「いやああああああああ!?」
私、ナタリー・ピエールは、転んだ拍子に思い出してしまった。
大下(おおした)みくりという前世の記憶を。
「お嬢様!?」
転んだ私に近づこうともしない使用人たちのことなど放っておき、私は庭に倒れた体を起こして、すぐさま近くの窓へと走った。
「……やっぱり!」
窓に反射する私の顔は、額から血を流している。
けど、そんなことはどうでもいい。
問題なのは、この顔だ。
悪役令嬢ナタリー・ピエール。
前世で私が遊んでいた乙女ゲームに出てくる悪役令嬢、そのままだ。
まだ十四歳というあどけなさを残してはいるが、窓に映るつり目に三白眼の瞳が、睨みつけるつもりもないのに私を睨みつけている。
どうやら私は、乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい。
そうであれば、私の体を起こそうともしなかった使用人たちの態度にも頷ける。
私が振り返れば、使用人たちは心配そうな表情を作りながらも、決して私と目を合わせない。
当然だ。
ここで私と目が合えば、悪役令嬢ナタリー・ピエール――いえ、今までの私の性格上、確実に私が転んだ原因を押し付けられて、罵声・暴力コースまっしぐらだ。
最悪の場合、使用人という職を失う可能性さえある。
私が使用人でも、ナタリーと目を合わせたりなんかしない。
とはいえ、このまま誰も手当をしてくれないのは私が困る。
乙女ゲームの世界は、前世の世界と比べて医療水準が低い。
かすり傷一つとて、甘く見れない。
私は前世の乙女ゲームの知識を思い返し、最も御しやすそうな使用人の名前を叫んだ。
「フラン! フランソワーズ・ルコント! 血を何とかして!」
「は、はい!」
名指しをすれば、さすがに動かないわけにはいかないだろう。
名前を呼ばれてしまったフランは、顔を真っ青にしたまま私の元へ駆け寄り、ポケットから取り出したハンカチを私の傷口に当ててくれた。
そして、憐みの表情を浮かべる使用人たちの視線を浴びながら、私を医務室へと連れて行ってくれた。
うん。
前世の記憶を取り戻した今ならわかる。
私は、酷い悪役令嬢だった。