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Yesか、はいか、よろしくか
Yesか、はいか、よろしくか
悠月 星花
恋愛現代恋愛
2025年07月05日
公開日
3,611字
完結済
一人飲みをした帰り道。 後ろからついてくる足音に震えた。 私を追いかけてきてくれたのはよく知る真紘社長だった?

第1話 なんでもない夜

 仕事帰りのなんでもない夜。憂さ晴らしに、行きつけの居酒屋で一人酒を飲む。


 今の会社で秘書として働き始めて数年。若手社長の透の元、少しずつ企業として大きくなっていく会社、目まぐるしく進化していく業界に取り残されないようにと、社長である透に必死に付いていった。

 業務にも慣れ、社長である透のフォローもできるようになってきたと思った矢先、ミスをしてしまった。それほど大きな問題にはならなかったが、その後始末のため、透が寝食を削って仕事をしている姿を知っているので、居たたまれなかった。

 私のミスであったにもかかわらず、「大丈夫。杉崎ちゃんじゃなければ、気が付かなかったくらいだから、早く気付けてよかった」と透の笑った顔が忘れられない。


「……どうして、社長は私を責めないんだろう。私が悪いのに」


 ジョッキを傾け、ぬるくなった残りのビールを流し込んだ。大きなため息と共に、何もできないでいる今がとてももどかしい。


「……あの、私も残ります!」

「いいよ、杉崎ちゃんはもう帰ってくれて。ここから、オレの仕事だし、十分なフォローは受けてる」


 申し訳なさそうに、その場に立ったままの私を見て、透は苦笑いをした。苦笑いしたように、私には見えた。


 ……いつまでも、ここにいても、きっと迷惑だから、帰ろう。


 そう思って、踵を返したとき、「杉崎ちゃん!」と呼び止められる。勢いよく振り返って、「何か御用ですか!」と意気込んでしまい、一瞬目を丸くした透は、次の瞬間には大笑いしている。そんな様子を見て「失礼な」と呟くと、さらに腹を抱えて笑い続ける。


「あぁ、ごめんごめん。なんか、必死すぎて」

「必死にもなります! 社長……」

「それ以上は言わない。杉崎ちゃんがしなくてはいけないことではないと、何度も説明しているでしょ? それに、杉崎ちゃんじゃなければ、気が付かなかったことなんだから、感謝こそしても、迷惑だとか怒ったりしていないよ。本来なら、オレが気付かなくていけないことだったんだから」


 深く椅子に座り直し、少し大きくなった会社の話を始めた。学生起業をしたらしい透。数名の社員から始め、今ではかなりの規模に成長している。


「人が多くなると、いいこともあれば悪いことも、いろいろあるよね? それだけ、この会社に注目も集まっているっていうことだしさ。対策はしていても、結局は机上の空論ってことだったわけだから。それでも、こうして、世に出る前にリカバリーができるってことは、すごいことなんだよ。杉崎ちゃん。オレは幸運だよ。杉崎ちゃんっていう人材が、側にいてくれることが」

「……社長。それは、私の方が思っていることです。でも、今回のことは……」


 首を横に振りながら、微笑む透の意志は固い。だから、私には、今回のリカバリーのメンバーから外された。私はそれ以上何も言えず、「……お疲れ様でした」と一礼した。


「あぁ、待って待って! せっかく呼び止めたのに」

「そうでした! 私にできることがありますか?」

「うん、お願いしたいことが」

「何でもします! 何をすればいいですか?」


 食い気味に透へいうと、「杉崎ちゃんがいれるおいしいコーヒーが飲みたい」と笑うので、少し気が抜けてしまう。


「わかりました。社長には、ミルク増し増しのコーヒーをご用意します」

「うん、頼むよ。それと……」

「会議室の分は、毒ギリギリの濃いブラックを用意しますね!」


「さすがだねぇ?」と笑う透を見て、私は早速、準備に取り掛かることにした。

 淹れ終わったコーヒーを持っていくと、「いつもありがとう」とだけ言って、透はこちらを見ようともしなかった。

 その後、会議室にもコーヒーを持っていくと、疲れ切ったリカバリーメンバーがそれぞれのカップを持って集まってくる。どうやら、コーヒーを買いに行く余裕すらなかったのか、一瞬でなくなっていく。そのまま、ゾンビが歩いて行くかのように、元の席に座り、キーボードの音をさせている。

 私は、もう1杯ずつ飲めるようにと、今度は薄めのコーヒーを作って茶菓子と一緒にそっと置いて会議室を出た。


 そのまま会社から居酒屋へと逃げ込んだ。

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