東京っぽい雰囲気の千葉にある某遊園地、通称【夢の国】。
オレとイーリスは、成瀬さんにもらったチケットを使って、入場ゲートを通過した。土曜日なだけあって、結構な人の数だ。
「混んでるなー」
「そうですね。たくさん繁栄してて良いことです」
「なにその神視点」
「女神ですので」
「なにそれ女神ジョーク?」
「何を言ってるのですか?」
「いやべつに……ははは……」
緊張のためか、いつも以上に変なことを言ってる気がする。落ち着かねば。
ほら、イーリスだって不思議そうな顔をしているじゃないか……いや、いつも通り無表情だけど……
「とりあえず、適当にアトラクションに並ぶかー」
「いえ、まずはチュロスを食べます」
「ほう?」
「成瀬さんにどう回ればいいか聞いてきたんです。今日はそのプランで遊園地デートします」
「ほほう?」
「えーっと、あっちだと思います」
スマホを見ながら、ビシッと指を刺すイーリス。
本当か? と思って、彼女のスマホを覗き込むと、今日も彼女の手の中のスマホは逆さまであった。
自信ありげな雰囲気と相まって、なかなかに痛々しい。
「逆ですよ、イーリスさん、たぶんあっちですよ」
ということで、おばあちゃんに接する心持ちで、優しくアドバイスしてあげることにした。
指摘されたイーリスはというと、キョトンとしながら首を傾げてくる。
「そうですか? じゃあ、案内お願いします」
「へいへい」
スマホを渡されたので素直に受け取ってエスコートさせていただくことにした。
成瀬さんに考えてもらったデートプランというのがどんなものか気になるが、これ以上こいつの口から『デート』という単語を聞くと恥ずかしいので黙っておく。
少し歩いて、オススメだというチュロスのお店にやってきた。キッチンカーのような見た目で、ピンクの鮮やかなお店だった。
「二本でいいのか?」
「いえ、一本で」
「わかった」
イーリスの要望に特に疑問も感じず、一本だけチュロスを購入する。チョコ味をリクエストされたので、その通りにする。
「はい、どうぞ」
受け取ったチュロスをイーリスに手渡そうとする。すると、
「はむっ」
「おお?」
オレの手元からイーリスが直接チュロスにかじりついた。片手で髪の毛を抑える仕草が色っぽい。
「もぐもぐ……美味しいです」
「そ、それは良かった……」
至近距離でもぐもぐされてドキドキさせられる。
「勇者ダンもどうぞ」
「へ?」
どうぞ、とは? この、キミが口をつけたチュロスを?
「私が食べさせてあげます」
「あ、あの……」
抵抗虚しく、さっとチュロスを奪われてしまった。そして顔の前に突きつけられる。
「さぁどうぞ」
じっと見つめられる。なんだか、圧を感じた。食べない、という選択肢はなさそうだ。
「い、いただきます……」
照れくさいが、おずおずと食べさせてもらった。イーリスはずっとオレのことを見ている。いつもの無表情な顔で。
「もぐもぐ……おいちいです……」
緊張で、正直、味はよくわからなかった。
「そうですか……もぐもぐ」
オレが口を離したら、イーリスがすぐに口を付ける。
「これが間接キスというものですか。興味深いです」
「……」
独り言だと思いたい。
「勇者ダンはどう思いましたか?」
独り言じゃなかった。
「ど、どうとは?」
「ドキドキしましたか?」
「ま、まぁ……」
「そうですか。じゃあ、次に行きましょう。あ、残りはどうぞ」
「あ、うん……」
残ったチュロスを手渡されて、次の目的地へと足を運ぶ。今日はイーリスに振り回されそうな予感がした。
成瀬さん……キミはこいつに一体どんなアドバイスをしたんだ……すでに結構……いや、オレはまだまだ冷静だ!
冷静になるように脳内で言い聞かせながらやってきたのは、シューティングゲームが一体になってるアトラクションだった。
専用の乗り物に乗って、移動しながら敵を撃ってポイントを稼ぐ、そんな仕組みらしい。
「勇者ダン、勇者としての実力を見せてください」
「おう! 任せろ!」
並びながらゲームの説明を確認し、オレは腕を回す。こういうのは得意だ。ある異世界では、飛び道具主体の武器で戦ったこともある。オレの勇者力を見せてしんぜよう!
そしてアトラクションが始まる。
オレは惜しげもなくスキルを使いまくった。千里眼に未来予測、反射神経強化だ。結果、オレは今月の最高得点者に輝いた。
「どんなもんだ!」
「パチパチパチパチ。すごいです。すばらしいです」
「そうだろう、そうだろう!」
「カッコいいです。惚れ直しました」
「そうだろうそうだ! ……惚れ直した?」
「ふむ。やはり、成瀬さんの言う通り、男はこういうゲームで褒めておけば喜ぶ、というのは正しいようですね。勇者ダンはご満悦のようです」
「……」
そういうことを言っちゃあ、テンション下がっちゃうのよ? イーリスさん?
そう思いながら、どこか満足気なイーリスを見て可笑しくなる。気づかれないように微笑んで、何もツッコまないことを選択した。
こうして、イーリスとの遊園地デートは、懸念していたほど気まずいものにはならなかった。
むしろ楽しい。うん、すごく楽しむことができた。
陽も落ちて暗くなり、パレードを見てから、帰るためにゲートに向かおうとする。
「あ、勇者ダン、最後にお城に行きたいです」
「うん、いいけど」
イーリスの要望通り、この遊園地のトレードマークでもあるお城の前にやってきた。
ライティングされ、夜なのにお城全体を見ることができる。お城の前の広場もとても綺麗だ。
二人して、お城の方を眺める。
「あのお城を見てると、三回目の勇者ダンとの冒険を思い出します」
「え? ああ、言われてみればたしかに。あのときの魔王城は光ってたよな。クリスタルでできてたから」
「はい。あのときは、助けていただき、ありがとうございました」
「そんなこともあったなー。おまえは自分は死ぬとか言ってたけどな」
「はい、それが最善だと思ったので」
二人でテーマパークのお城を眺めながら、あのときの冒険のことを思い出し始めた。