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原野に、星の種をまく
原野に、星の種をまく
サボテンマン
SFポストアポカリプス
2025年07月06日
公開日
5,588字
連載中
人類文明は高度に発展したのち、AIとエネルギー資源の暴走によって崩壊。科学技術が途絶え、巨大都市は廃墟となった。環境も不安定化し、少数の生存者だけが自然とともに暮らす「原初の狩猟民族」へと回帰した世界。 しかし不思議なことに、狩猟民族となった人間たちは争いをやめ、調和的なコミュニティを築くようになっていた。その原因は不明だが、人類の「根源的な生存本能」によって平和な社会が保たれているとされている。

プロローグ 星の声が聞こえる朝

 空はまだ、ほんのり青黒く染まっていた。 

 朝焼けは、滅びた都市のシルエットを静かに浮かび上がらせる。 

 かつて無数の人々が行き交い、無数の光が夜を照らしていたこの場所に、今は鳥の羽ばたきと、風に揺れる枝の音しかない。

 文明の残骸は朽ち果て、代わりに森が、静かに都市を飲み込んでいた。

 高層ビルは巨木のように苔むし、歩道には草が茂り、小さな動物たちがかつてのコンクリートの迷路を巣にしていた。

 それはまるで、自然がもう一度、世界を編み直しているようだった。


 崩れたビルの骨組みに、絡みつくように蔦が伸びていた。


 ガラスの破片は苔に覆われ、あの光の都市だったはずの場所は、今や“森”の中に沈んでいる。 

 名前すら忘れられたこの都市の跡地を、今は「エコー原野」と呼ぶ者がいる。声が反響するほど、静かな廃墟。


 その森の奥、半壊した鉄塔の影に、3人の子どもが暮らしていた。


 ユリクは早朝から矢じりの手入れをしていた。矢を削る小さな火花の音が、静寂の中に響く。


「兄ちゃん、お腹すいたー」


 そう言って草むらから転がり出てきたのは、ルルアだった。頬に土をつけたまま、背負っていた小さな袋から“謎の植物”を取り出す。


「これ、多分食べられるやつ! 昨日、カイナが夢で“ピンクの花が咲くやつは甘い”って言ってた!」


「その夢を信じて、また食あたりになったのは誰だったっけ?」


「……わたしだけど?」


 ユリクは微かに笑って、立ち上がる。


「よし。今日は北の林に入ろう。生き物の痕跡が多かった」


 カイナは廃ビルの壁に腰かけて空を見上げていた。彼の視線の先には、鉄筋を貫いて生えた巨大な樹木があった。まるで都市そのものが、森に飲み込まれて再構成されているようだった。


「……昨夜、“塔の下には、古い声がある”って、聞こえた」


「また、星の声か?」


「うん。今度のは、すごくはっきりしてた。“ここで人は夢をなくした”って」


 都市が滅んだ理由。それを知る者はもういない。カイナはときおり“空の向こうから誰かの記憶”を聞く。その力の出どころも理由も、誰にもわからない。ただ一つ、確かなのは——それが、今の人間たちを争いから遠ざけているということ。


 人は今や、狩りと採集で生きている。持ちすぎず、奪わず、分け合う日々。


 都市文明が崩壊し、金属が錆び、データは失われ、光は消えた。


 けれどその廃墟の中で、緑が育ち、命が静かに脈打っている。


 それが彼らの日常だった。


 *

 廃墟の高層ビル群を背景に、三人は歩いていく。 ルルアは植物を抱え、ユリクは静かに矢を背負い、カイナは空を見上げながら歩いていた。


 遠くで、かつての都市名を刻んだ看板が風に揺れている。「No.72地区——新東京重心圏」。


 けれど、誰もその名を知らない。知っていても、もう意味を持たない。


 今あるのは、食うこと。眠ること。生きること。


 そして、星の声がどこから来ているのかを探す旅。


 その旅の果てに、兄妹が出会うのは、かつて世界を終わらせた者たちの〈記憶〉と、まだ誰も知らない〈人間の未来〉だった。

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