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第2話 真夜中の足音

「……どうして、社長は私を頼ってくれないんだろう?」


 俯き加減に呟く。役に立ちたいと思っているのに、私には何も言ってくれない透に寂しさを感じずにはいられなかった。


 ほろ酔い気分での帰路。

 静かな道を一人歩いていると、後ろからコツコツと足音が聞こえてきた。


 ……まさかね? 私の後ついてきている?


 さっきまでは、透とのやり取りを思い返し、ため息ばかりついていたので気が付かなかったが、靴音に気が付いてしまえば、怖くなり振り返ることもできない。後ろに気を向けながら、鞄に手を突っ込みスマホを取り出し、少し足早に歩き始めた。


 ……うそっ! 音がついてくる! なんで!!!


 私はさらに早く歩く。途中、ヒールの踵が小石に乗り上げてバランスを崩しそうになったが、とにかく足を動かした。


 ……何? 怖い、怖い、怖い! 後ろから来るっ! 誰よ! もう!!!


 道の突き当り、目の前には公園。昼間は子ども連れの親子がたくさんいるが、この時間……夜中は外灯もなく真っ暗だ。夜になると、この公園はあまりいい噂を聞かない。私の住むマンションへはこの公園を突っ切ればすぐなのだが、前進するのも躊躇われた。迂廻するのも後ろの足音からして怖い。


 ……社長、どうしよう。


 握りしめたスマホをもう一度強く握って祈った。残業をしている透に届くはずもない祈りを振りきって決心した。


 えぇーい! 走れば大丈夫! こんな暗闇、目を瞑って走れば余裕よ!


 私は真っ暗な公園を突っ切るために走ろうとしたとき、「待って!」と男性の声がし、同時に手首を掴まれる。


「きゃっ、やめてください! お金は……ないです! 乱暴なことしないで! お願い、家に返して!」


 わぁわぁと口早に懇願する私に、上から呆れたと言わんばかりのため息をつかれ、力強く握られた手首が少しだけ弱まる。俯いて瞼をぎゅっと閉じていたので、気が付かなかった。「〇〇社の社長秘書の杉崎さんですよね?」と言われるまで体を固くして身を守っていた。名前を言われたので、うっすら瞼を上げる。

 最初に目に飛び込んできたのは上質そうなスーツ。恐る恐るゆっくり見上げれば、見知った人であった。


「……真紘社長じゃないですか?」


 よく知っている取引先の社長だったので、さっきまでとは一変、私はホッとして微笑んだ。そんな私に真紘は厳しい表情を向けてくる。


「こんな時間に酒に酔って一人歩きなんて危ないじゃないか!」

「それは……その……」

「こんなときは、きちんとタクシーを使って帰るか、透に送ってもらいなさい」

「……社長は、今日は、えっと……」

「それに、杉崎さん。今、この公園を突っ切ろうとしてただろ?」


 すごい剣幕で叱られてしまい、しどろもどろになりながら、酒で痺れた脳を働かせる。


「……そ、それは、真紘社長が後ろから追いかけてきたから、その、怖くて……」

「俺が?」


 頷くと真紘はまさか自分が恐怖の対象で逃げていたという事実に驚いていた。少し考えているようで、視線が彷徨っている。


 ……真紘社長ってイケメンだな。最近、婚約したんだっけ?


 私は黙り込んだ真紘を見上げながら、先日あったうちの社長藤堂透との打ち合わせのことを考えていた。雑談になり、近況報告をお互いしているときに、真紘が「親が勝手に婚約者を決めてきた」とため息をついた。婚約者となったのは大学時代の後輩で、どこか大手会社の社長令嬢。うちの社長とも知り合いらしく、そんな話をしていたことを思い出していた。

 よくよく聞いていると、うちの社長がそのご令嬢を好きで、そのご令嬢は真紘が好きで、真紘は言葉を濁したが他に想い人がいるように感じていた。


「俺は、杉崎さんがフラフラと夜道を一人で歩いているのが見えたからほっておけなくて、ついって……あっ、そういうことか」


 どうやら私に説明をして、私の言い分にも気がついたようだ。


「私、そんなにフラフラしてましたか?」

「ん、してた。変なヤツが近寄ってきてたし、危ないからそっと見守って帰るつもりだったんだけど、そっか、怖がらせちゃったか。ごめん!」


 心配してついてきてくれたらしい真紘に向かって思わず笑いが止まらなくなった。


「あははははは! 真紘社長、大丈夫ですよ! 酔ってませんから!」

「いや、どう見ても酔ってる」

「いいえ、全然です!」


 にへらっと笑うと真紘は困ったように笑う。もう深夜だ。私の声が意外にも響いているようで、口元を抑えられた。


「杉崎さん、少し話し声のボリューム下げて。真夜中だからさ」

「わっかりました! 社長。では、私の家に帰りましょう! お茶くらい出しますから」


 そう言って、真紘のスーツの袖を引っ張って歩き始める。仕方なさそうにため息をひとつしたあと、優しく微笑んで私に轢かれるがままマンションまで送ってくれるらしい。

 マンションの入り口まで来たとき、真紘は立ち止まった。

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