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第9話 すれ違い

「くそ! くそ! これもあれも全部おまえのせいだ! 天城!」


「すいやせんした!」


 時刻は夕方、オレは上司様に平謝りしながらニコニコと、営業先から帰って来たところだった。朝イチで出たのに、空はもう赤い。随分時間がかかってしまった。まぁ、それもそのはず、契約した保険の内容にミスがあったとかで、大クレームを受けてきたからだ。


「なんで20部屋あるマンションの火災保険の契約内容が1部屋になってんだ!」


「さぁ?」


 本当に身に覚えがなかった。オレの担当案件じゃないし。


「さぁ? じゃねー! おまえのせいだ! おまえのせいで火災保険がおりないとお叱りを受けたじゃないか!」


 上司様は顔を真っ赤にさせながら、本社ビルの自動ドアをくぐる。


「この保険事故のせいで! あの企業の契約、全部破断になったらどうする気だ!」


「それは困りますね!」


「困りますね。じゃねー! 謝れ!! このウスノロが!!」


「すいやせん!!」


 とりあえず、大きく頭を下げておくことにした。オレたちのやり取りを見て、本社ビルのロビーは、静まりかえる。他の社員や受付嬢の視線が痛い。みんな、オレのことを可哀そうなやつを見る目で見ているようだった。


 しかし、こんな罵倒、ベルクラフトの四天王、堕天のアーネグラムの威圧に比べたらどうってことはない。赤ちゃんが騒いでるようなもんだ。


「この! いっつも適当に謝りやがって!」


 バシン! キレまくってる上司様に頭を叩かれる。しかし、何も感じない。


「いてー! なんだこの石頭!?」


 おっと、オート防御障壁のせいか?

 すみません。ついクセでいつもオンにしてるもので。


「まぁまぁ落ち着いて。とりあえず、部長に報告しましょ? 上司様」


「くそ! くそ! ヘラヘラしやがって! おまえ! 女連れで出社して、気が緩んでるんじゃないか!」


「へ? はぁ……」


「ちょっと良い女連れてるからってなぁ! 営業成績ドベのおまえに人権なんてねーんだよ! 死ね!」


「ほう?」


 上司様が言っているのは、『今朝、イーリスと出社した時のことだろうか?』と考えていると、上司様の後ろから金髪の女性がやってくるのが目に入った。手にはペットボトルを持っている。なにをするのかわかって、すっと回避行動をとった。


「あ、避けた方がいいですよ」


「はぁ!? 何のこと言ってんだ! 天城てめぇ!」


 バシャ!


「……は?」


 イーリスが上司様の薄い髪に向けてペットボトルの水をぶちまけた。


「勇者ダンに謝りなさい。人間」


「は、はぁ!? なんだこの女!」


 上司様がイーリスにつかみかかろうとする。


「おっと、それはいけない」


 オレは、すぐに上司様の首根っこを持って、空中に浮かした。


「何する気ですか? 相手は女性ですよ?」


 まぁ、女神だけど。この人がイーリスに触れるのはなんかイヤでステイさせる。


「な!? やめろ! 離せ!」


 空中でバタバタと暴れる上司様。片手で持ち上げられて驚愕しているようだ。それにしても、この人は何をそんなに興奮してるのだろう?


「イーリス、水をかけるのはやりすぎだ」


「そうでしょうか? 勇者ダンは職務に対して真摯に向き合っていました。それを私と出社したことで侮辱されるのは腹が立ちます」


「ふむ?」


 こいつも怒ることあるんだな、と思う。そして同時に嬉しくもあった。


「つまりオレのために怒ってくれたと?」


「そうです」


「へへ……意外といい奴じゃねーか……」


「そうですか? なら結婚してください」


「は?」


「おまえら! 何言ってやがる! はなせ!」


 トンッ。


「うっ!?」


 うるさい上司様を手刀で気絶させ、その辺の地面に寝転がす。


 なんか、とんでもないことを言われた気がしたからだ。


「……結婚とは?」


 彼女の発言に言及すべく、イーリスに向き合った。


「私と結婚してください。勇者ダン」


「え? 断る……」


 とっさに失礼なことを言ってしまった。でも、それに気づけない。


「……そうですか……理由を伺っても?」


「だって、おまえ女神だし……オレは【普通】の奥さんと、【普通】の家庭を……」


「そうですか……」


 寂しそうな顔を見せるイーリス。でも、それが本当に寂しそうな顔なのか、無表情

なこいつからは、正直、判断がつかなかった。


 この後、成瀬さんがやってきて、「天城さんは失礼だ!」とか、「イーリスちゃんの気持ちを考えろ!」だとか説教された。気まずくなって平謝りしてから、上司様をお姫様抱っこして自席に戻る。その流れで、今回のクレームについて部長に報告すると、件の大クレームを起こした企業の担当は上司様で、ミスをしたのも上司様だろうということが発覚した。

 危うく濡れ衣を着させられるところだったようだ。あぶないあぶない。


 そんなことより、さっきのイーリスのことだ。


 結婚だって? なんでまた突然……

 ここ最近の様子も変だし、成瀬さんにも怒られたし、まさかあいつ……本気でオレのこと好きなの?


 ……いやいや! そんなバナナ! あいつは女神だし!

 オレのことはただの勇者だとしか思ってないって、冒険中に何度も言われたし!


 そりゃあさ、あんだけの美人だから? 冒険中に何度か気になったこともあったけどさ? その度勘違いするなって言ってきたじゃん!


 だから! 友達だと相棒だと思うようにしてたのに! 勘違いさせないでよね!


「……はぁ……帰るか……」


 オレは訓練された童貞だ。ちょっと良さげな雰囲気を出されたって勘違いはしないのだ。

 そのはずだった。


 考えがまとまらない。


 結局オレは、思考するのを放棄して、そそくさと一人で帰宅することにした。

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