く。

 トオル、前田に駆け寄る。

「前田。おい、しっかりしろ」

 トオル、前田の体を揺するが、反応はない。

 他の警官が、来る。

「なにしてる?おい、大丈夫か」

 さらに警官が駆けつけ、「おい、大変だぞ」



新聞『警察官 同僚警察官に自殺教唆の疑い』。



法廷でトオルが被告として裁かれている。

「被告人。なにか述べたいことはありますか?」

「い、いや……」とためらいがちだったトオルは覚悟を決め、スゥーっと息を吸いこんで、」こんな茶番、もういいよっ」とツッコんだ。


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 地表が薄いガラスのようにパリンと割れ、 地球が粉々に。

そして、散らばった粉がまた集まって再度地球に。

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【つづく】

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