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第12話 不吉な言葉

「収穫なかったね……」


「そうだな」


 結局あれから猫と巡り会うことはなく、空白の時間が過ぎていった。

 ただ一つだけ起きた出来事といえば、ティナが再び幼児化したことだ。猫を助けるべく身体能力の急上昇を使った上に、引っかかれた傷の回復をしていた。

 レイが見た中でも、今日は昨日とは比べ物にならないくらいに能力を酷使していた。


 キャパオーバーを引き起こしたのだろう──まさか産まれたての赤子になるとは誰も思うまい。


 思い出したくもない過去が記憶に蘇り、慌てて首を振って邪念を追い払う。

 どれだけあやしてもまないティナの泣き声が、レイの脳内でループ再生される。

 能力は使えば使うほど幼児化が進むらしい。しかしその代償にも限度があり、腹から出てくる前までの姿にはならないようだ。


《⬛︎弾の⬛︎ ⬛︎棒⬛︎死》


「今、何か言った?」


「え? 何も言ってないよ」


「そう……」


「レイの空耳はほっておいてさ」


 らしくもない険しい表情を浮かべて、ティナは言う。

 出会ってまだ二日だが、ティナが真面目な顔をする時は突拍子のないことを口走る時だ、とレイは遠い目をしているが「なんだ?」と聞く意思表示をした。


「昼に私がぶつかった人、わかる?」


「ああ、わかるよ」


「あの人何か引っかかるんだよね……」


「引っかかる?」


 特に思い当たる節はなかったが、とりあえずオウム返ししておく。

 レイからは、二人が正面衝突しただけのようにしか見えなかったのだ。


「あの人すごく震えてたの」


 季節柄寒くて震えているということはまずありえない。

 よって考えられるのは、誰かから逃げていた。又はをするために故意にぶつかった。そのどちらかだろう。

 双方いずれも裏があるな。あの人に何もなければいいのだが。


「んー、考えるのやめた!」


「え?」


「だってお腹空いたんだもん! 早く帰ってレイの手料理を食べたいー」


 レイは作ると一言も言ってないが、ティナは期待に胸をふくらませてソワソワしているので、今日だけは特別に作ることにした。

 肩を並べて来た道を帰る。たったそれだけの簡単なことのはずなのに、事件は唐突に起きるのだった──


《銃弾の雨 相棒の死》


 突然レイの頭の中に二つの不吉な言葉が響き、錆びた刃物を擦ったような臭いが鼻をかすめる。


「──ッ! 今すぐここから離れるぞ!」


「え、ちょっ──いきなり何!?」


 ティナの言葉など聞かずに、レイは彼女の手を引く。少女らしく細いのに、驚くほど筋肉でゴツゴツしていた。

 今日は迷子の猫探しに来ているので、お互い大した武器を持ち合わせていない。唯一ある物と言えば、ティナの太ももにあるホルスターに収まったナイフくらいだ。

 これじゃ遠距離の敵相手には叶わない。


「ねぇ──ねぇってば!」


「何?」


「いきなり血相を変えてどうしたの?」


「"銃弾の雨"と"相棒の死"」


 先程頭に響いた言葉をそのまま口にする。

 しかしそれだけでは当然言葉足らずで……


「意味わかんない」


 疲労で今すぐにでもベッドにダイブしたいティナは、ため息を混じりの声で応える。


「このままここに居続けたら、撃たれてティナが死ぬんだよ」


「何を根拠に……」


「後でしっかり説明する──だから頼む、今は俺を信じてくれ!」


 ゆっくりと話している暇なんてない。今は一歩でも遠く逃げたい。


「……わかった。私は自分の身を守る準備をしておくよ。【来て、ノア】!」


 ティナは目を濃紺色に光らせて、虚空に向かって叫ぶ。

 "ノア"とは昨日ティナの元へ飛来した銃剣のことだ。


 不意打ちを避けられるのであれば、ティナの死を免れることが可能になるかもしれない。


 レイは緊張で脈が早くなるが、一筋の希望を見つけて胸の奥が熱くなるのを感じた。

 あと少しで大通りに出れる。息を切らしながらも広くなっていく道幅を見て、自然と笑みがこぼれる。


「ようやく見つけたみちゅけた……」


 ──ガシャアァン!


 希望が一瞬にして絶たれた。

 大きな音と共に、二人の目の前に大きな障害物が落ちてきたのだ。

 これは不慮の事故ではなく、何者かによって仕組まれたものだ。


 カツカツと靴の音が近づいてくる。


「は〜い、残念でしたざぁんねぇ〜んでちた〜!」


 そして皮肉と悪意だけを混ぜたような声が飛んでくる。

 アイドルのような短いスカートに、特徴的な深紅のツインテール。

 二人よりも一回りくらい若い見た目の幼女がそこにいた。


あたち、浮気は許さないゆるちゃないの。略奪女には死んでちんでもらう」


 夏の夕方にしては寒すぎる風が流れるのだった。

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