「収穫なかったね……」
「そうだな」
結局あれから猫と巡り会うことはなく、空白の時間が過ぎていった。
ただ一つだけ起きた出来事といえば、ティナが再び幼児化したことだ。猫を助けるべく身体能力の急上昇を使った上に、引っかかれた傷の回復をしていた。
レイが見た中でも、今日は昨日とは比べ物にならないくらいに能力を酷使していた。
キャパオーバーを引き起こしたのだろう──まさか産まれたての赤子になるとは誰も思うまい。
思い出したくもない過去が記憶に蘇り、慌てて首を振って邪念を追い払う。
どれだけあやしても
能力は使えば使うほど幼児化が進むらしい。しかしその代償にも限度があり、腹から出てくる前までの姿にはならないようだ。
《⬛︎弾の⬛︎ ⬛︎棒⬛︎死》
「今、何か言った?」
「え? 何も言ってないよ」
「そう……」
「レイの空耳はほっておいてさ」
らしくもない険しい表情を浮かべて、ティナは言う。
出会ってまだ二日だが、ティナが真面目な顔をする時は突拍子のないことを口走る時だ、とレイは遠い目をしているが「なんだ?」と聞く意思表示をした。
「昼に私がぶつかった人、わかる?」
「ああ、わかるよ」
「あの人何か引っかかるんだよね……」
「引っかかる?」
特に思い当たる節はなかったが、とりあえずオウム返ししておく。
レイからは、二人が正面衝突しただけのようにしか見えなかったのだ。
「あの人すごく震えてたの」
季節柄寒くて震えているということはまずありえない。
よって考えられるのは、誰かから逃げていた。又は
双方いずれも裏があるな。あの人に何もなければいいのだが。
「んー、考えるのやめた!」
「え?」
「だってお腹空いたんだもん! 早く帰ってレイの手料理を食べたいー」
レイは作ると一言も言ってないが、ティナは期待に胸をふくらませてソワソワしているので、今日だけは特別に作ることにした。
肩を並べて来た道を帰る。たったそれだけの簡単なことのはずなのに、事件は唐突に起きるのだった──
《銃弾の雨 相棒の死》
突然レイの頭の中に二つの不吉な言葉が響き、錆びた刃物を擦ったような臭いが鼻をかすめる。
「──ッ! 今すぐここから離れるぞ!」
「え、ちょっ──いきなり何!?」
ティナの言葉など聞かずに、レイは彼女の手を引く。少女らしく細いのに、驚くほど筋肉でゴツゴツしていた。
今日は迷子の猫探しに来ているので、お互い大した武器を持ち合わせていない。唯一ある物と言えば、ティナの太ももにあるホルスターに収まったナイフくらいだ。
これじゃ遠距離の敵相手には叶わない。
「ねぇ──ねぇってば!」
「何?」
「いきなり血相を変えてどうしたの?」
「"銃弾の雨"と"相棒の死"」
先程頭に響いた言葉をそのまま口にする。
しかしそれだけでは当然言葉足らずで……
「意味わかんない」
疲労で今すぐにでもベッドにダイブしたいティナは、ため息を混じりの声で応える。
「このままここに居続けたら、撃たれてティナが死ぬんだよ」
「何を根拠に……」
「後でしっかり説明する──だから頼む、今は俺を信じてくれ!」
ゆっくりと話している暇なんてない。今は一歩でも遠く逃げたい。
「……わかった。私は自分の身を守る準備をしておくよ。【来て、ノア】!」
ティナは目を濃紺色に光らせて、虚空に向かって叫ぶ。
"ノア"とは昨日ティナの元へ飛来した銃剣のことだ。
不意打ちを避けられるのであれば、ティナの死を免れることが可能になるかもしれない。
レイは緊張で脈が早くなるが、一筋の希望を見つけて胸の奥が熱くなるのを感じた。
あと少しで大通りに出れる。息を切らしながらも広くなっていく道幅を見て、自然と笑みがこぼれる。
「ようやく
──ガシャアァン!
希望が一瞬にして絶たれた。
大きな音と共に、二人の目の前に大きな障害物が落ちてきたのだ。
これは不慮の事故ではなく、何者かによって仕組まれたものだ。
カツカツと靴の音が近づいてくる。
「は〜い、
そして皮肉と悪意だけを混ぜたような声が飛んでくる。
アイドルのような短いスカートに、特徴的な深紅のツインテール。
二人よりも一回りくらい若い見た目の幼女がそこにいた。
「
夏の夕方にしては寒すぎる風が流れるのだった。