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クロリザル
クロリザル
やと
現実世界現代ドラマ
2025年07月05日
公開日
3.6万字
完結済
売れない小説家・慎太郎は、鬱病の治療のために入院していた。 そこで出会ったのは、脳の重い病を抱えた少女 明るく振る舞う彼女だったが、その病は進行すれば記憶を失い、いずれは命すら危ういものだった。 ある夜、少女は慎太郎に一冊のノートを託して言った。 「私が私だった証が、全部ここにあるから」 それは、少女が綴った「やりたいことリスト」だった。 旅行に行く、小説を書く、誰かにお礼を言う――。 そして、最後のページには、 少女は間もなく病室で亡くなり、慎太郎の胸には深い喪失感が残った。 退院した慎太郎は、彼女の夢の続きを叶えるように旅に出る。 広島、北海道…さまざまな土地で人々と出会い、互いの孤独や傷に触れながら、慎太郎は少しずつ「書く意味」を取り戻していった。 数か月後、彼の小説**『優しさの首輪』**は10万部を突破し、大ヒットとなる。 母校での講演も決まり、かつて彼に深い心の傷を与えた人々の前で、本当の気持ちを言葉にする勇気も持てるようになった。 そして――。 『優しさの首輪』の書店サイン会を終えた慎太郎は、一人、吹雪の北海道の岬にいた。 ポケットには、少女のノートと、はな、智春との出会いが慎太郎を変えていく。 ノートの最後のページに書かれていた言葉が、慎太郎の胸に響く。

第1話クロリザル

人を信じられなくなってうつ病になった青年がまた人を信じられるようになる物語


僕は人間を信じない、それは他人であっても友達も家族でさえ僕の本心を話すことはなくなった。きっかけは些細な事だった。気いたら僕は一人で僕の周りには誰一人として僕に手を差し出す人間はいなくなっていた。


僕は現在作業所という普通に働く事が出来ない人間が社会復帰出来るような施設で働いているそこでは簡単な作業、紙を封筒に入れるだけだったりダンボールを作るなど本当に誰でも出来るような作業工程を行う場所にいる此処では勤務時間も自分で決められて週に一日だけなど数時間だけ午前中だけ働いて帰る人もいる。そんな場所でも給料は発生するがどんなに働いても月には数千円程度、そんな状況で食べていける訳もなく此処にいる殆どの人間は生活保護を受けている。それに伴って市役所に定められたアパートに住んでいるそんな僕もアパートに住んでいて生活保護を受給している。今僕は絶賛二十三歳にして人生絶望している所だ。


「田辺君、今日は午後まで挑戦してみる?」


「そうですね、いつもより一時間だけやってみます」


「了解」


今日も僕は作業所で働いて今日は調子が良いので少し時間を長めにやろうと思った


「田辺君、なんの煙草吸ってんの?」


「アメスピです」


「アメスピか、僕も若い時に吸ってたよ」


先ほどから僕に話しかけてくるこの人は此処の作業所の役員さんの日比野さんだ


「明日は病院だっけ?」


「はい」


「田辺君さ、最近時間も長く働けてきたし曜日も一日増えて頑張ってるけど体は大丈夫?」


「はい、社会復帰するのが目的ですし」


「そうか、若いからエネルギーもあるだろうけど無茶したらいけないよ」


「分かりました」


午後の十五時まで働いて家に帰る


「いつまでこんなくそな毎日が続づいていくんだろう」


そう呟いて夜食に食べるコンビニ弁当とビール缶が入っているビニール袋を置いてズボンに付けるベルトを見つめる。こんな人生ならもう自分の手で終わらせようと思った。ベルトを首に回す。ただ生きがい出来なくなって酸素体の体温が冷める瞬間にベルトを投げ飛ばす。自分は以前にもこう言う行動をしていたが何度も失敗している、自分はもう人生を辞めたいと何度も思うけど結局そんな事すらも出来ない自分に腹が立ってくると同時にまだ自分は生きていると感じる事が出来ている事に矛盾を感じながらここ数日過ごして明日病院で先生に相談しようと思いビールと弁当を体に入れて直ぐに睡眠薬を飲んで眠りにつく。


家から病院まで一時間くらいかかるがもう二年間お世話になっている先生がその病院にいるため一時間をかけて電車に揺られる


受付に診察カードや諸々の書類を出して待合室にて自分の番になるまで待つ。


「失礼します」


「はい、どうぞ」


先生はもう六十をすぎてるおじいちゃん先生だが少し目が怖い、でも優しい先生だ


「田辺君ここ一か月どうだった?」


「作業所には通っていますがなんだか感情の起伏が激しかったです」


「どんな感じになった?」


「なんか将来に希望が持てなくてもう死にたくなりました」


「具体的に行動にしちゃったりした?」


「はい、何度かでももう少しって所でできなくて、自分はこんな事もでいないのかと同時にこれをする事によって少しだけまだ生きているって思えます」


「そっか、じゃあちょっと待合室で待っていて」


「分かりました」


なんだか急に追い出されてなにがあるのか分からないまま待合室の椅子に座る事五分


「田辺さん」


また呼ばれて病室に入る


「失礼します」


「田辺さん、急になるんだけど入院してみない?」


「入院ですか?」


「うん、前にも入院してもらったけどやっぱり病状も良くなってないしそれが君の為になると思うんだけど」


「入院ですか」


「直ぐに決めた方がいいから」


「分かりました」


「じゃあ直ぐに紹介状書いくから明日I大にコロナの検査受けてきてね」


「分かりました」


病院をでて荷物を纏めなくてはいけないと日用品などを買うためにドラックストアに行き、いつまで入院生活が続くのか分からないのでとにかく買い込んで家に帰った。家に帰って直ぐに荷物を纏めてキャリーバッグに荷物を入れていく、入院は前にも経験しているので必要なものを入れて選別をしていく。次の日に備えてその日は寝て次の日に大学病院に向かいコロナの検査をする為に病室にて検査をするのだが鼻に長めの綿棒を突っ込まれるがそれが滅茶苦茶に痛い。


「痛いと思うのですが動かないでくださいね」


「はい」


コロナの検査は今回で三回目だが未だに両方の鼻に綿棒を入れるのが理解できない。


数分経って検査の結果が出た


「陰性なので問題はないです」


「分かりました」


それから明日入院するにあたっての資料などを渡され明日までに書いて受付に持ってくるように言われた。


大学病院まで一時間くらいかかるので一人で荷物を持って行き帰る時も一人だと考えると少し憂鬱になってくる、それでも入院が必要と言われてしまってはしょうがないと思い直ぐに帰宅する。


明日から病院暮らし、いつまで入院するのか分からないしそれに夜は他の患者にいびきなどがうるさくて全く寝られない事もあったし動画を見たくてもわざわざイヤホンしないといけないなど他の人に配慮して生活しないといけないなど面倒くさい事ばかりだった事もあり今になって少し後悔して来た。ただそんな事を考えても朝はやって来る。出かける服装に着替えてキャリーケースを持って家を出る、この時期はもう冬になり肌寒くなり始めて少し着込んでないと寒くてたまらない。病院まで電車に一時間揺られて重いキャリーケースを持って病院に入って受付に行った。


「すいません、今日から入院する田辺なんですけど」


「田辺さんですね、確認いたします」


そこからは必要な書類をもって隣りの受付に行ったり来たりして追加で書かなくてはいけないものなどがあり忙しかったけどそれが終わればすぐに二階に行って精神科の待合室に連れていかれ主治医の先生に最初のカウンセリングが始まった


「田辺翔さん、二十三歳であっているかな?」


「はい」


「僕は田辺さんの主治医になる後藤ですよろしくね。じゃあ軽く何個か質問していくね」


「はい」


「今自分が入院しないといけない状態なのか分かる?」


「まあ。なんとなく」


「じゃあなんでそこまで病状が悪化したか理由聞いてもいい?」


「単純に将来に希望が持てなくて働いていた会社も一年もたたずに辞めたしその後もバイトとかやってみたけど続かないし自分って社会から必要とされてない感じがしてなんだかもう全部どうでもいいって思っちゃって」


「そっか、大変だったね。誰か友達とか家族とか連絡とっている人はいる?」


「いません、友達は指で数えるくらいしかいないし家族には家を出て最初は連絡していたけど会社辞めて段々連絡するのが辛くなって」


そう言うと先生はティッシュを僕に渡してきた、それで自分が涙を流している事に気づいた


「すいません」


「謝る事じゃないよ。ずっと一人で抱え込んでいたんだね」


「誰にも話せなくて」


「僕にはなんでも話してね、本当に些細な事でも」


「ありがとうございます」


それから病室まで行きベットまで看護師さんに案内された


「シャワーは日曜日以外は使えます後はなにかあれば言ってください。それとなにか苦手な食べ物とかあります?」


「納豆くらいです」


「納豆ですね。こんなことしかできなくてごめんね」


「いえ」


「じゃあ夜になったら薬持ってきますので」


荷物の中を見られて入院するきっかけになったベルトを連想させる充電コードなどは持ってかれた、幸い今は四人部屋に僕しかいないようで窓際のベットにしてくれた。カーテンで仕切られていて窓が見えるように窓際だけカーテンを開いて持ってきたものをキャリーバッグから出して整理を始めた。


「一人か」


ぽつりと独り言をはっするけど勿論帰ってくる事はなかった。


「田辺さん夜ご飯です」


「ありがとうございます。」


「食べ終わったらナースステーションまで持って来てください」


「はい」


病院のご飯は美味しくないと聞いていたが以外と美味しい、以前にも同じ事を思った記憶がある。


ご飯を食べ終えて食器を持っていくと食欲はあると確認されて夜の二十一時の消灯時間まで自由な時間なのだが急に入院だなんて言われて何をすれば良いのか分からなかった。そうしてぼーっと時間が過ぎるまで窓から見える景色を見て過ごしているといつのまにか看護師さんが薬を持って来てくれて消灯時間が来て寝る体制になった。


「このまま目が覚めなければいいのに」


そう一言言っていつ終わるかも分からない入院生活一日目が終わった。


二日目、目が覚めるといつもと違う白い天井が見えて自分が入院している事実を理解した。


「おはようございます、調子はどうですか?」


「いつもと変わらないです」


「じゃあ体温測りますね」


体温計を脇に挟んで体温を測る


「平熱ですね、今日は何して過ごすんですか?」


「分かりません」


「そうですか、散歩行ったりするなら一言言ってくださいね」


「はい」


そうして看護師さんは病室から出ていった。


なにして過ごすって何をしたらいいのだろう、ただぼーっと時間が過ぎるのを待つのも勿体ないけどかと言ってなにかやりたいことがある訳でもない。


スマホを見るとインスタなどでは皆キラキラした日常を載せて自分の劣等感がひしひしと伝わってくる、なんで、どこで自分はどこで間違えたのだろうなにがいけなかったのだろうそんな闇に心が蝕まれていくので見るのをやめた。Twitterなんかも自分の趣味はないが何か挙げろと言われればアニメが好きな部類に入ってくるのでそのアカウントを見てみても中には


「面白くない」


とかそんな所謂アンチコメントがあったりしてそれは当事者である作者やそのアニメに関わっている人間以外である自分も否定されている気がして嫌になる。SNSなんて所詮そんなものだと割り切れると思えばそう言う世界でも生きやすいのだろうけど自分はそんな人間ではないのでこれまた憂鬱になってくるただ自分の嫌な部分を感じ取っても時間は過ぎていく


「田辺さんお昼ですよ」


「はい」


さっき朝ごはんを食べた気がするが直ぐにお昼の時間になってしまっていた、お昼ご飯を食べていると後藤先生がカーテンを開ける前に声をかけてくれた


「田辺君ちょっと今良い?」


「はい」


「ご飯食べたら少し長い質問に答えて欲しくて時間とっても良い?」


「分かりました」


「じゃあ十分くらい経ったらまた来るね」


「はい」


ご飯を食べながら何を聞かれるのだろうと思いながら食べて行くが結局何も思い浮かばずにご飯を食べ終えて後藤先生に連れられて病室から少し歩いた所の部屋に入った。


「じゃあ早速質問だけど結構あるから頑張って」


「はい」


それから貴方の質問百、みたいな感じで沢山質問されて疲れた。こんなに人とちゃんと喋るのは何年ぶりかと思わせるほどだった。


「疲れたでしょ?」


「はい」


「じゃあ病室戻ってゆっくり休んで」


「分かりました」


病室に戻りスマホを見ると時間は二、三時間が経っていてもう夕方に差し掛かっていた


「本当に疲れた、あんなに質問するなんて」


「結構疲れているみたいですね」


「え?」


気づいたら後ろに看護師さんが立っていた、ホラー映画なら発狂する場面だろう


「まあ精神科の患者さんなら最初に受けるカウンセリングですから皆最初はお疲れになります」


「そうですか」


「少しは本音を話せましたか?」


「まあ素直に聞かれたことを話したので多分大丈夫だと思います」


「そう、ならよかった」


「本音ってどこまでがそうなんですかね?」


「さあ、それは人によって変わるし哲学てきな話になってくるから、はい、夜のお薬」


「そうですよね」


まあそりゃそうだと思いながら薬を受け取ってベットに寝転がる、さっき先生に退院はいつ頃が目途になるのかと聞いたら今の所は暫く入院しようと言われてしまった。それと明日から後藤先生が着いて散歩をしてみないかと提案されて断る理由もないので承諾した。




次の日お昼を食べてぼーっとしていると後藤先生が病室に入ってきた


「田辺君、ちょっと良い?」


「はい」


「ちょっと散歩しない?」


「分かりました」


後藤先生について行き病院の屋上にベンチに座る、


「どう?気分は?」


「ちょっと寒いですね」


「そうだね、もう冬だし」


冬か、もう季節なんて暫く気にしない。季節を気にして生きられるなんて僕にはそんな余裕も気分にもなれない


「季節なんて気にしたのいつぶりだろ」


そんな僕の独り言に同情し察したのか後藤先生が僕に一言


「じゃあ僕は飲み物でも買って来るよ、なにがいい?」


「じゃあ珈琲で」


「分かった」


なんだかんだ入院してから暫く経ってやる事もなくなってしまったなにかやりたい事がある訳でもないしこの先どう人生を生きればいいのかやっぱり分からない。自然ともう終わらせたいと思いベンチから立ち上がり鉄格子に手をかけた時にふと後ろから声が聞こえた


「死ぬの?」


「え?」


「だってそこから飛び降りるんでしょ?」


直球に聞いてくるものだからなんだかそんな気がなくなってしまった


「いやただ景色が綺麗だなって思っただけ」


「そうなんだ、まあ目の前で死なれるもの嫌だからそれならいいけど」


少女がベンチに座って僕を見てくる


「何?」


「いや、そのまま飛び降りないか監視しているだけ」


「そんなに見なくてもそんな事しないよ」


「そう、じゃあ隣に座って」


そう言われて少女の隣に座る


「貴方は此処に入院しているの?」


「まあ」


「そう、因みになんで?」


「結構どんどんと聞くんだね」


「まあもう私に残された時間は少ないから、興味があれば臆することなく行動したくなるの」


「そうなんだ、まあ簡単に言うと精神系だな」


「そうなんだ」


「まあいつ退院できるかも分からないしこの先の人生をどう生きていけば良いのか分からないんだ」


「だから自殺しようとしていたんだ」


「だからさっきのは違うんだって」


「まあそう言う事にしといてあげる。でもそれなら私にその時間頂戴よ」


「他の人に時間を渡せるならとっくにどこか遠くの国で今にも死にかけている子供にでもあげている」


「そんなどこかの国の子供じゃなくて私に渡してよ」


少女の声が少しでかく怒りに変わっていくのが声色で分かった


「お前もう時間がないんだな」


「うん、もう少し長く生きられたら好きな事して、好きな人と恋に落ちて結婚して子供も欲しかった」


「そっか」


「でも私はもう此処に来られるのも最後になるだろうし」


「そんなに時間に迫られているのか、でも俺は君に対してなんて言えば良いのか分からないから俺は冷たい人間だな」


「そうね、でも私は何を言われても私の残された時間は変わらないしそんなの私にとっては戯言だから」


「そっか、じゃあ俺は何も言わない」


「それで良いよ、でも一つだけ頼まれてもらえない?」


「何を?」


「これ」


そう渡してきたのは一冊のノートを渡された


「なにこれ?」


「私のやりたかったリストがずっしりと書いてあるノート」


「こんなもの渡されても俺にはどうする事もできないぞ」


「いいの、家族には見られたくないし友達に渡すのもなんか違うって思って」


「だからって今日会ったばっかりの奴に渡すか?」


「いいの、貴方に持って欲しかったから」


「え?」


「まあ私が死んだら貴方に渡すように看護師さんに言っとくから」


そう言って屋上から少女が点滴スタンドを持って去って行った。


それから僕は少女に会う為に毎日、同じ時間に屋上に行ったが少女と会う事は出来なかった、後藤先生や看護師さんには自分から屋上に行きたいって言って行動を起こす事に良い状況になっているって言われたり、顔色も良くなっているって言われたけど僕はそうは思えなく少女に会えない事で少し寂しさを感じる事になっていった。ただ最後に名前だけでも聞いとくべきだったと後悔していた時に看護師さんが僕に話しかけてきた。


「田辺君、ちょっと良い?」


「はい」


そうしてカーテンを開けた


「なんですか?」


「これ渡すように言われてね」


看護師さんが持っていたのは屋上で会った少女が残したノートだった


「これなんで」


「昨日会った子覚えている?」


「はい」


「あの子、葵ちゃんって言って。昨日亡くなったの」


「そうなんですか」


「それで意識を失う前に貴方にこれを渡して欲しいって言われて」


「僕に」


「うん、今日は検査もないからゆっくり過ごして」


「ありがとうございます」


僕の手には一冊のノートが残っていて、昨日会った少女が持っていたもので間違いはないのだがなぜ僕にこれを残したのかは分からず果たして中を見ていいものなのか、でも中を見ても構わないから渡したんだよな。


意を決して最初のページを開く




「これを見ていると言う事は私はもう死んでいるんだね」


なんかこう言う時の決まり文句が最初に書かれていた。


「これずっと書いてみたかったんだよね、まあそれが誰かは知らないけど。昨日会った人がこれを見ているなら最後のページは死ぬ前に見てね」


そこまで言われると読みたくなるが楽しみとしてとっとくのもありだと思ったしそれになんだか自分の最後の記憶に残したいとおもった。


「1、小説を書く事


私は文章を書くのはとても苦手です。でもずっと小説を読む事が好きで一度書いてみたいと思って書いてみたが最後まで書ききれなく座札した経緯があるので貴方に託す。


2、旅行に行く


私は旅行に行った事がない、学校は病気でろくに通えなかったし修学旅行も一人病院で過ごしていた。だから旅行なんて行けなかったから貴方には色んな場所に行って写真を撮ってほしいの。


3,一人暮らしをしてみたい


ずっと入院していたから一人暮らしみたいなものだけど、病気の心配をしないで家賃とか光熱費とか携帯代とかの普通の人が心配しながら生活をしてみたい。




最初の三つでこの少女がどれだけの思いで病気と向き合いこの白い部屋に閉じ込められていたのかが理解できる、だからこそこの最初で思いが強い三つをやってみようと思った。


いつか死ぬのなら君の見たかった景色を見て死にたい。




それから僕は今までストップしていた執筆を始めてみた。


僕は少しばかり小説を書いていた時期があり一時期は本気で小説家になろうと思って頑張ってはいて書籍化もされたが殆ど売上は殆どなく、売れない小説家だったがろくに稼ぎにはならずそれで会社員として働く傍ら、趣味程度に書いてはいたがとても小説を書く精神状態ではなく執筆を止めていたがやるなら今のタイミングしかないと思い病室でパソコンを開く。


久しぶりにパソコンを開いても何を書けばいいのか分からなくなる。


そんな時少女が残したノートを見てみる、何かヒントがないか見る事にした。


数ページをぱらぱらと見てみると小説に関する記述が載っていた。


「小説を書いてくれるとなった君に私が助言を授けよう。私の好きな小説の話は恋愛小説じゃなくてどろどろとした気落ちしてしまうような小説が好きなんだ。だからそんな小説を書いてほしい」


ノートを見るに僕は恋愛小説を書いていたので、今まで書いていたものとはないので開拓する事になるが挑戦してみるのもいいと思ったので書いてみようと思った。




とは言え書いたことのないジャンルのなで中々筆が進まない。


「田代さん、お熱図りますね」


「はい」


「パソコンで何書いているの?」


「小説を書いてみようと思いまして」


「小説?すごいじゃん」


「売れてないですけどね」


「小説なんて読むのも出来ないのに書くなんて凄いよ」


「僕なんかが書いているものなんて誰も興味はないですよ」


「そうなんだ、じゃあ今度読ませて」


「気が向いたらよろしくお願いいたします」


「うん」


看護師さんは仕事が終わって帰って行く




どろどろとした小説か。どうも人間の負の感情は知っているし嫌な場面も何度も見てきたからこそそう言う小説が今書けるかもしれない。タイトルは未定で高校生が主役で人間関係がどろどろとした小説に決めた。


高校生と言う人間がまだ出来上がってなく物事を多面的に見る事が全てできる訳ではない時間を生きているからこそ書きやすいと思ったし自分の経験を生かせると思った。


主に女子特有の陰湿ないじめだったり。それが原因で一か月もたたずに辞める生徒もいたしそれで謹慎になる生徒がいて朝学校に遅れて行ったらクラスの女子が殆どいなくて自分が知らないところでもいろんな奴が関わっていたのかと思わされた、実際自分も皆がやりたがらないゴミ箱を四階から一回のゴミ捨て場に持ちきれない程の、大きさのゴミ箱を持っていたら思わず落としてしまった時に、偶々階段に居合わせた女子がくすくすと笑い声が聞こえた、笑って手伝ってくれればいいのにそのまますれ違って行ってしまったのが今でも覚えている、自分が通っていたが高校の女子の性格の悪さが際立っていたのは事実だ。でも性格が悪かったのは女子だけでない、僕はサッカー部に入っていてそもそも勉強はできないしスポーツも人並み以下だったのでどうすれば周りの輪に入るには元気でお転婆なキャラを演じるしかなかった。だから段々とこいつなら何しても大丈夫、傷つかないだろうと思われてしまった、小学生、中学生の時は学校へと行っても一日中誰とも喋らないで家に帰る日が多かった人間が高校デビューで変わろうとしたんだ、勿論それで大丈夫な人もいるだろうでも僕は違った少なくとも一年で人間が変われる程の器を持っていなかった、四階から自分のバックを投げられそうになったりトイレットペーパーを巻きつけられたり掃除ボックスに入れられて遊ばれたり、サッカー部の合宿では自分は修学旅行など泊まりの行事があっても直ぐに寝るタイプだったのでその時もそうした、そして行われたのは簡易机を頭の上に置かれて葬儀ごっこ遊びが始まった。僕は寝てるふりをした幸い机で顔は見えないその現場では後輩もいて本気で怒ったら、その場の空気やその後の合宿の良い空気が壊れてしまうのではないかと僕は自分の心ではなく周りの人間の心の拠り所を気にしてまった。


だから僕は壊れた。


その後、学校に部活に行けなくなった、部活に遠征で行く時もその学校の近くに行っても門をくぐれなくなったしその心の内を誰にも打ち明けられなかった。一番距離が近いやつにも先生にも顧問の先生にも言えなかった。顧問には先生の中でも一番近い距離でいたのにサインは出していた。


「なんで学校来ないんだ?」そういわれた時には朝起きられなくてと言ってごまかした、でもその時に顧問にはそれは甘えだと言われてしまった、その時の心の中での糸がぶちっと切れた音がした気がした。


世の中、笑っている奴が一番強いと言う事があるけれど僕はその裏で何を思っているのだろう、その笑顔ははたして本心なのだろうか顔は笑っていても心の中では針に刺されている位の痛みがあるのではないのか、僕はそんな事を高校生活で学んだ。


そして僕は専門学校に進学したが高校での同い年の女子に苦手意識を持つようになっていたのにその学部では女子が三十人に対して、男子は三人そんな環境に耐えられる訳ないだから僕は逃げるしかなかった、当時外に出るのも難しくなって人の目を見て話をできなくなっていて父に車で学校の前まで行ってもらって、担任が来る事になったのだが僕はパニックになってうずくまってしまい、結局最後に担任にあったのは学校を辞める時だった、その時の話し合いでも父は出席してくれたけど三人で話しをしてる時に涙をこらえるのに大変だった。


そんな学生生活を送っていたので基本的に人のことは信じられない、だからこそ僕が書けるものがあるのではないかそんな気がする。




「田辺さん、薬の時間ですよ」


「はい」


「どう小説」


「なんか上手くいかないんですよね」


「そうなんだ」


「はい」


「どんな小説書いているの?」


「人間関係がどろどろとした感じですかね」


「暗い感じなんだ」


「そうですね、ただ暗いだけじゃないのも書きたいので難しいです」


「どっちもあるって感じ?」


「はい、でもただ高校生って言う多感な時期なのでそう言う繊細な部分もあって丁寧に進めていこうかなって思っています」


「そっか、頑張って」


「はい」


僕は執筆を続けた。誰のためになのか、それははっきりしていた。


葵言う少女、僕はどうせ死ぬんだ。だから最後に誰かのためになりたかった。多分今まで何度も失敗している自殺もきっと自分の為にしているから出来なかったんだと思った。


ならやることは一つ、この小説を書いて終わらせる。そんな事だけ自分を保っていられる。




「田辺さん」


「はい」


「最近よく机でパソコン見ているね」


後藤先生がパソコンで執筆している所に来ていた。


「最近小説を書いていまして」


「そうなんだ、どんな小説?」


「人間関係が嫌になる程の作品です」


「それはまた、ダメージがありそうな物語だね」


「そうですね、でもやってみたいって思ったので」


「そっか、でも意欲が出てきたのは良いことだね、それに前はいつもベットで寝ていたのに今は机に向かって椅子に座っているのは進展だよ」


「そうですか」


入院してから、もう一か月は経っていた。


確かに入院した当時はずっとベットで携帯をいじったりずっと寝ていたのでそれは、この一か月で変わった点のなのかもしれない。


「最近外に出て散歩したりしていてそれも変わったね」


「そうですね、今は外に出るのが億劫じゃなりましたね」


「それはいいね」


「でも、病院の外に出るとどうなるのかが少し心配です」


「そうだよね、それも懸念だね」


懸念、果たして家に帰って働くな事になってもちゃんと出社できるのか、とかの心配が渦を巻いている。


「じゃあ、またなにかあれば病室に来るから」


「分かりました」


一人で病室を見るのも飽きてきた、同じ景色唯一違うのは窓側のベットで外の景色を見られるのが精神を保つところだ。


その時だった。


携帯が鳴った。相手は母親だった。


「今、大丈夫?」


「外出て、移動するからちょっと待って」


電話ができるように外のベンチに座って折り返しをかける。


「母さん、どうしたの?」


「最近どうかなって」


「どうも何も変わらないよ」


母さんと父さんには今も会社で働いていると言う事で通していた。でももう潮時なのかもしれない。


「最近、電話しても出ないし会社でなにかあったのかと思ったの」


「どうもないよ、それより父さんとお母さんは体大丈夫?」


「そうね、最近腰が悪くなったりして、畑仕事も大変だね」


「そっか」


久しぶりの親子の会話でなんとなく気まずい空気が流れる。


「貴方なにかあったんじゃないの?」


「何かって?」


「隠さなくても分かるわよ、何年貴方を育てたと思っているの?」


「実はもう会社を辞めたんだ」


「そう」


「それに病気で入院中なんだ」


「そうなの」


「うん」


自分で決めて大学は東京にすると言って家を出て一人暮らしを始めた。それなりに大学も出て会社も決まった時は親は喜んでいたがふたを開けたらブラック企業、残業、休日出勤は当たり前で深夜に家に帰っては何も食べずにベットで数時間寝ては、また出社を繰り返して限界だった。辞める時も「ここで辞めたら次どこ行っても続かないぞ」なんて言われてもうそんな事どうでもいいと思えたし、やっと会社から解放されると思ったのは束の間、転職も上手くいかずにそのまま、心を病んで病院に行き働くと言うより休む事を提案されて作業所にお世話になる事になった。


「それらな家に帰ってきたら?」


「それもありかな」


実家は農業をしているので実家に帰ってそれを手伝うのもいいかもしれない。


「そうよ、無理しないでいつでも帰って来なさい」


「分かった、考えとく」


そう言い電話を切った。




翌日、後藤先生に親の事を話した。


「実は昨日実家に帰って来ないかって言われまして」


「そうなんだ、実家は何かやられているの?」


「農業をしています」


「じゃあ、それを手伝いながらって感じかな?」


「はい」


「じゃあ、親御様と電話でお話できるかな?」


「分かりました」


そうして先生に親の電話番号を教えて、その日は一日パソコンで小説を書いた。




「田辺さん、今大丈夫?」


「はい」


カーテンを開けると後藤先生がいた。


「昨日、親御様と話しをしたよ」


「そうですか」


「うん、それでね此処にいるより田辺君にとっては実家に帰って療養をしたほうがいいかもしれないって話になったんだ。それで田辺君の意見も聞きたいんだ」


意見、今まで自分の意見が通ることはなかった。それを二十三年間生きてきて初めて、求められた。


「僕の意見ですか?」


「うん」


「僕が決めていいんですか?」


「勿論、だって一番いいのは。田辺君が元気になることだから」


そう言われて俺は、どうしたらいいのか分からなかったが、いつだって安心する場所は決まっていた。


「実家に帰りたいです」


「そっか、それじゃあ明日にでも此処を出る?」


「明日ですか?」


「うん、準備ができればいつでもいいから」


「分かりました」


「じゃあ、退院する時は親御様に迎えに来てもらう?」


「いや、一人で帰ります」


「分かった、そう伝えとくね」


「はい」


そうして、退院の準備を始めた。準備がと言えど荷物をバックに積めるだけなのだがそれにしても一度、家に帰って家の退去の連絡などもしないといけないので、そのまま実家に帰ることはできないので先ずは役所に電話をしてそれから作業所にも電話をした。


事情を話すと役所には家に書類を送るので、それを記入して送ればそれで良いと言われた。


作業所には少し長く話をした。




それから、家に帰った。


久しぶりの実家はなんだか懐かしく、やはりどんなに離れていても帰る場所はいつも温かい。


実家は千葉の田舎だった。


この畑ばかりの場所で俺は育った。




「久しぶりね、慎太郎」


「うん、父さんは?」


「んー、今は畑にいると思うよ」


「そっか」


母さんには帰ってくればと言われたが、父さんはどう思っているのだろうか?


実は父さんは口数は少なく、怒ったり悲しんだりそんな姿は見たことがなかった。


いつも静かにご飯を食べて、新聞を見て寝るそんな生活だった。だから父さんとは殆ど会話をした記憶がない、でも家を出る時一言「病気すんなよ」そんな一言だけ、だった。


「俺も手伝いに行こうかな」


そう言いリビングから出ようと立ち上がった時母さんに止められた。


「駄目よ、あんた休みに帰って来たんだろ?」


「でも、何もしないのもなんかやだ」


「それなら、書きなさい」


「え?」


「小説、書き始めたんだろ?」


「何で知ってんだよ」


「そりゃ、あんた昔から小説好きで書いていただろ?」


確かに昔から小説は書いてはいたが、それは親には言ってなかった。


「まあ、書いているけど」


「それなら気が済むまで書き続けな」


「でもさ、手伝うって言って帰って来たのに」


「自分の好きなことやるのが人生だろ?少しは好きなように時間を使いな」


「分かった」


それから、俺は自分の二階の部屋に行った。


「何も変わってないな~」


そう独り言を言っても、一つだけ変わっていた所があった。それはきちんと掃除がされていた所だった。物の配置も置いてあった物も何も変わってないただ埃一つなかった。


「慎太郎―」


「なに?」


「荷物届いたから、持って行って」


「はーい」


荷物を自分の部屋に持って来た。段ボールに沢山詰めた大切な物。


中を確認すると、学生の時に集めた宝物や就職して心の拠り所にしていた小説、漫画など沢山の物が溢れていた。


「懐かしいな」


ここで一気に過去の記憶が思い出す。


思い出しても良い思い出がない。こう言う時は大体悪い思い出しかない、友達だと思っていた人がそんなことなくて、中学ではある時から態度が変わったり。高校では部活に入り、これまで仲良く部活動をしてきたが、自分は勉強もスポーツも出来なくて皆の輪に入るにはおちゃらけて、馬鹿なふりをして笑ってもらってそれで楽しんでもらえば自分も学校や部活の中に入れている気がして、でも気づけば僕の周りには誰もいなくて真っ暗な暗闇が広がっていた。そんな変化に気づいてくれた人はいなかった、そこで始めて気付いた、僕は笑ってもらっていたのではなく笑われていたのだと。


その違いは途轍もない違いで、その変化に気づいてくれるかそうではないかの違いも十代の終わりを迎えるその時期ではその後の人生の影響が変わってくる。俺は友達や先生、家族誰でも良かった、暗闇に手を差し出してくれるのなら。人から見れば心の病になっているとはいえいじめなど様々な要因があり自分は比較的、軽傷なのかもしれないがそれでも心の病になるのなら辛いと思えてしまったら皆平等に誰かの手が必要なのかもしれない。




「慎太郎~、ご飯できたよ」


「は~い」


荷物を片付けを始めて少し時間が経った、過去の自分と対話をしながら思い出にふけっていると外を見ると真っ暗になっていた。


下に向かうと、テーブルには食材は並べられてなかった。


母さんはいつもそうだった、まだ準備している中途なのに呼びつけるのだ。これはどの家庭もそうなのだろうか?


「まだできてないじゃん」


「慎太郎は直ぐに来ないから、できた時に呼んだらご飯冷めちゃうでしょ?」


「そうなんだ」


一人暮らしだと気づけなかったことだった。


リビングには父の姿もあった。


「久しぶり、父さん」


「ああ」


父さんは新聞を読んでいた。


それ以外の会話はしない。


今更何を話せばいいのか分からない。




それから、家族の会話をした。


殆ど母さんと俺だけの会話だったが母さんは、俺が実家を出てどんな生活をしていたのかなどそんな他愛もない会話だった。


父さんは早めに寝ると言うことだったので、先に寝室に行った。


「ねえ、慎太郎?」


「なに?」


「あんた、これからどうするの?」


「そうだな、暫く家の手伝いしながら小説書くかな」


「それだけ?」


「うん」


「なにか他にやりたいことないの?」


「やりたいことか」


ふと、少女のノートのことを思い出した。


「そうだな、旅行に行きたい」


「旅行?」


「うん、折角時間できたしそれに貯金もあるし」


「良いんじゃない」


案外さっぱりとしていたので、暫く家に居ろって言われるかと思ったけどこれは早めに行動しても良いのかもしれない。


「それじゃあ、俺も寝るわ」


「はい、おやすみ」


「うん、おやすみなさい」




それから、ベットに横になる。


やはり実家のベットは居心地がいい、病院のベットとは違った寝やすさだった。




翌日、朝早く起きてリビングに向かうと既に母さんがいた。


「おはよう」


「おはよう」


「父さんは?」


「もう畑に行ったよ」


「じゃあ行ってくる」


「分かった」


農家の朝早いのは知っていた、俺が小さい頃からやっているからいくら朝早く起きても父さんの姿は見たことがなかった。




父さんを探しに家の近くの畑に向かうと、すでに父さんは作業をしていた。


「父さん、おはよう」


「おお、なんかようか?」


「いや、なにか手伝おうかと思って」


「そうかやり方、覚えているか?それから土は強く…」


「うん、あまり強く触り過ぎないようにでしょ?」


「そうだ」


それから隣で作業を手伝った。


意外と作業は体が覚えていた。小さい頃はよく朝早く起きて手伝ったものだ、まあ中学になると殆ど会話の無かった父との会話はなく半年話さなかったくらいだ。でもやり方は覚えていた。


「もう家出るのか?」


「え?」


「旅行に行くんだろう?」


「ああ、それね。旅行って言うか暫く色んな場所に行くから旅になるかも」


「そうか」


「うん」


それで父との会話は終わった。


でも、久しぶりの畑仕事は腰にきた。昼間はお昼ご飯を食べて、ゆっくりすることにした。




「久しぶりに土触った感想はどう?」


「なんか疲れた」


「そう、お父さんは毎日それやっているからね」


「ずっとそうだったんだね」


「そうよ、若い頃はデートよりも土いじりばっかりで本当嫌になるくらいにね」


母さんは昔話で、父さんをいじめる時は畑仕事のことを土いじりと言う。


「仕事優先って話だろ?」


「そうよー、もう映画みたいとか東京に行きたいって言っても、一人で行って来いって」


正直何度も聞いた話だけど、これも最後だと思うと自然と耳に入る。


「それで、一人で東京に行って迷子になった時に父さんが東京で助けてくれたって落ちだろ?」


「よく知ってるじゃない」


「何回も聞いたからね」


「あの時の来ないって言うから、一人で行ったのに迷子になってさ当時なんてスマホなんてなかったから家に帰れないって焦っていたら「何やっているんだ」って話しかけられてさ、あの時のお父さんはキムタクよりイケメンだったわ」


この話は何度も聞いているけど、やっぱり母さんも父さんも愛しているんだなって思う。


「キムタクよりイケメンは言いすぎだろ」


「いやいや、本当だよ」


「そうですか」


「まあそんな昔話はいいのよ」


「話始めたのは母さんだろ」


「だからいいの、で何処に旅行に行くのよ」


「どうしようかなって思って、ただ一つの県に行くんじゃなくて色んな所を周りたいから旅に出ようかと思って」


「そう、写真送ってね」


「うん」


「いつ行くの?」


「明日にでも行こうかと」


「明日からー」


「なんかあるの?」


「いや、あんた前にそう言って高校の時、部活引退して一週間帰って来なかったら心配で」


「そう?」


「そうよー、もういいけどさ。あんたももう十分大人だし」


「そうだよ、もう二十三だよ」


「そうね」


「最初どこ行こうかな?」


「北海道とかどう?」


「なんで?」


「新婚旅行で行った場所だから」


「また惚気かよ」


「いいじゃない、普段話せる相手いないんだから」


「分かったよ」




それから、夜まで母さんの惚気話に付き合って、夜ご飯を食べて部屋に戻り何処に行けばあの少女満足してくれるかなと思い、スマホを見てみるとやはり北海道や沖縄はピックアップされていた。海外に行くのもいいがいきなり海外は違うかなと思い結局北海道に行くことにした。そして眠りについた。




夢を見た。


その夢は少女がお花に囲まれて大人二人とピクニックをしていた。


意識が薄っすらしながらも少女が幸せそうに笑う姿が見られて良かった。




翌日、目が覚めたら涙が流れていた。


「やっぱりあの世に行っても幸せを感じられるならいいものかもしれない」


一人しかいないので返しはこないが、それでも口に出せばなにか自分も死んだあと幸せになれると思ったが多分俺が死ぬ時は地獄だろう。


下に行きリビングに向かうと、昨日と一緒で母さんは起きていた。


「おはよう」


「おはよう、何時に行くの?」


「十時の便」


「飛行機で行くの?」


「うん、北海道にした」


「そう、準備したの?」


「まだ」


「なら早く朝ごはん食べて準備しな」


「分かった」


言われた通りに早めにご飯を食べて、自分の部屋に向かい準備を始めた。


でかめのスーツケースに洋服を詰めた、洋服以外は入れてないので一週間分の洋服を詰められた。あとはリュックに必要最低限の荷物を入れて、出かける準備をしてそれらを持ち、玄関に向かった。


「もう行くの?」


リビングから顔を出した母さんが弁当箱を持って来た。


「これ、持ってきな」


「いいよ、荷物になるし」


「いいから、あんたに弁当箱渡すの、最後になるかもしれないんだから」


「それ受験の時も言っていたね」


「いつ帰って来るか分からないんでしょ?」


「まあ、あっちでいい場所見つけたらそこに住むかもしれないし」


「そう、なら尚更持ってきな」


「分かった、父さんは何か言っていた?」


最後の別れになるかもしれないから、聞いときたかった。


「朝ご飯を食べながら一言だけね」


「なんて?」


「畑仕事覚えてたんだななって」


「そう」


「嬉しそうだったわよ」


「そっか」


「うん、笑顔見たのは久しぶりだった」


「分かった」


「じゃあ、気をつけてね」


「うん、じゃあね」


「はい」


そうして、俺は実家を出た。




家から成田空港まで行き、航空券を発券して時間通り飛行機に乗り込む。


一番安いチケットなので、席の間が狭いのでここではパソコンを開けないのでパソコンは諦めて、頭の中でどんな文字を書くか考えた。それでも中々言葉が浮かばないので諦めて映画を見ることにした。事前にダウンロードしていたので機内では中々快適だった。


飛行機に乗るのは今回が初めてではないので、飛行機の離陸や着陸の時の浮遊感が怖かったがそれはいつ来るか分からないので映画を見ながらドキドキしていた。


それは急に来たが、それに備えてアクション映画を見ていたのでそれも映画の一部だと思えば浮遊感も大丈夫だった。


以前4DXと言う映画を見たことでこれは使えるかもしれないと思ったのだ、それが当たった。それを乗り切り飛行機は新千歳空港に降りた。




千歳から札幌に向かい、ホテルで荷物を預けて外に出る。


季節は冬だ、外は寒いだけではなく雪が凄かった。千歳では雪は降ってはなかったが段々札幌に近づくにつれ雪景色に変わった。


札幌の雪は東京とは違って硬かった。以前聞いたことがある、札幌の雪は東京と違って当たっても濡れることはないと、だから札幌の人は雪が降っていても構わずに傘はさしていなかった。その風景には驚いたが自分も傘をささないほうが少しでも此処に馴染める気がして俺は傘はささないようにした。


札幌に着いたのは昼過ぎだったので近くのラーメン屋に入り、味噌ラーメンを食べた。


これは絶品だった。


素直にごちそうさまでしたと伝えて店を出る。それからは父さんとお母さんの新婚旅行について聞いていた場所を回った。札幌に近いすすきのに行ったが大人の街だと直ぐに分かり夜には近づくかないようにした。多分あの少女も大人の街についてなんと説明すればいいのか分からなかったのと話すのはセンシティブに関わりそうなのでやめた。決して自分が欲に負けそうとかそんな邪な気持ちはない。


そこから父さんとお母さんの新婚旅行はこんな場所だったのかと思うと、嫌な予感がした。


親のそう言うことを考えるのは嫌気がさすので、やめた。


札幌を観光しても意外と行く所がない、なので時計台で椅子を拭いて座った。


一昔前には此処で色んな人が、パフォーマンスをしていたのかと時代を感じた。此処から羽ばたいて活躍している人がいるのも事実。父さんとお母さんも此処でパフォーマンスを見ていたと聞いたので今もやっているのかと期待したが今はあまりいないようだった。寂しかったが今はでは家でも何処でもスマホがあれば自分のパフォーマンスを披露できるのでそれは当然だった。此処でも時代を感じた。


それから散歩をしてホテルに戻った。流石に寒かったのでホテルで晩酌するのも悪くないと思ったのでビールを買い込んでホテルに戻り、煙草を吸った。


いつもと違う場所で更に心の余裕ができたので、煙草も美味かった。


一人は寂しい、旅とは言え誰かと一緒なら気晴らしも出来たろうに、それが少し寂しさを感じさせる。そんなことを考えていると携帯から着信音が鳴った。相手は高校の親友の佐伯智春だった。


『おう』


『久しぶりだな智春』


『今いいか?』


『大丈夫だけどなにかあったか?』


『今度東京でサイン会あるから来ないか?』


『なんだ、今では売れっ子ってわけか』


『そんなとげとげすんなよ、まあ実際そうだけど』


『お前は変わってないな』


『今何処にいるんだ?』


『札幌』


『なにしてんの?』


『旅行だよ』


『旅行?ああ、確かにお前はそう言うの趣味だったもんな』


『お前も作品に落とし込みたいって着いてきただろ』


『ってことはお前、もしかしてまた書き始めたのか?』


『ああ、少し誘発されてな』


『誰に?』


『なんだそれ』


『まあ、そんな所だ』


『それでさ、今度サイン会の日に同窓会やるって聞いたんだけどくる?』


その言葉は今の俺にはダメージが大きかったが、今の俺が行っても何をやってるか聞かれても小説家なんて言えないし社会人として立派に働いている人からすれば、実際何もやってないに等しいので何も言えないのが苦しそうだったので断ることにした。


『いや、俺はいいや』


『そうだよな』


智春は少し残念そうにしていたが、こっちの事情は知ってるのでこれ以上は誘うってこなかった。


『まあ、でもサイン会は顔出してくれよ』


『それはいいけどさ、なんでわざわざ電話してきたんだよ』


『まあ、生存確認ってやつだよ』


『は?』


『お前はいつ死んじまうかも分からないし、声が聞けるうちに聞きたかったんだ』


『なんだよそれ』


『まあ、お前が執筆再開したって聞けたから万々歳だよ』


『大袈裟だよ』


『まあ、いいけどよ。慎太郎の最初のファンは俺って忘れんなよ』


『そう言えば、学生の時から書いてるの知ってるは智春だけだったな』


『まあ、ネットで掲載されてた新人を見つけるのも趣味の一環だったし。その中でお前の名前見つけた時は覚えてるし、それを読んだ時の感動は忘れられないからな』


確か、最初に感想をくれたのも智春だったしその後一冊だけだけど書籍化された時に、俺が目立ちたくないのと学校に行かなかったのもあって放課後、誰もいない教室でこっそり本を持ってサインを求められた時は驚いたものだ。


『今でも、あのサイン付きの小説は本棚の一番大切な場所にあるし隣も空けてある』


『空けてる?』


『ああ、その再開された小説を置くために空けてるんだよ』


『そんな、まだ書籍化とかそんな大それたもんじゃないって』


『いや、俺はもう確信してる』


『何を?』


『同い年で活躍してる俺と慎太郎の姿が』


『気が早いってレベルじゃねえよ、もう切るぞ』


『ああ、じゃああとでサイン会の日程と場所に送っておくから確認よろしく』


『はいよ』


そう言って電話を切った。


直ぐに場所と日時が送られてきた。


日時は明日の昼だったが、遅れて智春から時間が空くのが夕方過ぎだという事で、その時間に行くことにした。


行くかどうするかは少し迷ったが直ぐに行くべきと判断した。久しぶりに智春に会いたかった、智春とは会うのは久しぶりだった。コロナの時はよくリモートで飲み会をしたがそれ以降は智春は智春でその期間に小説で売れて仕事が忙しそうで自分から進んで声をかけるのがはばかれたのとコロナが明けても積極的に色んな人と飲み会をしていたがその中には高校の同級生がいたりした、もし俺が誘ったら高校の同級生を連れてくるかもしれない、まあそんなことはしないと分かっているが俺はそれを避けた。実際には智春がインスタに上げて見せる顔は同級生にとても好意を見せていた、自分は同級生にそんな顔はできないし、嫌な記憶が蘇ってきそうで怖いのが本心だった。


そんな嫌な予想が出てきて、買った酒も不味くなってきた。こんな時は日本酒でも飲んで記憶をなくしたいが、日本酒は売ってなかったので飲むとしたら何処か店を探さないといけないので、俺は服を多く着てホテルを出た。


夜に営業している居酒屋を探すにはすすきの辺りだと思い、すすきのへ向かった。


色々探すが違う意味で夜の店が並んでいて、今はそんな気分じゃないのでそれを無視したがキャッチがこちらに話しかけてくる、そんな連続で飽き飽きしてきたので少し大通りから逸れて細道に入ると一つ灯りが付いた小さめなお店があった。


そこに吸い寄せられるように俺は店の扉を開けた。


「いらっしゃいませ、こちらの席にどうぞ」


「はい」


通されたのでカウンター席だった。周りを見るとあまり客はいなくて、年老いた老人や若そうな客が二三人いてそれ以外は客はいなかった。


「いらっしゃいませ、お兄さん何飲む?」


店主らいしい五十代くらいの強面のおじさんっていう感じの男の人に話しかけられた。


「日本酒ありますか?」


「ありますよ」


「なにがありますか?」


「オススメは上川大雪かな」


「じゃあそれで」


「はい」


「こちらメニューとお茶です」


「ありがとうございます」


渡しに来たのは店主と同い年位の女性で、それ以外の従業員はいないので恐らく夫婦でお店を切り盛りしているのかもしれない。


「お茶は熱いので気をつけてね」


「ありがとうございます」


メニューを見ると、知らない料理だったりがあるが見たことある居酒屋っていう感じのメニューもあった。


「何にする?」


「え?」


「これ日本酒ね」


「ありがとうございます」


「ここには北海道でしか味わえない、刺身とかあるからそこら辺にする?」


女性は結構フランクに話しかけてくる。それは不思議と嫌な気持ちはなかった。


「じゃあ、その刺身とあとはどうしようかな」


「お客さん北海道は初めてだろ?」


「どうして分かったんですか?」


「見慣れない顔だしね、だったら此処でしか食えない物を食べてきな」


「分かりました」


それで女性は店主にメニューを伝えに行った。


お任せにしたのでなにが来るか、ワクワクしてきた。その想像をつまみに日本酒を飲む。


「美味しい」


「でしょ?北海道に来て飲んでないなら上川大雪は飲んどかないと」


「そうですね、これは美味しいです」


上川大雪はバランスのいい甘味と酸味があり後味も良かった。


「はい、先ずはお刺身盛り合わせとジンギスカンの鉄板焼きね」


次々に料理が運ばれて来る、まあ金には困ってないからそれはいいが。このペースで料理が来ると食べきれるか心配だった。


「お父さん、私も飲んでいいかい?」


「だめに決まってるだろ、営業中だぞ」


「えー、いいじゃん」


夫婦が言い合いをしているが奥さんは営業中に酒を飲むのは大丈夫なのだろうか?


「じゃあ、私はお茶でもすすります」


そうして隣に座った奥さんは俺のおちょこに向かって熱いお茶が入った、湯呑に乾杯と当てた。


「ゆっくりしてていいんですか?」


「いいのよ、この店は客は殆どこないし。お客さんも偶々見つけたんだろ?」


「和枝さんは時間があれば酒飲んでるからな」


奥の席にいた客のおじさんが一言いった。


「いいじゃない、顔見知りじゃないお客さんなんて珍しいんだから」


「まあ、こもれびはそう言う店だからな」


こもれびと言うのはこの店の名前だろう、看板にそう書かれていたような気がした。


「それで、お客さんの名前は?」


「田辺慎太郎です」


「慎太郎ね、私は樽見 和枝で店主は私の旦那の樽見 剛志だよ。私のことは和枝って呼んでもらっていいから」


「分かりました」


居酒屋でこんなに親身に話しかけてくるお店は初めてだった。


「それでなんでそんな顔してんだい?」


「え?」


「お客さんが少ないとは言え、人のことはよく見るから大体分かるんだよ。慎太郎さなんか死にそうな顔してるからさ」


「そんな顔してましたか?」


「うん、まあ此処に新規で来る人は珍しいしそんな寂しそうな顔してたら大体分かるよ」


「そうですか」


「慎太郎どこから来たんだい?」


「千葉です」


「旅行?」


「いえ、まあ旅行と言えばそうかもしれませんが。自分は旅をしようと思っていて」


「どうして?」


「前に病院で自分の代わりに色んな所に連れていってほしいって言われて」


「連れてく?」


「はい、このノートを渡されてそのまま亡くなってしまったんですけど。このノートを持って色んな所に行けば連れて行けてる気がして」


「それは大変な遺言だね」


「まあ、その子のお陰で気づけたこともありますから」


「そっか、慎太郎はいくつ?」


「二十三です」


「若いねー、その年で旅とは意外だね。仕事は何やってるの?」


「お恥ずかしい話ですが、無職です」


「和枝、聞きすぎだ、慎太郎君も嫌ならいいな」


剛志さんが言ってくれたが今の俺には何も苦ではなかった。


話の間にジンギスカンの鉄板焼きを食べたが、絶版だった。火加減もちょうど良くてお刺身盛り合わせも期待して食べたが、それも美味しかった。


「良い食べっぷりだね」


「美味しいので」


「そう、良かったね剛志」


剛志さんは何も言わずに、作業をしていた。


「うにの刺身と厚焼き玉子です」


「ありがとうございます」


空いた皿は和枝さんが手際よく下げてくれた。


そうしてこの二品を食べ始めた。


「若いんだからいっぱい食べないとね」


「はい」


日本酒と合う料理ばかりなのでどんどんと、酒が進む。


そうしてさっきまで生ビールを三缶飲んで、こもれびに来たので休みなく酒を飲んでいるので大分酔ってきた。


「はー」


「ため息なんてついて、幸運が逃げるよ」


「ため息が似合う、ちっぽけな人生だったのでつい」


「悩み事が大きいんだね」


「はい、高校で自分にはいじめとかはなかったんですけど人間関係を上手く行かなくて。東京で就職して会社ではブラック企業だったし、でもそこも四年くらいやめられなくて結局入院することでやめられたんですけど」


「それは災難だったね」


「はい」


「高校では何かあったのかい?」


「二階からバック投げられそうになったり、トイレに置いてあったトイレトペーパで顔をぐるぐる巻きにされたり、掃除ボックスに入れられて外から蹴られたり。一番きつかったのは、三年生の時の部活で自分は人より先に寝るんですけど、目はつむって意識はある状態でそれを知らない奴が俺の上に簡易机を置いてその上に多分お菓子とか置いて葬式ごっこ遊びをされたことですかね」


「いじめだね」


「そうですかね?」


「うん、私からみたら十分いじめに見える」


「外から見たらそう見えるんですね」


「慎太郎は違うのかい?」


「僕は勉強もスポーツ出来なくて皆の輪に入るには、流れに乗って耐えることしか出来なかったので」


「きつかったんだね」


「はい、僕は遅れて来るタイプなので卒業してからきつかったのに気づいて、入院することになったんです」


「そっかー、深刻だね。じゃあこの旅は慎太郎の傷を癒す旅でもあるのかもね」


「癒すですか?」


「うん」


「でも、これから生きていても良いことなんてあるんでしょうか?」


「あるよ」


「例えば?」


「うちの料理食べれることだよ」


「え?」


「旦那も人に言えない過去を持ってるけどそれでも、少しでも人に喜ばれる仕事したいって言い出してこの店出したんだ」


「和枝、余計なこと言わんでいい」


「恥ずかしがっちゃって」


この二人を見ているとなんだか、心が安らぐ気がした。


「だから生きてて悪いことばかりなんてことないんだよ」


「仕事してなくてもですか?」


「仕事なんてやりたい奴いないよ、ただ生きていく為にやるもんだ。たまに仕事が好きなんて変わった奴もいるけどさ、でも好き=仕事なんて奴はいないさ」


「たまにいますけど」


「そう言うのは、仕事ができて来た時に好きって感じるもんさ。ただ仕事を始める時はただ楽しいんじゃんくて、いかに自分を成長させられるかだよ」


「成長ですか?」


「そうだよ。ゲームと一緒でレベルアップってやつさ」


「ゲーム」


「私はあまり詳しくないけどさ、人生を一つのゲームだと思って自分はそのゲームの主人公でレベルに上限はなくて成長し続ける主人公ってやつさ。男の子は皆好きだろ?そう言う設定」


「そうですね」


不思議と笑顔が出てしまう、和枝さんと言う人はそう言い魅力があるのだろう。


「やっと笑ったね」


「え?」


「そんな絶望した顔で飲む酒は美味くないよ。酒は誰かと話しながら笑顔で飲むもんだ」


「誰かと」


「うん、慎太郎もそう言う人はいないのかい?」


誰かと飲む。そんな考えはなかったが思いつく顔はいなかった。一瞬、智春の顔がちらついたが今一緒に酒を飲む気分じゃなかったし、あいつも売れて忙しいだろうから辛いときに飲むんじゃなくて落ち着いて俺も仕事をしてゆっくりした時にいつか酒を飲みたいと思った。


「そうですね、今の所誰も思いつきません」


「若いし顔も悪くないんだから、女の一人もいないのかい?」


「あいにく恋人ができたこともないので」


「じゃあすすきので作っていきな」


「そう言う相手もいりません」


「そう言いなさんな、一度くらい女と寝るのもいいものだよ」


日本酒を思わず吹いてしまった。


「何言ってるんですか」


「和枝、その湯呑中見緑茶ハイじゃないだろうな」


「剛志、冴えてるね」


「お前は、全くあれだけ営業中は飲むなと言ってるだろうが」


「いいじゃん、たまにはこんな青年の傷を癒しながら酒を飲もの良いだろう」


「はー、どうにかしないとな。悪いね慎太郎君」


「いえ、たまには人と飲むのも悪くないって思えました」


「嫌なら正直に言ってね」


「はい」


「お父さんなにか食べさせて」


そう言って店の中に入って来たのは、童顔で可愛らしくストレートな黒髪ロングで雪のような白い肌と、どこか影のある瞳が印象的な女の子だった。


「あら、はな。漫画終わったの?」


「うん、いい所で切り上げた」


「そう、ならなにか作ってもらいな」


「うん、お母さんまた飲んでるでしょ?」


「いいじゃない、そうだ、この人慎太郎君って言ってね。紹介したいと思っていた所なんだよ」


「慎太郎君?」


「あの、僕です」


「お母さんまたお客さん困らせて、すいません」


「いえ」


「はなも隣にきな」


「うん」


和枝さんが人席開けて、和枝さんとはなさんと俺と言う席順になった。


「私も飲もうかな?」


「はなはカルーアにしなさい」


「うん」


そうしてこの居酒屋には置いてあると目立つ甘い酒を、剛志さんが下に目線を落としてカウンターのしたからカルーアミルクを取り出し。カップにカルーアを淹れてはなさんに渡した。


「ありがとう」


「はなはお腹空いてるか?」


「うん」


「じゃあハンバーグ作るから待ってろ」


「ありがとう」


そうしてはなさんは、持っていたカバンからタブレット端末を取り出し何か、書いている。


忙しそうなので話しかけないが、和枝さんがダルがらみをしていた。




「すいません、お母さん酔うとダルがらみするんです」


「いえ、楽しく酒が飲めたのは久しぶりですし」


「そうおっしゃっていただくとありがたいです」


和枝さんは剛志さんと話をしていた。


「少しお話してもいいですか?」


はなさんはカルーアミルクが入った、グラスを持ち。飲みながら言う。


「いいですよ」


「お客さんは、何処から来たんですか?」


「千葉です」


「どうしてここに?」


「このお店はたまたま見つけたんですけど、北海道には旅行で」


「そうなんですね、どうですか?北海道は?」


「いい場所ですよ、ここは暖かくてでも外は寒いですけどね」


「ふふ、そうですね」


はなさんは笑顔で答える。くだらないことだが楽しく思えた。


「はなさんは漫画家ですか?」


「いや、漫画家と言えるほどじゃないです」


「そうなんですか?」


「はい、これでお金もらってるわけではないですし」


「でも、漫画描いてるんですよね?」


「はい、ネットに漫画を投稿したりイラスト描いたりしてます」


「お金稼いでなくとも、誰かが好きだって思ってもらえば充分に仕事になりますよ。確かにお金が絡むかどうかも必要ですけど」


そう言うとはなさんは目を見開いて驚きを、見せた。俺はそのまま日本酒を飲みながら黙って酔いに身を任せる。


「それでいいのでしょうか?」


「どう言うことですか?」


「仕事だって言えなくて恥ずかしいと思っていたんですけど。なんか吹っ切れました」


「そう思っていただけたら幸いです」


「慎太郎さんでしたっけ?歳はいくつですか?」


「二十三です」


「私も同い年です。奇遇ですね」


はなさんは笑いながら、カルーアミルクを飲む。とても上品で綺麗だった。


「慎太郎さんはお仕事は何をされてるんですか?」


「僕はお恥ずかしい話ですが無職です」


「そうなんですね、でも北海道までどうやって?」


この質問には旅費について聞かれたと思ったので、正直に答えた。


「数年前まで会社で働いていて、まあブラック企業で体を壊して辞めてしまったのですが。その時溜めた貯金と小説で稼いだ金がまだあったので」


「え?慎太郎さんは小説家の先生だったんですね」


「先生なんてそんな大層なものじゃないですよ。高校生の時にたまたま一冊だけ運良く売れただけですよ」


「それでも凄いです」


素直に褒められると、恥ずかしいし当時自分が書いたって智春以外にばれてないので。こんなに褒められたこともなかったので嬉しかった。


「今も書かれているんですか?」


「はい、高校生の時ぶりに書きたいと思うきっかけがありまして」


「そうなんですね、一方私は稼いぐと言っても小銭程度なので私はより才能があるんですね」


少し自分を卑下し過ぎではないかと思ったら、はなさんの顔は真っ赤だった。


「酔ってますね」


「まだ大丈夫ですよ」


「これ以上はだめですよ」


「はーい、おやすみなさい」


そう言うとはなさんはカウンターで突っ伏して寝てしまった。


「はな、そこで寝るな」


剛志さんが優しく言うがもうはなさんは寝てしまって動かない。


「あらら、はなは酒が弱いからね。私が連れてくよ」


そう言うと和枝さんが慣れた手付きで、はなさんを連れていく。


こう言う時に直ぐに手伝うことができれば、できる男なのだろうが俺にそんな勇気はない。


「慎太郎君、はなの相手をしてくれてありがとう」


「いえ、同じくらいの年代の女性と話すことは殆どなかったので新鮮で楽しかったです」


「そう言ってもらうとありがたいよ」


剛志さんは、目の前に置いたハンバーグを下げたがどうするか悩んでいた。


「そのハンバーグもらってもいいですか?」


「いいよ、ほれ」


「ありがとうございます」


これを食べたら、帰ろうと思い。ハンバーグを食べて丁度和枝さんが帰ってきたのでお会計を頼んだ。


「もう行くのかい?」


「はい、明日には東京に帰らないといけないのでこのへんで」


「そう、また北海道に来るときは寄って行ってね」


「はい」


お会計を澄まして、外に出た。


外は寒くて、雪が相変わらず降っていた。


この雪は綺麗だった、これも見納めかと思うとなんだか寂しく感じた。一日だけなのにおかしいなと思うながら気づいたら笑顔になっていた。はたから見るとにやにやしていて気持ち悪いかもしれないが、時間が遅いこともあり周りには誰もいない。


こんなに楽しく酒が飲めて笑顔になったのは初めてかもしれない。




翌日、朝早く起きて少し珈琲なんかを飲んでゆっくりしながらチェックアウトまでの時間を過ごした。


そしてチェックアウトを済ませてそのまま空港に向かい、飛行機に乗る。


東京まで大体一時間あるかないかくらいなので、ダウンロードした映画を見ながら時間を潰した。


そして東京に戻ると時間は昼前だった。


戻って直ぐに向かうこともできたがそうではなくて、滅多に来ない東京を観光も良いかなと思いとりあえず指定されたサイン会の場所は渋谷だったので、原宿に来てみたが此処は十代が集まる場所だし俺からしたら人が多く面白いものはなかった。まあ、実際小さい頃に思っていたのは、この年代になれば自然と大人になれていると思ったりしたが二十歳になっても何も変わらない、変わった事と言えば酒と煙草が合法になったことだけだった。


でも小さい子からしたら充分俺はおじさんなのかもしれない。まあこの場所に疎外感を持っている時点でもうおじさんなのかもしれない。


そんなことを思いながら渋谷に向かい、サイン会の場所に向かうと行列ができていた。


「すいません、もうサイン会は終わりです」


最後尾で列の整理をしている人の言われてしまい、どうしようかと思っていると奥からもう一人男の人が来た。


「もしかして先生のお知り合いの田辺さんですか?」


「はい」


「控室があるのでそちらにどうぞ」


そう言われて着いて行くと、如何にも控室と言う場所に通さなれてパイプ椅子に座り終わるまで待つことにした。


その際、持っていたパソコンで執筆を始めて自分の世界に入る。




「慎太郎」


「ん?」


声の方を見ると智春が立っていた。


「おお、終わったのか」


「まあな、一服付き合えよ」


「了解」


控室から喫煙所に向かい、そこで煙草を吸う。


「なんか安心したわ」


そう言ったのは智春だった。


「何が?」


「執筆している時は自分の世界って感じで、変わってなくて」


「実際そんなものだろ」


「まあな」


「なんで誘ってくれたんだ?」


「実はな俺、高校の卒業生として演説頼まれたんだ」


「いいじゃん、やれば」


「それにお前も出ないか?」


「え?なんで?」


「だってお前高校の時色々あったじゃん」


「まあ」


「それを話せば今悩んでいる人も助けになるんじゃないかと思って」


少し迷った、確かに俺はいじめらしきものに出会った経験がある。


それを話せば、救われる人もいるかもしれない。でもそれには学校に行かないといけないのだ、あそこにはつらい経験あるだから行きたくはない。


「まあ無理にとは言えないけど」


「そうだな」


「まあ、時間はあるからゆっくり考えてくれ」


「今の俺は無職同然だし、それに勢い余って余計なことまで話してしまうかもしれないし」


「まあ、まだ勤務している教員いるだろうしな」


「そうだな、だから…」


「それならさ、もういっそのこと全部本人と現生徒の前で話すのも復讐にはなるんじゃないの?」


「それもありだな」


お互いに煙草を吹かしながら、笑い合う。


「まあ時間はあるから、考えておいて」


「了解」




「先生、休憩終わりです」


「はーい、今行きます」


それから、智春は行ってしまった。


これからどうしよう、何も予定はない。


次は何処に行こうか、そんなことを考えていたら突然声を掛けれた。


「あの?」


「はい?」


話しかけに来たのは、先程俺を控室まで通してくれた人だった。


「もしかして、田辺慎太郎さんですか?」


「そうですけど」


「以前小説を書いてませんでしたか?」


「まあ、そうですけど」


「そうですか?」


「あの?それが何か?」


「以前私の会社で光の欠片と言う小説を出されましたよね?」


「はい」


なんでこんなにも詳しいのか気になったので、興味本位で話を聞くことにした。


「以前光の欠片の担当者が私の先輩だったんですけど、その時から田辺さんのファンだったんです」


「ありがとうございます」


こうやって編集の仕事をしている人に素直に褒められると、嬉しいものだ。


「それで、今は何をやっているんですか?」


「お恥ずかしい話なんですけど、無職で」


「そうだったんですね、執筆は?」


「今書いてはいますけど」


「それを是非送ってくれませんか?」


「え?」


「光の欠片を書かれている田辺さんなら、いいものを書かれると自信をもっています。それに智春さんからも良くお話は聞いておりますので是非お願いします」


正直、迷った。現状自分の書いているものは万人受けするのもではないし。それ以外にも自分自身が納得できるものではない。だからどうするかこの数秒でとても悩んだ。


「分かりました、送ります」


「本当ですか?」


「はい、正直今の自分が書いているものが読者に受け入れられるか不安ですけど」


「そこは、企画書が通れば私が担当になるので私が努力します」


なんでそこまで無職の自分に期待してくれるのか疑問だったので正直に聞いてみた。


「あの?」


「はい?」


「なんでそこまでしてくれるんですか?」


「光の欠片が一番好きな小説なので」


「それだけですか?」


「はい、自分の一番好きな小説家の新作を読めるんですからその為ならどこまでもやりますよ」


「そうですか」


「はい、じゃあメールアドレス送るのでそちらにあらすじでもプロットでもいいので送ってください」


「分かりました」


それからラインも交換してしまった。


俺に話しを持って来た人は羽瀬川澄人さんと言う方で、青灯社と言う出版会社で働いているらしい。


これがもし企画書が通ってしまったらいよいよ後戻りができなくなってしまった。


まあ、そうなればそうだと覚悟を決めよう。


そう思い渋谷を後にした。




新幹線はいつも新しい旅の景色を見せてくれる、小さい頃は時間が有り余って仕方なかった新幹線も今大人になるとやることが大幅に増え、スマホで動画を見たり、SNSを見たり仕事をしたり、色々な時間の使い方がある。


そう言う俺はパソコンで仕事をしている訳だが、仕事の進捗状況はと言うと羽瀬川さんにプロットを送って返事はとてもいい題材だと言う返答で、それから本文を送ると細かい修正点などを丁寧に送ってもらい、自分がいかにブランクがあると言うことを教えられた。


まだ全文終わったわけではないが、もう少し時間があれば書ききれる気がしてやる気は出てくる。


時間は過ぎていく、自分の思った通りに進んで行くことなんてない。思った通りに進んで行けばどれだけ楽しく人生を送れるのかもしれない。そんなことを考えているうちに目的地に到着した。


広島、此処に来たのは今だに原爆の跡が残る場所に行ってみたいと思ったのが始まりだった。


広島に来て行くところと言えば、原爆ドームだがそれと共に原爆資料館と言う所もある、それらを見に行くことで今書いている小説にも大きな影響をもたらすと俺は思っている。




電車で十分程、今の都会には不揃いな趣で立っている。


これを見ると心が痛むと思うと同時に、人によって色々な感情が沸くだろう。俺はただ可哀想だと、時代が違えば幸せを教授できた者もいるだろうしそんな罪もない人々を焼き尽くしたことになる。俺は勉強はできないが原爆を二回落とされたことくらいは知っている。


ただ爆弾が落とされただけ、ただ人が死んだだけ。


それに背景は関係ない、その現実が重くのしかかる。先人にはこんな無色な色がない人間に同情も情けもかけてほしいとは思わないだろう、でもそれでこの場所の前に立つと手を合わせずにはいられない。




俺は原爆ドームを去って、お昼ご飯を食べるために近くのお好み焼き屋に立ち寄った。


お好み焼きは広島、此処でしか食べられないくらいに美味しかった。


広島の名物なのだから当り前だがそれでも、いや、このまま感傷にふけるのはやめよう。


先ほどの原爆ドームでの一幕が心に引きずっている、そんな感情で食べるものではない。


お好み焼きはフワフワで作ってくれて、俺はただ食べるだけだったがそれが一番だ。作ってもらった方が美味しい、自分でやると焦がしてしまいそうでちょうどよかった。


お好み焼き屋を出て、次はどうしようかと悩んでいると折角先ほど訪れた原爆ドームに来たのだから次は原爆資料館に行ってみようかと思い足を運ぶ。




原爆資料館は原爆ドームから近かったのでそちらに入館料を払い中に入る。


中には痛々しい資料があり、実際に起きたことだと痛感させられる。


資料に集中していると肩が隣の人と当たった。


「すいません」


「はい、って、え?」


隣にいたのは会ったのが最近の女性だった。


「はなさん?」


「はい、たしか慎太郎さん?」


偶然だったが余りにも出来過ぎた再会だった。


「どうしてここに?」


「観光です、慎太郎さんは?」


「僕もそうです」


「そうでしたか、お一人ですか?」


「はい」


「私もそうなんです、良かったらご一緒でもいいですか?」


「勿論」




それからはなさんと原爆資料館を周った。


お互いになにか話しをするわけではなく、ただじっと資料を見て周った。


最後まで見てお互いに一言も話すことはなくただ時間を共有した。


資料館を出ると時間は十五時を回っていた。


「お昼ご飯何食べました?」


「お好み焼きを食べました」


「私もです」


「どうでした?」




「とても美味しかったですしまた食べたいって思いました」


「僕もそうです。ところでなんで広島に?」


「実は修学旅行で広島に一度来たことがあって、もう一度行ってみたいと思ったのと漫画の題材になるかと思って」


「そうだったんですね」


「慎太郎さんは?」


「僕は元々場所を決めているわけではないので偶々です」


「そうだったんですね、それでいつまでいるんですか?」


「それも未定です」


「そうですか、じゃあ今日は私に付き合ってもらったもいいですか?」


「いいですけど」


「やった」


それからもみじ饅頭を片手に持って公園のベンチに座って食べた。


「小説はどうですか?」


「それがさっきお好み焼きを待ってる間に書ききったんです」


「そうでしたか、良かったですね」


「はい、やっと終わりました」


「ところでどんな小説なんですか?」


「簡単に言うと人間関係がどろどろしているって言うのがテーマですね」


「終わりが気持ち悪い感じですか?」


「そんな感じです」


「いいですね、私ハッピーエンドと言うより、読者に考えさせる感じが好きなので」


なんだか、はなさんと話していると幾分か気持ちが楽になる気がする。


「一つお願いしてもいいですか?」


「なんですか?」


「取材させてもらってもいいですか?」


「え?」


「慎太郎さんの人生を漫画にしたいんです」


急な話だし俺なんて面白味もない人間の取材なんて、意味がないのではと思った。


「俺みたいな人間取材しても面白くないですよ」


「いえ、慎太郎さんが良いんです」


そこでなんで俺なのか気になった。


「なんで俺なんですか?」


「以前から小説家さんの人生を漫画にしたいと思っていて、それで親から慎太郎さんの話しを聞いて」


「それならもっと適任がいますよ」


「いえいえ、私と近い境遇の慎太郎さんがいいんです」


「そうですか、なら俺の小説読んでくれますか?」


「いいんですか?」


「はい」


「では俺は取材してもらって、はなさんは俺の小説の感想を教えてください」


「分かりました」




それから、取材が始まった。


俺の今までの経歴などを聞かれてこんな人間の人生の話しを聞いて面白いのかと思いながらも答えた。


それは、辛い経験だった。


同級生には馬鹿にされ下に見られて、先生にも馬鹿にされて味方はいなかったこと。


常に馬鹿にされて褒められたことは殆どなく、いつしか自分を信じれなくなったことを全てを隠さずに話した。




「これでいいですか?」


「はい、辛いこと思い出さしてごめんなさい」


「いや、全部上手く出来なかった俺が悪いんだ」


「そうですかね?」


「え?」


「いや、多分ですけど慎太郎さんは周りの人に恵まれなかっただけだと思います」


「周りに?」


「はい、そう言う考え方もあるかなって思いまして」


俺の周りの人間を恨んだことは何度もあったが、恵まれてなかったとは思ったことはなかった。


「そうですよ、私も最近まで友達はできなかったしいじめられてた過去に悩んでいましたが最近できた友達がそう言う話しを沢山聞いてくれてなんだか紹消化された気がして」


「そっか」


「そうですよ、これからそんな友達がいつか現れると思います。慎太郎さんのことを、考えを否定しないで沢山聞いて消化してくれて感性合う人が」


「ありがとう」


「いえ」


ありがたいと思ったと同時にそんな人間がいつか現れるのはいつなのか?


そんなに待てないと思った。


「じゃあ小説読んでもらってもいい?」


「はい」


それから昼も終わり辺りは薄暗くなってきたので、居酒屋に入り適当にメニューを頼んでそこでパソコンを見せながらご飯を食べていると羽瀬川さんから電話があった。


「ごめんちょっと電話してくる」


「分かりました」


俺は店の前に出て、電話かける。


「もしもし」


「ああ、田辺先生。今大丈夫ですか?」


「大丈夫ですけど僕先生じゃないですし」


「そんな謙遜しなくていいんですよ」


「いや、本当に先生って呼べれる程文才もないですし」


「それはそうと、田辺さん」


「はい?」


「通りましたよ」


「え?」


「さっきの会議で田辺さんの小説の企画通ったんですよ」


驚きと嬉しさが高ぶってきそうだった。でもそれと同時に恐怖でもあった。


「僕もさっき原稿全部終わらせて、羽瀬川さんのメールに送ったので見てもらったもいいですか?」


「そうでしたか、じゃあ拝見しますね」


「お願いします」


「はい、因みに企画会議に出てた人間全員が良い小説って言ってましたよ」


「そうですか」


「はい、これはもう先生です」


「その呼び方やめてください」


「先生は先生です」


「もう、分かりましたよ」


「じゃあ原稿確認しますので、それでは」


「はい、よろしくお願いします」


電話を切り、小さくガッツポーズをとった。




「お帰りなさい」


「お待たせしました」


「はい、読み終わりましたよ」


「どうでした?」


「これは、売れますね」


「はい?」


「慎太郎さんはもっと、自信もっていいんですよ」


「いや、それほどのものではないし」


「もう、悲観しすぎです」


「そう言えばさっき企画書が通ったんですよ」


「それはどう言うこと?」


「後は諸々の調整をして何か月か経てば書籍として店頭に並ぶってことですね」


「凄いじゃないですか、これはお祝いですね。すいませ~ん生ビール二つお願いします」


「いやいや、はなさん弱いんですからダメですよ」


「いいんですよ、それにもう取材も終わったし原稿まで見せてくれたし今日はお疲れ様ということで」


この人自分の酒の弱さ分かってるのか?と、疑問に思う。


前に会った時はカルーアミルクで酔っていたのに、生ビールだとどうなることやら。


「はい、生二つね~」


「ありがとうございます」


「あーあ、本当に来ちゃった」


「はい、乾杯!!」


「乾杯」


「あ、因みにホテル一緒なので潰れたらお願いしますね」


「え?」


「さっきカバンから同じホテルの柄のルームキーあったので」


ちゃっかりしてるなと思いながらもこんな会って間もない人をこんなにも信用するとは意外と変わってる人なのかもしれない。


「分かりました」


「これで気兼ねなく飲めます」


「あんまり飲み過ぎないでくださいよ」


「は~い」


「全く」


「それで何がそんなに心配なんですか?」


「はい?」


「だって二作目出せるのにそんな顔してるから」


「どんな顔?」


「しんみりです」


「しんみりですか?」


「はい、こう見えても私も結構小説読んでいるんですけど、大作だと思おうですけど」


「僕が小説を書くのを辞めたのは、自信ないとかそう言うことじゃなくて。説明するのは難しいですけど、苦しくなったんです」


「読者の感想が悪かったとか?」


「いや、ただ自分の文才の無さや勉強不足、なんといっても自分自身に面白みのない人生を送ってきたしそれに僕は僕自身が嫌いなんです。そんな人間の書く物語なんて読んでいても書いていても虚しいだけなので」


僕は、めんどくさい人間だ。いつまでも過去に囚われてこんな人間と飲んでも楽しくないだろうに、はなさんは真面目に聞いて目は笑って聞いてくれる。


「慎太郎さんは自分が思ってる以上に卑屈ですね」


「はっきり言うね~」


「でも、もっと早く出会いたかったです」


「そうですね、はなさんとだったらもっと楽しい学生生活だったかも」


「私の学生生活は彼氏どころか友達もいなくて私こそつまらないですよ」


「きっと、それは周りがはなさんのこときちんと分かって接してくれなかっただからだと思います」


「なんだ、分かってるじゃないですか」


「ん?」


「だから、それを自分で分かってるなら慎太郎さんの人生も捨てたもんじゃないんですよ」


「そう?」


「はいってなんだか眠くなってきました」


「え?」


「あーもう限界」


はなさんは突っ伏して寝てしまった。


いや、潰れるの早すぎだろ。でもこれは俺が悪いな、付き合わせてしまったと後悔した。


確かにもっと早く出会っていれば何か変わったのかもしれない、でも僕は陰キャで女子生徒に話しかける勇気もなかったと思い返した。




それから、俺は酔いつぶれたはなさんをホテルに連れて行って。


あらかじめカードキーを渡されていたので、部屋に送り届けた。






それから数か月、夏の熱い時期を超えて、秋になり少し涼しくなった。


俺はその後、色々な土地に行った。


沖縄などは熱くてたまらなかったり大阪ではたこ焼きを食べてこっちでは皮がかりっと焼いているのではなくしなしなだったので驚いたが、それでも味は美味しかった。


小説の企画で東京に何週間か泊まったり色々なことがあった。


それで今俺は東京の居酒屋にいる。




「乾杯!!」


「乾杯」


「今日は慎太郎の小説の大ヒットを記念しての飲み会なんだから、もっと楽しそうにしろよ」


「そうですよ、やっぱり私が言った通りにだったじゃないですか」


ここには智春とはなさんがいた。


智春にはなさんの話しをしたら是非会いたいと言いだしたので、今日は三人だった。


今日は俺が出した『優しさの首輪』はSNSなどで宣伝をしたりしたおかげで、時間が経てば経つ程売れていき最終的に10万部以上に達した。


「いや、まあ正直ここまで行くとは思わなかったけどさ」


「じゃあいいじゃないですか。サプライズ感あって」


そう言うことでもない気がするがそれは口にしない。


「ほら、飲むぞー」


それから、三人での飲み会が始まった。


最初は意気揚々と飲みながらお互いの人生を語りながら、飲んでいたが。


いつものごとくはなさんはものの十分で寝てしまった。


「これは悪いな」


「だから言ったろ?」


「ああ、こんな姿違う男の前で見せられないな」


「いくら東京に来る予定が合った言えども、飲みになるとこうなるからって言ったのに」


「でも安心だな」


「ん?」


「だって普通こんな潰れやすいのに、一人で娘を東京に来させないだろ」


「どう言うこと?」


「いや、だからそう言うことだよ」


「どう言うことだよ」


「お前って案外鈍いんだな」


「は?」


「親はなんて言ってるんだよ?」


「はなさんの?」


「うん」


「はなさんと会うたび電話で話してるけど」


「それってもう公認ってことじゃん」


「もしかしてそう言うことか?」


「それ以外になにがある」


「ないない、第一はなさんが俺にそんな感情があるとは思えないよ」


「女心って男には分からないからさ」


「そんな達観したこと言われても困るし」


こうして恋愛話をするとは思わんかった。


俺は学生の頃は女子を恋愛対象でみれたものではなかったし、勿論男子もそうだがそれでも女子のいじめとか見てるとなんだがそう言う関係になりそうな時でも、一気に冷めてしまう。


「でもさ、俺も安心だよ」


「何が?」


「だってあんなに女子に興味がなかった、慎太郎がこうやって仲良くなったら女性を紹介してくれるんだもん」


「お前は俺の親か」


「まあ良いじゃんか、慎太郎の女性苦手意識もはなさんだったら大丈夫なんだろ?」


「そう言えば」


「ほら~」


「茶化すな」


「まあそれはおいおい聞くとして、今日はお願いがあって来てもらったんだ」


「お願い?」


「ああ、前に母校に卒業生として講師を頼まれたって言ってただろ?」


「うん」


「あれ、やっぱり慎太郎も行くべきだって思ったから」


「わざわざ、嫌な思い出の場所に行く気にはならないよ」


ビールを一口飲む、この苦さと思い出がリンクしてますます行く気になれなかった。


「だってさ、復讐になるだろ?」


「復讐?」


「だってあんなに酷いことして、慎太郎も沢山苦しんだしそれにまだ教師も当時のサッカー部のキャプテンも来るんだから全部ぶちまけてやれよ。そうすれば第二の慎太郎が生まれなくなるかもしれない」


「第二の俺か」


「そう、当時は誰にも言えなかったんだろ?」


「まあ」


「当時の慎太郎もそう言う先輩の言葉があれば少し違ったかもしれないし、全部トラウマ話してさ最後に誰かに頼ってもいいんだって思ってもらえば幾分か救われる人がいるかもしれないんだって俺は思うんだ」


こんな俺でも誰かの助けになる、そう思った時に当時の記憶が頭の中で流れた。


それは突然のことだった、小説を投稿して間もない頃だった。


今まで俺の小説なんて誰も見向きもしなかったが、とある一件の応援コメントが来た時だった。


「こんな小説見たこともありません、凄く心に来ました。これからも応援してます」


それは、たった一つのコメントだったが俺にとっては一番助けになったものだった。


「確かにどんな形であれ、そう言う人がいるのもいいのかもしれないな」


「だろ?」


「まあ一回くらいなら」


「なら決まりだ。当時の担任からも電話来てたしこれで全員来れるな」


「どう言うこと?」


「まあ最初は俺だけって話だけだったんだけど、ここ最近で卒業生にこんなに世間から注目された小説家がいるならって連れてこいって言われたんだよ」


「それを先に話せよ」


「だってそれ言ったら来てくれないだろ」


「当り前だ」


「俺とサッカー部のキャプテンだけだったら、控室とかで気まずいじゃん」


「知るか」


ビールを飲む、酔い。それは最高の薬になる。




数週間経って、俺は忌まわしい場所の門の前に立っていた。


「やっぱり帰る」


「おいおい、ここまで来て帰るのか?」


「だって嫌な記憶が頭の中で駆け巡ってるんだもん」


「ここまで来たんだから後は話すだけだって」


「はー」


思わずため息をつく、正門から入り。


教員室に行く。


「失礼します、卒業生の智春です」


そう言うと複数の教員が智春に気づいて、こちらに駆け寄ってきた。


「久しぶりだな、智春」


「はい」


「元気だったか?」


「はい、隣にもいますよ」


「ん?」


「先生お久しぶりです」


「田辺か?」


「はい」


「そうか、お前が小説家だとはな」


そう言う見下した目が嫌いだった、でもそれを言うのは今じゃない。


「田辺も元気だったか?」


「おかげさまで」


「それなら良かったよ、控室案内するから」


控室は体育館に近い場所の空き教室だった。


中に入ると、もう一人見知った顔がいた。


「田辺、久しぶりじゃん」


「光一郎、元気そうだな」


「まあな、俺も専門行った後就職してなんとかやってるよ」


「そう、ならよかった」


「田辺は小説家になったんだろ?」


「うん」


「勉強もできない奴でも務まるもんだな」


サッカー部のキャプテンである、光一郎だがこいつも俺を人間として地位が下だと思い俺が多くの傷を抱えていると知らずに傷を付け、見放した男だった。


「まあ、自由な職だからな」


「田辺は進路どこ行ったの?」


「動物看護師の専門学校」


「それでなんで小説家になったんだよ」


鼻で笑いながら言う。


「まあ色々あってな」


こう言う自分は嫌味のつもりはないですよって言い方が昔からムカついていた。


「お前なんか変わった?」


俺はそれを無視して、椅子に座った。


それから数分、智春と話しながら過ごした。


その場に居りずらくなったのか、教室を出て行った。




「そろそろ、移動してね」


「はい」


俺は立ち上がろうとすると、足に力が入らなくてよろけてしまった所を智春に支えられた。


「大丈夫か?」


「うん」


「ほれ、これ」


渡されたのは缶コーヒーだった。


「さっき買ってきたんだ。やっぱり安いな高校の自販機は」


「そうだな」


俺はそのコーヒーを一気飲みして、体育館に向かった。




最初は光一郎の番だった。


光一郎は内輪の中ではふざけて人の中に溶け込めるが、大勢の前では委縮してしまい高校生達は退屈そうな態度で十五分程ありきたりな話しをし終わった。


「次は小説家の武井智春さんです」


司会の先生が言うと生徒は興味を持ち始めた。


まあ智春は顔はイケメンな部類だし、今若手小説家の中では一番知名度があるし知っている生徒も多かったのだろう、そして話しも面白い奴だから心配はしなかった。




そんな心配は全く必要なかった。


智春は大学で卒業者代表で全生徒の前で話しできる程の人間だから当り前だった。


面白い話しを挟みつつ、真面目に話して先ほどの失敗スピーチから打って変わって生徒から笑いをとり十五分は直ぐに過ぎ去っていった。


「お疲れ様」


「いやー前の日に準備してよかったよ」


隣の席に座って、落ち着いて終わった達成感を感じていた。


「お前の話は面白いから心配してなかったよ」


「そう言われると素直に嬉しいよ。今度はお前の番だ」


「分かってる」




「最後の講師は田辺慎太郎さんです」


最後と言うことで多少生徒の拍手がでかい気がした。


これで退屈な話しも終わると思っているのだろう、まあそれはその通りなのだが。


演台の前に立った。


「初めまして、田辺慎太郎と言います。この学校の5五十期生なります。僕で卒業生の話は最後になります退屈の時間も最後になるのでもう好きな格好で聞いてください。僕の話はさっきの人より退屈な話しになりそうなので、あぐらをかいても寝そべってもらっても構いません楽にしていださい」


そう言うと流石に寝そべる生徒はいなかったが、あぐらをかいたり多少楽に姿勢をとった。


「僕は高校を卒業して動物専門学校に進学しました。そして一年で退学しました。」


その一言で体育館は静寂に包まれた。


「僕の高校生活は灰色でした。勉強はできなくてスポーツもサッカー部に入っていましたが、その部員やクラスメイトなどには酷くいじめられたました。自分の方が上だと思い込み他を淘汰し従わす、それを見てもなおそれに加担し見て見ぬふりをするそんな教員がいて僕は助けになってくれるとは思えませんでした。なので僕は心的外傷を負い自殺しようと思ったこともあり、一時期外に出ることもそれまで普通にできていた人の目を見て会話することもできませんでした。そんなどん底人生を味わったのがこの五年間です。


ただ皆さんにはそうはなってほしくない、だから誰でも良いんです。頼って」


生徒はただ呆然と聞いている、これが響いているのか分からない、でも少しだけ姿勢が良くなった気がした。


「僕はそれが出来なかった弱い人間です、頼ると言う簡単なことが。要は信頼ができなかった、人間生きていれば誰しもどこかで心の傷を負うものです、だから親友でも家族でも誰でも良いんです。この学生のうちにそう言う心の許せる人を作って下さいそれが出来れば幾分か楽に生きれると僕は思います、そうすればいつか酒が飲めるくらいまで生きれれば今度は自分の友達が苦しんでいる時は今度は貴方が隣で酒を飲みながら話しを聞いてあげるだけで傷は少し癒えると思います、人間隣で過ごす相手がいれば死にたくなる気持ちも柔らぐものです」


これで丁度十五分が経った。


「これで僕の話は終わりです、ご清聴ありがとうございました」


一瞬間が空いて、拍手が鳴った。


一礼をして席に戻った。


サッカー部のキャプテンと教師は顔が青ざめていた。


いい気味だ、これだけ言えば改めるだろう。それが出来ないで俺のせいにするのならこの五年で成長してないと言うことだ、でもサッカー部のキャプテンは違うけど教員にはまだ言い訳はあると思う。よくよく考えれば膨大の生徒の数を管理しないといけないのだ、だからと言って一番近くに           いた担任の先生や顧問の先生が異変に気づかないとは少し考えてほしいとは思う。




それから俺は早々に学校を出た、教員達は何か話したそうにしてたけど俺はそれを無視した。


サッカー部のキャプテンは目を合わせることもなく気まずそうにしていた。


学校を出て、近くの駐車場で智春を待っていた。今日は智春の車で来たので智春を待っていた。


「お待たせ」


「遅いぞ」


「ちょっと先生に捕まっていさ」


「どうだった?」


「まあ、あの話本当か?とか色々言われたよ」


「なんて答えたの?」


「そのまんま言ったよ」


「そうか」


「改めてないとって言ってたし、今度謝りたいから顔出してくれって言ってたよ」


「死んでも行かないけどな」


「まあそうだろうな」




それから俺は学校への復讐も終わり、小説も出せたしやることはもう終わった。


俺は東京にいた、そして書店に行くと俺の小説『優しさの首輪』が店頭に並んでいた。


それだけでもう満足だった。


一冊買ってホテルに戻った。


「君はこれで満足かな?もう直ぐそっちに行くよ、俺が行けるのはそっとじゃないかもしれないけど」


少女のノートを見ていると最後のページに、以前自分を痴漢から守ってくれたことを感謝していると書かれていてこんな運命的な出会いがあるのかと思いながら俺は眠りにつく。




青年が泊まっていたホテルの一室の中の机には一つの瓶が置いてあった。


そこには「クロリザル」と書かれていた。

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