海の見える町に、ちいさな灯台がぽつんと立っていました。
灯台の名前は「ルミ」。
赤と白のしま模様の、丸っこくて愛らしい姿。人々からは「キャンディ灯台」と親しまれていました。
大きな船が行き交う航路からは外れた、小さな港町。
観光客も少なく、町の人々は皆顔なじみ。港では毎朝、漁師たちが元気な声で網を投げ、夕方には家族の待つ家へと帰っていきます。
ルミの仕事は、夜になると明かりを灯して、海に出た人たちが道に迷わないように見守ること。
けれど──ルミの光は、あまり遠くまでは届きませんでした。古くて、小さくて、ちょっぴり弱いのです。
「また灯りがかすれてるなあ」
「まあ、でもあのへんに町があるってのは分かるさ」
「いつか、もっと大きくて立派な灯台が建つんじゃない?」
そんな声を、ルミは聞こえないふりをして聞いていました。
自分の光が頼りなく見えることに、気づいていないわけじゃないのです。
でも──それでも、毎晩欠かさず、灯りをともしていました。
どんなに小さくても、誰かの役に立てたらと思いながら。
ある日、天気予報が「大きな嵐が近づいています」と町に知らせました。
「こりゃ、漁も早めに切り上げないとな」「港のロープ、ちゃんと結んでおこう」
人々は忙しく立ち回りながら、空をにらみつけていました。
空気がぴりぴりと張りつめていきます。海は昼からざわめき、午後には空がどんよりと灰色に変わりました。
夕方、空が怒ったような音を立てて、嵐が町をのみこみました。
雷が鳴り、風が木々を揺らし、海はまるで獣のようにうなっています。
そのなかで、ルミはひとり、必死に光をともしていました。
雨に濡れても、風にあおられても、小さな体でぐっと耐えながら、精いっぱいの力で海を照らしました。
──でも、
「……ダメ、見えない……わたしの光、届いてない……!」
ルミの心に、不安が押し寄せます。
港の方角が見えない。空も海もすべてが黒く、風と波の音しか聞こえない。
自分の光は、海の上の誰にも届いていないのではないか。
自分は、無力なのではないか──。
そのときでした。
「ルミーっ! 見えてるぞーっ!」
遠くから、力強い声が聞こえました。
風に消されそうになりながらも、ルミの小さな窓に届いたその声。
声の主は、町の老漁師「タケじいさん」でした。
タケじいさんは長年この町で漁をしてきた、頼りになるおじいさんです。
嵐の直前まで沖に出ていて、船が戻れなくなっていたのです。
「おまえの光、ちゃんと届いてるよ! 小さくたって、まっすぐで、ありがたい光だ!」
嵐のなか、タケじいさんはルミのかすかな明かりを見つけて、船を港へと導いたのでした。
「ありがとうな、ルミ。おまえの光がなかったら、今ごろ──」
涙がこぼれそうな笑顔で、タケじいさんはルミを見上げて言いました。
ルミは、雨と涙でぐちゃぐちゃになりながらも、
心の奥がふわっとあたたかくなるのを感じました。
「……届いてたんだ。わたしの光」
そう思った瞬間──
雲のすき間から、一筋の月の光が、海をやさしく照らしました。
まるで空からの応援のように。
不思議なことに、ルミの灯りもそれに応えるように、いつもより明るく、力強く輝きはじめました。
波がしずまり、風が遠ざかり、嵐は少しずつ町を離れていきました。
次の朝。
町は嵐の爪あとでいっぱいでした。倒れた木、壊れた小屋、飛ばされた旗。
けれど何よりも、町の人たちは、みんな無事でした。
タケじいさんは、町の子どもたちを連れて、ルミのもとへやってきました。
「ルミ、ありがとう!」
「ルミが光ってくれたから、パパが帰ってきたよ!」
「わたし、ルミみたいになりたいな!」
ルミは、照れくさそうに、でも誇らしげに、小さく光をともしました。
自分は小さいかもしれない。
強くなんてないかもしれない。
でも──ちゃんと誰かを照らせる。
誰かの心に、希望を届けることができる。
ルミは、そう思いました。
それからも、ルミは毎晩、灯りをともしています。
時には星の夜に、時には雨の夜に。
港の人たちは、今日も安心して海に出かけ、
そして、やさしい光に導かれて帰ってくるのです。
ちいさな灯台は、誰よりも大きなあたたかさで、今日も町を照らしています。