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小さな灯台
小さな灯台
菊池まりな
文芸・その他童話
2025年07月06日
公開日
1,698字
完結済
海の見える町に、ちいさな灯台がぽつんと立っていました。 灯台の名前は「ルミ」。 赤と白のしま模様の、丸っこくて愛らしい姿。人々からは「キャンディ灯台」と親しまれていました。

小さな灯台

海の見える町に、ちいさな灯台がぽつんと立っていました。

灯台の名前は「ルミ」。

赤と白のしま模様の、丸っこくて愛らしい姿。人々からは「キャンディ灯台」と親しまれていました。


大きな船が行き交う航路からは外れた、小さな港町。

観光客も少なく、町の人々は皆顔なじみ。港では毎朝、漁師たちが元気な声で網を投げ、夕方には家族の待つ家へと帰っていきます。


ルミの仕事は、夜になると明かりを灯して、海に出た人たちが道に迷わないように見守ること。

けれど──ルミの光は、あまり遠くまでは届きませんでした。古くて、小さくて、ちょっぴり弱いのです。


「また灯りがかすれてるなあ」

「まあ、でもあのへんに町があるってのは分かるさ」

「いつか、もっと大きくて立派な灯台が建つんじゃない?」


そんな声を、ルミは聞こえないふりをして聞いていました。

自分の光が頼りなく見えることに、気づいていないわけじゃないのです。

でも──それでも、毎晩欠かさず、灯りをともしていました。

どんなに小さくても、誰かの役に立てたらと思いながら。





ある日、天気予報が「大きな嵐が近づいています」と町に知らせました。

「こりゃ、漁も早めに切り上げないとな」「港のロープ、ちゃんと結んでおこう」

人々は忙しく立ち回りながら、空をにらみつけていました。


空気がぴりぴりと張りつめていきます。海は昼からざわめき、午後には空がどんよりと灰色に変わりました。


夕方、空が怒ったような音を立てて、嵐が町をのみこみました。

雷が鳴り、風が木々を揺らし、海はまるで獣のようにうなっています。


そのなかで、ルミはひとり、必死に光をともしていました。

雨に濡れても、風にあおられても、小さな体でぐっと耐えながら、精いっぱいの力で海を照らしました。


──でも、

「……ダメ、見えない……わたしの光、届いてない……!」


ルミの心に、不安が押し寄せます。


港の方角が見えない。空も海もすべてが黒く、風と波の音しか聞こえない。

自分の光は、海の上の誰にも届いていないのではないか。

自分は、無力なのではないか──。


そのときでした。


「ルミーっ! 見えてるぞーっ!」


遠くから、力強い声が聞こえました。

風に消されそうになりながらも、ルミの小さな窓に届いたその声。

声の主は、町の老漁師「タケじいさん」でした。


タケじいさんは長年この町で漁をしてきた、頼りになるおじいさんです。

嵐の直前まで沖に出ていて、船が戻れなくなっていたのです。


「おまえの光、ちゃんと届いてるよ! 小さくたって、まっすぐで、ありがたい光だ!」


嵐のなか、タケじいさんはルミのかすかな明かりを見つけて、船を港へと導いたのでした。


「ありがとうな、ルミ。おまえの光がなかったら、今ごろ──」


涙がこぼれそうな笑顔で、タケじいさんはルミを見上げて言いました。


ルミは、雨と涙でぐちゃぐちゃになりながらも、

心の奥がふわっとあたたかくなるのを感じました。


「……届いてたんだ。わたしの光」


そう思った瞬間──


雲のすき間から、一筋の月の光が、海をやさしく照らしました。

まるで空からの応援のように。


不思議なことに、ルミの灯りもそれに応えるように、いつもより明るく、力強く輝きはじめました。


波がしずまり、風が遠ざかり、嵐は少しずつ町を離れていきました。





次の朝。

町は嵐の爪あとでいっぱいでした。倒れた木、壊れた小屋、飛ばされた旗。

けれど何よりも、町の人たちは、みんな無事でした。


タケじいさんは、町の子どもたちを連れて、ルミのもとへやってきました。


「ルミ、ありがとう!」

「ルミが光ってくれたから、パパが帰ってきたよ!」

「わたし、ルミみたいになりたいな!」


ルミは、照れくさそうに、でも誇らしげに、小さく光をともしました。


自分は小さいかもしれない。

強くなんてないかもしれない。

でも──ちゃんと誰かを照らせる。

誰かの心に、希望を届けることができる。


ルミは、そう思いました。




それからも、ルミは毎晩、灯りをともしています。

時には星の夜に、時には雨の夜に。

港の人たちは、今日も安心して海に出かけ、

そして、やさしい光に導かれて帰ってくるのです。


ちいさな灯台は、誰よりも大きなあたたかさで、今日も町を照らしています。


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