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第12話 本当のプロポーズ

《ベルクラフト 勇者ダンとイーリスの三回目の転生の時》


 私は、勇者ダンを連れて、三度目の冒険の旅を終えようとしていました。あれは、二回目の転生からベルクラフトの世界で50年後、一回目の時からは約100年が経過していたと思います。

 そんな三週目の旅の終着点、つまり、魔王討伐の瞬間です。


 私たちは、魔王城の魔王の間にて、ラスボスとの最後の戦いに挑んでいました。


「もういいです。私を殺して、魔王を倒してください」


「断る!」


「がはは! 勇者というのは不自由なものよのう! 仲間を見捨てることは出来ぬか!」


 私は、魔王に囚われていました。仲間だと思っていた人物が魔王軍四天王の一人だったのです。それに気づけなかった私は、隙をつかれ、魔王に魔力を吸収される苗床となってしまいました。クリスタルの中に閉じ込められ、どんどんと魔力が無くなっていくのを感じます。


「待ってろ、イーリス、オレが必ず助ける」


 勇者ダンと残りの仲間たちが魔王と相対していました。でも、勇者ダンには右手がありません。私の魔力によって強化された魔王に、さきほど斬り落とされたのです。


 それを見てから、私の動悸はかつてないほど早くなっていました。なんでこんなに焦っているのかはわかりません。だけど、とにかく、彼がこれ以上傷つくのは許容できませんでした。


「もういいです。私を殺せば魔王への魔力供給が止まります。私はこの世界で死んでも天界に戻るだけです」


「それでも、オレはおまえを殺さない」


「なぜですか」


「それが勇者として普通だから……いや、違うな。普通に、オレがおまえを殺したくない」


「なんですかそれは……」


「これは理屈じゃない。オレのエゴだ」


「では! そのエゴを抱えて死ぬがいい! 勇者よ!」


 人間の身体の三倍はある魔王が、巨大な剣を振るいます。勇者ダンはそれを受け止めますが、身体ごと弾き飛ばされてしまい、クリスタルの柱に激突し、何本も柱を折って壁に激突してしまう。

 崩れた壁からは土煙が上がっていました。


「勇者ダン……」


 心配で叫びそうになる。動悸もおさまらない。どうか、誰か彼を助けてほしい。


 祈るようにじっと見つめていると、彼は土煙の中から弾丸のように飛び出して、左手で聖剣を振るいました。力の限り、魔王に斬撃を浴びせていきます。


「がはは! いい根性だ!」


 しかし、そんな彼の斬撃を魔王は笑いながらさばききってしまいます。

 魔王はまだ余裕に見えました。でも、戦う前は青色だった身体を、今は赤く変色させています。魔王も本気を出し切ってるはず。だから、きっとあと一押しで……


 あとは、私が死にさえすれば……


 そう思い、魔力を手のひらに集中し、自分の首に手をかけようとしました。


「いいから! そこで待ってろ! イーリス!」


 私の考えを読んだように勇者ダンが叫びます。

 目が合い、ハッとしました。なんで……だって私は死んだって天界に戻るだけで……


「油断したな! 勇者よ!」


 ここぞとばかりに、隙を見つけた魔王が渾身の一撃を放ちました。聖剣を持つ勇者ダンの左腕までも斬り飛ばされてしまいます。これで、彼の腕は両腕ともありません。


 空中に舞う勇者ダンの左腕と聖剣、それを見て、胸が締め付けられる思いでした。私は、自分が傷つけられたわけじゃないのに、自分のことのように苦しくて、痛くて、気づけば目に涙が溜まっていました。


 涙? これが……


「がはは! これで我輩の勝ちだ!」


 魔王が両腕を大きく開き、勝利を確信したポーズをとります。


「油断? おまえがな」


 勇者ダンが不敵に笑いながら、空中に舞う聖剣を口に咥え、天井を蹴って、弾丸のように魔王に向かいました。

 そして、その勢いは魔王にも止めることが出来ず、魔王の腹に聖剣が突き刺さります。


「がぁぁあ!? なんと!?」


 刺さった聖剣は光り輝き、悪しき者を浄化していきます。


 魔王は驚愕の顔をしたまま、光となって消えていきました。


 こうして、勇者ダンは、私を犠牲にすることなく、魔王を倒しきったのです。


 聖剣を口に咥えた彼が、私の方に近づいてきます。両腕がなく、頭から血を流し、ボロボロなのに、私の顔を見て笑ってくれました。また、胸が締め付けられます。だけど今度は不安じゃなくて、なんだか心があたたかくなる思いでした。


 彼は、私をクリスタルから救い出すと、力を抜いて倒れ込んでしまいます。咄嗟に抱き締めて、彼を支えました。


「私を殺せば、もっと簡単に倒せたはずです」


「そうかもな」


「そうすれば! ……あなたがそこまで傷つくことはなかったはずです」


「ま、そうかもな」


 勇者ダンは重傷でした。仲間のヒーラーが回復魔法をかけてくれますが、腕を繋ぐ力は彼の魔法にはありません。


「だったらなぜ……」


 腕の中で笑う彼の顔を見て、私は胸が苦しくなっていました。なんでこんなに苦しいのかわからない。でも、すごく苦しかったんです。


「なぜってそりゃあ、仲間を助けるのが普通だから?」


「また、普通なんて……そんなの普通じゃありません……」


「そうか? でもオレは、おまえを殺すより、こうしておまえが傷つかずに、オレの腕がちょんぎれちゃった方が良かったと思ってる。普通に」


「普通……」


 普通ってなんですか……そう思った。でも、それと同時に、ふざけて笑う彼のことを見て、こうも思ったんです。


 ああ……私……この人が好きだ……


 窮地に立たされて、助けてもらって、盛り上がって、その相手を好きになる、そんなありふれたお話、私もよく知っていた。


 色々な勇者を転生させて、散々目の当たりにしてきた。


 なんでこの人たちは、こんなに簡単に人を好きになるんだろう。わからない。

 そう思っていた。思っていたはずなのに……


 私はこのとき、勇者ダンへの恋心を確信したんです。



「あのとき、魔王から私を救い出してくれましたよね?」


「え? ああ、うん、クリスタルの中からね」


「私は、あのとき、あなたに恋をしたんです」


「は? ……え?」


 イーリスがオレを見る目は真剣そのものだった。ライトアップされたお城に彼女の姿も照らされているようで、きらきら輝いているように見えた。


「私は、あのときから、ずっと勇者ダンを愛しています」


「ちょっ……」


「だから、私と結婚してください」


 ペコ。イーリスが頭を下げ、すぐに顔を上げた。無表情に見える。しかし、真剣なのは見ればわかる。


 でも……それなのに、オレは……


「けっ、結婚って……オレとおまえは、種族が違うわけだし……」


「……」


「女神と人間が結婚? はは……それはちょっと普通じゃないかな……」


「つまり、断る、ということでしょうか?」


「……断るっていうか……現実的でないというか……」


「そうですか……残念です……」


 イーリスはそれだけ言い残して、オレの前を横切って、去っていった。


 振り返って手を伸ばしても、止まってくれない彼女の後ろ姿を見て、答えを間違ったということに、今更ながら気付いたのだった。

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