翌朝、玄関を出て左を見ると、イーリスのやつが自分の玄関の前で待ち構えていた。オレのことを見つけると、いつもの調子で「おはようございます。勇者ダン」と声をかけてくる。
オレはというと、辛うじて挨拶は返したのだが、昨日のプロポーズまがいの出来事が気まずくって、上手く喋れずにいた。
そのまま、会話も弾まずに本社ビルまでやってくるオレたち。そこで受付嬢の成瀬さんに呼び止められた。
「はぁぁぁ!」
クソデカため息である。
「昨日の今日で! あんなことがあったのに! 普通に、二人で出社してきて! はぁぁぁ!」
二度目のため息だ。しかもわかりやすい説明ありがとう。
「イーリスちゃん! 天城さん! あなたたち、ちゃんとデートしてきなさい! はいこれ! チケット!」
こうして、成瀬さんのゴリ押しによって、週末に遊園地デートが行われることが決定してしまう。
気まず過ぎる。行きたくない。
しかし、断ろうものなら、成瀬さんに殺されそうだったので、口をつぐんだ。
憂鬱だ……こんな状況でイーリスとデートだなんて……何を話せばいいんだ……
♢
週末、オレは着なれない他所行きの服を着て、準備を整えていた。春らしい明るい色のパンツにTシャツ、グレーのジャケットを羽織って鏡の前に立つ。
「で、ででで、デートってこんな服装でイイんやんけ?」
33歳、独身である。そんで童貞である。デートの服装とかよくわからんのである。助けて。
「いや、ちょっといい服屋で店員さんに選んでもらったんだ。大丈夫なはずだ……よし! 行くか!」
緊張を押し殺し、気合を入れてから玄関に向かった。靴も店員さんに選んでもらったので大丈夫なはずだ。
もう一度深呼吸してから扉を開け、横を見ると、いつも出社するときと同じように、自分の部屋の玄関の前でイーリスが待っていた。
でも、いつものスーツとは違う、オシャレさんがそこにはいた。薄い黄色のロングスカートに白のブラウス、茶色のブーツを履いて、革の小さいバッグを持って立っていたのである。
ど、どなたでしょうか……
「あ、おはようございます。勇者ダン」
言いながらこちらを向く。花柄のスカートをなびかせて、髪を片手で触って整えていた。今日も美しい金髪だ。その髪も、いつものように無造作に垂らしているわけでなく、後ろ側を編み込んでまとめている。なんというか、いいところのお嬢様のような雰囲気だった。
うん……まぁ……綺麗だ……そりゃあ、女神様だし……
「……」
「どうかしましたか?」
近づいてきて顔を覗き込まれてしまった。近くてドキッとする。
「いやべつに!」
「そうですか? それにしても勇者ダン、今日はオシャレさんですね。スーツ以外は新鮮です」
「そ、そう? ありがと……あっ! おまえも、もも! オシャレだと! 思う!よ!? イイ感じ!」
グッと親指を立ててみる。
「そうですか? ありがとうございます。全部、成瀬さんが選んでくれました。髪もさっきセットしてくれたんです」
「シー! イーリスちゃん! シーだよ!」
イーリスの部屋の玄関から見慣れた顔がのぞいていた。まさか休日まで一緒に過ごす仲になっていたとは。
「そ、そうなんだ……いい人だね……」
「はい、とってもいい人です。お礼に祝福を授けた方がいいでしょうか?」
「は、ははは……それはどうだろう? 成瀬さんはイーリスのこと人間だと思ってるはずだけど……」
コソっと耳打ちしておく。やつはまだこちらを覗き見ていた。
「たしかに。そうだとすると、どうお礼をすれば……困りました……」
人差し指で頬を触り、悩むようなポーズをするイーリス。しかしその顔は無表情であった。
「ま、まぁ、友達同士なんだし、今度お茶でも奢ればいいんじゃない?」
「そうですか? わかりました。そうしようと思います」
「おう。じゃ、じゃあ、行こっか?」
「はい、遊園地デート、楽しみです」
デート……デートか……イーリスの口から言われると緊張が増す。
いや、落ち着けオレ、こんな緊張、魔王のいる部屋の扉を開けるのより全然マシだ。
マシなはずだ……
ホントか?
そんな自問自答をしながら、イーリスを連れて遊園地へと向かうことにした。