目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第5話 名もなき焔の第一歩

「さっきの、思い出せる?」


「……炎を集中させて、掌から叩きつけた。腕の奥まで熱が突き抜けて、最後は……爆ぜた感じだった」


「じゃあ、それをもう一度やってみよう。今度は――ゆっくりでいいから、圧縮することだけ考えて」


言われた通り、俺は右手を前に出し、力を込めた。

熱は、すぐに応えた。皮膚の下を走る赤い筋。血管のように、神経のように、炎が巡る。


「……まだバラけてる。呼吸、整えて。炎が震えるのは、君が焦ってる時だよ」


「……っ、わかってる」


深く息を吸い、吐く。空木の声が耳に残る。焦らず、形を決める。


──燃えろ。


炎が、掌の中に凝縮された。


「……今だよ」


声と同時に、拳を前に突き出した。

轟音とともに、熱が爆ぜた。だが、さっきのように制御不能ではない。

中心から青白く光る一点の炎が、確かに生まれていた。


「……これは」


「おおー……やったじゃん!今の。熱が圧縮されて、色が変わってた」


「青い炎、か。自分でもびっくりした……。力がまとまってる感じがした。破壊力も、桁違いだった気がする」


「それ、名前つけようよ」


「名前……」


少し迷ったが、俺は呟いた。


「……灼爆しゃくばく。全身の熱を一点に集めて叩き込む。

そういう感じの、技だ」


「いいね、それ。じゃあ次は?」


「……次?」


「君にはまだ、移動の技が足りてないよね。戦いの中で、生き延びるには、速さも必要なんだよ?」


「……なるほど」


「お、いいね理解が早い」


俺は黙って頷き、再び力を込める。

今度は、全身の細胞に熱を送るイメージで。一点集中ではなく、全域点火。


「速さ……」


熱が膨れ上がる。体の内側から、まるで燃えていくような感覚。


「跳ねろ、《焔》――!」


足元が爆ぜる。視界が一気に流れ、次の瞬間、俺は部屋の端に移動していた。


「……全身を燃やして、瞬間的に跳ぶ。焔走えんそう、だな」


俺は、かすかに笑った。

空木が、目を見開いていた。


「すごいよ、灰戸くん。たった今、自分だけの技を二つも生み出したんだよ?」


「……まだ一つ、ある」


「え?」


俺は、拳に再び熱を宿す。


「最初に桐嶋先輩の影から出た鎖みたいに炎を、繋ぐ──」


集中する。拳から伸びる、炎の鎖。

それが空中に蛇のように伸びて、模擬標的の柱に絡みつく。


「……縛った……!」


焔鎖えんさ。炎の鎖で対象を拘束する技。これで、三つ。

訓練が終わる頃には、俺は汗だくで、その場に倒れ込んでいた。

けれど、どこか清々しかった。


「……ありがとう、空木」


「ううん。私は何もしてないよ。君の《焔》が、ちゃんと応えてくれただけだよ。……ねえ、灰戸くん」


「ん?」


「この先どんな任務があっても、その炎は……君が決めるんだよ。誰のために、何のために、燃やすか」


手のひらには、まだ微かに熱が残っていた。

形になった俺の力――異能。誰かを救うための、火だ。


そして、俺はようやく一歩目を踏み出したんだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?