十二月になり、年末が近くなると、グランディーノの街も慌ただしくなってきた。それと同時に、街ではある噂が流行していた。
「聞いた話によるとクリスマスの夜に、サンタクロースなる怪人が出現するらしい」
十二月半ばのある日の夜、酒場でテーブルを囲む若者達の一人が言った。
「そもそも、そのクリスマスってぇのは何だ?」
「クリスマスというのはだな、大昔に居た、神の子とか、救世主とか呼ばれた偉大なお人の誕生日で、別の大陸では盛大なお祭りが開催されるんだとか」
「なるほど。それでその……サタンクロス? とかいうのは何者なんだ?」
「サンタクロースだ。詳しくは知らないが、どうやら血のような真っ赤な服と帽子を身に着け、空飛ぶ鹿に曳かせた乗り物に乗り、幼い子供の居る家に不法侵入する恐ろしい存在らしいぞ」
「なにっ、人攫いか? ふてえ野郎だ、そもそもそいつは人間なのか?」
「わからん。もしかしたら魔族かもしれん」
「まさか魔神将の手先か? 子供を狙う卑劣さといい、昔この街を襲ってきた変態腐れ外道のピエロ野郎に近いものを感じるが……」
「とにかく、用心したほうが良さそうだな……」
そんな物騒な、曲解された噂が街に流れている事を、よく聞こえる長い耳で敏感にキャッチしたアルティリアは、エリュシオン島へと飛んだ。
「おい、うちのシマで流れてる妙な噂の出所はお前か」
「意味がわからんぞ。一体どういう事だ」
アルティリアは妖精郷にある神殿を訪れ、その神殿の主にして友人である大海神、マナナン=マク=リールを問い詰めるが、彼は容疑を否認した。
仕方なくアルティリアは、街で人々が口にしていた噂の事を教えた。それを聞いたマナナンは、やはり心当たりが無いと答えた。
「アルティリア。もしもその話の出所が俺で、噂が広がっていく際に歪んでいったものだと仮定するならば、まずは真っ先に此処、エリュシオン島で噂になっている筈だ。だが、そんな話は聞いた事がない。まだ疑っているなら、実際に自分で調査してみたらどうだ?」
「いや、それには及ばない。そこまで言うなら本当に知らないのだろう。どうやら私の早とちりだったようで、迷惑をかけた」
アルティリアはマナナンに頭を下げ、謝罪した。そして次に、では噂の出所は一体どこの誰なのだろうかと思考を巡らせる。
「キングじゃない、となると他にクリスマスやサンタの事を知っていて、グランディーノに自由に出入りできる奴か……候補は兎先輩、あるてま、スナおじの三人くらいか……? いや、兎先輩は恐らく違うな。先輩が話したなら、大人よりもむしろ子供達の間で話題になっていそうだ。だが噂をしているのは港や歓楽街の酒場に居るような男達が中心だった」
もしも兎先輩が噂の出所だと仮定した場合、彼女が男達とつるんで酒場に出入りしている光景を思い浮かべると、違和感が生じる。
兎先輩は時々、地上に降り立ってグランディーノを訪れる事があるのだが、彼女は大抵の場合、アレックスとニーナを中心とした街の子供達に囲まれている。兎先輩は子供達のヒーローであり、現地のキッズからの人気はアルティリアを上回る程だ。
「そして逆に、その場に居る姿を想像して、実にしっくり来る人間が一人」
「そう、俺だ」
アルティリアの台詞に被せるようにして、背後から声をかける者が居た。振り向くと神殿の入り口に、一人の男が立っていた。ワインレッドのシャツに黒いスーツを着た、黒髪黒目の精悍な中年男性だ。
彼の名はバロール。アルティリアやマナナンと同じく神であり、そして元LAOプレイヤーである。ゲーム内では『スナイパーおじさん』と名乗っていた、長距離狙撃と罠の扱いでは右に出る者が居ないトップ層のプレイヤーだ。
「お前だったのか。で、どういうつもりだ」
「どうもこうも、ただ単に街の連中と一緒に飲んでる時に、地球に居た頃の癖でつい、そう言えばもうすぐクリスマスだな……って呟いたら、そのクリスマスってのは何だって聞かれたんだよ。そこで色々と教えてやった訳だが、俺もそいつらも、そいつらから又聞きで話を聞いた奴らも全員が全員、酒場の酔っ払いだろう? そんなんだから話に尾鰭が付きまくってな。今はまだ良いが、このまま放っといたらサンタが当日までに原型を留めない化け物になってそうだよなぁ」
「こいつ、他人事みたいに……。おい、責任取って噂を鎮静化させるのを手伝えよ」
ヘラヘラ笑いながらそう説明するバロールに、アルティリアは詰め寄った。
「面倒臭ぇなぁ。どうせ実害なんざ無い酔っ払いの与太話なんだから、放っときゃ良いんじゃねぇの?」
「確かにそうかもしれんが、住民の間に不穏な噂が広がっているのは事実なんだ。それにあんたが言ったように、これから話が変化して不安が大きくなる恐れもある。心配性と思うかもしれんが、対処は必要だろう」
「ほーん。それで、お前さんは俺にどうしろって言うんだい? 住人の一人一人に改めて説明して回れと? やれって言うなら別に構わねぇがよ、俺が話したところでどうせまた、話が変にねじ曲がりそうな気がするぜ」
「……問題はそこだな。何か、皆に誤解無くクリスマスやサンタクロースの事を説明できれば良いのだが」
アルティリアが呟くと、それまで黙っていたマナナンが口を挟んだ。
「大衆に誤解無く伝えるとなれば、ここはやはり実物を見せるしかなかろうよ」
「なんだと? それはつまり……」
「そうだ。お前が実際にサンタクロースに扮して、子供達にプレゼントを配るのだ。現地の住民に敬愛されている女神たるお前がやるのが、最も注目を集められて、かつ誤解無く真実を伝えられるだろう」
「……一理あるがしかし、私が持ってるサンタ服って、アレしか無いぞ……?」
アルティリアが言うアレとは、かつてLAOで期間限定のクリスマスガチャから排出された限定レア衣装の、へそ出しで胸元が強調され、下半身はミニスカートにクリスマスカラーのニーハイソックスという、露出度の高い……身も蓋も無い言い方をすればエロい衣装である。
余談だがその衣装は非常に扇情的でありながら秀逸なデザインで、なおかつ期間限定ガチャのトップレアで再録もされていない事から、現在はプレイヤー間で非常に高額で取引されている。
それを告げるアルティリアに対して、バロールとマナナンは事も無げにこう言った。
「良いんじゃねぇの? LAOでもおめーのサンタコスは人気だったじゃねえか。こっちでもお前の信者達に見せつけてやれよ」
「うむ、別に構わんのではないか」
「良い訳あるかっ! お前ら頭どうかしてるぞ!」
とにかくドスケベミニスカサンタエルフは認めん、女神としての看板に傷が付くからな……と拒否するアルティリアであったが、
「おいアルティリア。お前、それで良いのか?」
そんな彼女を咎めるように、マナナンが厳しい表情で問いかけた。
「……何が言いたい」
「お前はまだ、本当の自分を曝け出す事を恐れているんじゃあないかと言っている。少なくとも俺達やLAO時代の友人達の前でなら、お前はその服を着るのを躊躇う事は無い筈だ。お前はまだ、お前を信じる民衆の事を信じきれていないのではないか?」
「………………」
知った風な事をほざくなとか、いや子供達の目もあるんだからエロ衣装はいかんでしょとか、やろうと思えばいくらでも反論する事は出来たが、アルティリアはそれをしなかった。マナナンの言葉に正しい部分があると悟っていたからだ。
「安い挑発だが、いいぜ乗ってやるよ。誰がうちの信者達の事を信じてないって? 上等だ、やってやろうじゃねえか!」
そう叫び、アルティリアはアイテム袋から例のミニスカサンタコスチューム一式を取り出した。
「だがな、そこまで言ったからにはキング、お前にも付き合って貰うぞ! 原因を作ったスナおじもだ!」
「ふっ、仕方あるまい。今年はキングサンタとして、子供達を楽しませるとしよう」
「やれやれ、サンタさんとか俺の柄じゃあねぇが、しゃーねぇか。だがよ、俺らの衣装はどうするんだ?」
バロールがそんな疑問を口に出した時だった。突然、彼らの前にとある人物が現れた。その者は全身が茶色い毛皮に覆われていて、頭に二本の立派な角を生やしており、頭部の近くに黒い謎の球体を二つ浮かべている。それら機械仕掛けの浮遊球体にはそれぞれ『先』『輩』のホログラム文字が浮かび上がっていた。
「話は聞かせて貰ったよ。君達のサンタ衣装は準備しておいた。勿論、空飛ぶソリもだ」
「兎……いや、トナカイ先輩!」
トナカイ先輩は兎先輩のアナザーフォームであり、十二月半ばから下旬にかけての時期にのみ見る事ができるレアキャラだ。
「よし。これで問題は解決して、話は纏まったな。行こう」
こうしてアルティリア達はサンタクロースに扮して、トナカイ先輩が曳く空飛ぶソリに乗ってグランディーノへと降り立った。
最初は何事かと騒がしかった住民達も、アルティリア達の口からクリスマスやサンタクロースの事を聞くと、納得して落ち着きを取り戻した。
そして、クリスマス当日は神々がサンタクロース役として、子供達のもとにプレゼントを届けに行くと伝えると、街の子供達はその日を楽しみに待つのだった。
その後、グランディーノではクリスマスとは、神々が街へと降臨して子供達にプレゼントを配る祝日として、微妙に誤解された状態で伝わっていくのだった。