「一つだけお願いがあるんだ」
目の前にいるのは、もうすぐ私の夫となる、詩季。
でも、今日は、どこか遠くて…。
目の前にある、カフェのテーブルには、私たちがいつも注文する、カフェラテが置かれている。
カップからは、まだ湯気が上がっているが、私の心は、冷え切っている。
「どうしたの?急に真面目な顔して」
私は、普段通りの笑顔を作って見せた。
詩季に心配をかけたくない。
私まで悲しんでいたら、詩季がもっとつらいはずだから。
詩季の指が、そっと私の手の甲に触れる。
その熱が、何かを伝えようとしているみたいで、思わず顔を上げた。
「俺がもし、何もかも忘れてしまっても、俺の隣にいてくれる?」
彼は、私をまっすぐに見つめている。
その奥には、これまで見たことがない深い悲しみが揺れている。
その瞬間、私の脳裏に、幼い頃の記憶がフラッシュバックした。
『
喉がカラカラに渇いて、呼吸も浅くなる。
「ねぇ、どうしたの?なんで、そんなこと言うの?」
私の声は、震えていた。
彼は、なぜ?という顔をしている。
私は、まだ、彼にあのことを話したことがないからかもしれない。
詩季はゆっくりと、私の手を握った。
「紫鶴との思い出はだけは、絶対に忘れたくないない。でも、俺が君のことさえも分からなくなってしまったらと考えてしまうんだ。……それでも、紫鶴は俺の隣にいてくれる?」
詩季は、懇願するように問うた。
私はただ、彼の、あまりにも儚い問いに、静かに頷くしかなかった。
「もちろんよ。何があっても、ずっとあなたの側にいるって約束する」
私の目からは、すでに涙が溢れ出していた。
頬を伝う温かい雫が、彼の手に落ちた。
これが、私たちの永遠の誓いとなることを、この時の私は知らなかった。
そして、この誓いが、どれほどの困難と悲しみをもたらすかも。
「ありがとう、愛してる」
詩季の言葉に、私は首を縦に振った。
言葉が出てこなかった。
彼を抱きしめることしかできなかった。
この温かい温もりを忘れないように、と。