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第3話

 長年過ごしたこの屋敷。

 これで離れると思うと、やっぱり寂しいものがありま……。


 やっぱやめよう、この口調向いてないわ。

 せっかく家を出たんだからもう、お嬢様らしい喋り方とかもーやってらんない。


 ああ、凝った凝った肩が凝った。

 心なしか腰も痛い気がする。

 やっぱり心の不調は体に出るもんなんだなぁ。


 さあて、どこさ行きますかねえ? あっちかな? こっちかな?


「ちょっとお待ちなさい」


「ん?」


 屋敷に背を向けて、さあ旅立ちとなったところで。まさかの待ったがかけられた。

 一体誰なんだと思ったけれども、この声の主は……。


 振り返りざまやはりと思った


「お母様。……あっ」


「お母様ですって?」


 この屋敷の当主の夫人である、ベレテレスティ・ランブレッタ様。

 詰まるところ私の義母。いや、元義母である。


 齢四十を超えているにも拘らず、その若さにイマイチ衰えが見えない。

 どんな健康法を行なっているのだろうか? 呑気にもふと思った。


 それはさておき、つい癖でまたお母様と読んでしまった。


 元義母が、額にしわを寄せながら私に距離を詰めてくる。

 そうして飛び出してくるのはきっといつものセリフだろう。


「貴女にお母様などと呼ばれる筋合いはありません。――私のことはママと呼びなさいといつも言っているでしょう!」


「ご、ごめんなさいママ上様」


 お母様。


 その呼び名は私の実の母のみを指すものだから、自分のことはママと呼べと常日頃からおっしゃる。

 私としては、そこにこだわりなんてあまりないんだけどね。


 だいたい、ボルディにはお母様と呼ばれてるんだからいいじゃないのさ。ダメ?  

 ダメか。


「それで、ママ上様は一体何をしにここへ? 御付きもつけずに、外へ出るなんて珍しい」


「貴女、それは本気でおっしゃっているのですか? まあよいでしょう。折角ですので、元娘に対してせめてもの、せめてものッ! お見送りでもして差し上げようかと、そう思った次第です」


「は、はあ……」


 何故だろう、いつも以上に当たりが強いようなそんな気がしてくる。

 ふとそんなことが疑問に思ったが、気が付くと私は手を強く握りしめられていた。


「あ、あの……」


「当主様のお決めになられた事故ことゆえ、こちらも口出すつもりはございませんが。これが母としての最期の語らいにもなりましょう。しかし私は多くは語りません、風邪などひかぬよう健康には気を使いなさい。それだけです」


「はあ……」


 いや、それだけって言うけれどもね。


「あの、ママ上様? でしたらそろそろ手を離して頂きたいのですが?」


「何をおっしゃるのです? この私の細腕など、すぐに振り払えるでしょう? それが出来ないということは貴女にまだ未練があるということです」


「え、普通に手が痛いんですが? ちょ、ちょっとそんなに握りしめられても……。強い、強いかなって。そろそろやめてほしいかなって」


「言い訳ですか? しかしそれでも手に痛みを感じると言い張るのであれば、それは母の痛……、いえ、もう母娘ではありませんね。では、あれです、やはり物理的な握力です」


「本当にそう言い切っていいんですね!? もうむちゃくちゃですよ!」



 そんなやり取りもあったが、なんやかんやで私はやはり家を出ることになった。

 そうこれは新しい門出、新しい私のスタートであるのだ。


 見よ! この軽やかな足取りを!



 ……勢いで街へと飛び出したはいいものの、やっぱり勢いで行動するもんじゃないなぁ。

 とりあえずお小遣いはあるし、安宿を拠点にして住み込みのバイトでも探すか。


 あっちがいいかな? こっちがいいかな?



 ◇◇◇



 そんなこんなで数日後。


「はーい二番テーブル様、ご注文の品をお届けに参りました!」


「はーい待たされました。お詫びにこの後のデートを注文致し、がっ!?」


「はーい当店ではそのようなサービスは行っておりませんので、とっとと食べて帰ってくださーい!」


 やはり住み込みのバイトといったら客商売だろう。

 飲食店なら、若い女の子もすぐに雇ってもらえる。

 ここのマスターは女性という事もあって、快くオーケーが出た。


 ここは王都の二番街にあるミルクホール。

 学校が集まった地区という事もあってか、メイン層は学生だ。


 だからか、偶にこんな猿の小僧も現れるわけで。

 そういった場合は、マスターから好きにやり返していいと許可も貰っている。


 どういうわけか、何度も来るんだよね。何か痛い目にあったら気が済むんだろうか?


 でも、そんな生活にもすっかり慣れてしまった自分の順応性の高さにびっくり。私ってば意外とどこでもやっていけるんじゃないだろうか? さすがにそれは言い過ぎか。


 でも確かなことは一つだけ、この生活結構悪くない。むしろいい。

 お嬢様としての振る舞いも慣れていたというだけで自分でも気づかないうちに重荷になっていたのかもしれない。やっぱり街娘の娘だな私。


 自分の場所を自分で開拓していく。これがやりがいってやつだろう。


「うん、今の私かっこいい! かっこいいぜ!」


「独り言もほどほどにして、これ六番テーブルまでお願い」


「あ、はーい!」


 そう、今の私はかっこいいウェイトレス。エレガントにウェイトするのだ。


 思えば私も十九歳。

 学園を卒業した後そのまま名門貴族に嫁入りするかと思ったら、まさかこういうことになるとは!


 人生というのはとんとわからないもので、予定こそ狂いはしたが自分だけで一から人生設計を立て直すというのはなかなか新鮮な感覚だ。


 趣味で磨き上げた魔法の腕で一旗あげようとも考えはしたが、今はこのウエイトレスという仕事もはっきり言って悪くない。


 まぁ、これからどうするかはゆっくりと考えていけばいいさ。とりあえずの手に職は手に入れた訳なんだから。


 どうせ焦ってあれこれやったって失敗するだけだって。こういうのは経験上のんびりとやるぐらいが丁度いいのさ。きっとそうさ。


「はーい。六番テーブル様ご注文のサンドイッチセットをお持ちしました!」


 うーん、やっぱりかっこいいじゃないか私。



 お昼休み、と言ってもお昼ちょっと過ぎ。

 ピークが過ぎてお客も居なくなった店内において、お腹のペコペコになった私に賄い料理がご褒美だ。


「わーい、チーズバーガー! 疲れた体にガツンと一撃」


 かぶりつこうものなら、間違いなく顎が外れるような巨大なチーズバーガーがお皿の上に乗っかっている。当然、このままじゃ食べられない。


 そこで活躍するのがこのナイフ捌き。見よ、お嬢様育ちの迷いのない一刀!

 いやぁ、惚れ惚れしちゃうなぁ。我ながら芸は身を助くってね!


「いやぁ意外に綺麗な食事マナーだね」


「嫌だなぁマスター、冗談ばっかり言っちゃって。見た目通りの間違いでしょ?」


「ははは!」


 笑ってごまかしたな。


 ここのマスターの女亭主はいい意味で容赦がなかった。

 私が元貴族の箱入り娘だってのに、お構いなく雑用から料理の手伝いまでやらせるやらせる。

 おかげでくよくよしている暇なんて無いったら無い。いや元々無いんだけれど。


 しっかし、このマスターの気風というか、なんというか。とにかく私とマッチしていて働いていて気持ちがいい。


 まずいなー、このままじゃ離れられなくなっちゃう。それでもいいかなぁ?

 いやいや足るを知るってね。今はチャレンジの時だ。いやでもなぁ。


「あ〜美味しい。駄目になるぅ」


 街に飛び出し初めてハンバーガーを食べた時から、こういった類いの料理にすっかりハマりこんでしまった。


 ……やっぱり暫くはここで働きましょうそうしましょう。

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