イタリアンレストランを出て、少し散歩をした。面接の時間までまだ余裕があったので、オフィス街の街並みを眺めながら、ゆっくりと歩いた。
来年は、こんな場所で働けたらいいな……そんなことを思いながら。
目的地のビルに到着し、ゆっくり階段で四階の受付へ向かった。
受付で面接の旨を伝えると、若い女性が案内してくれた。
「面接会場はこちらになります。お待ちください」
女性が去った後、待合室で深呼吸をした。緊張を和らげようと、周囲を見渡すと、そこには意外な人物がいた。
「ヨッシー!?」
「あっれ~、翔ちゃんじゃん! やっぱり来たんだね!」
ヨッシーこと吉彦は、俺の隣に住んでいる幼馴染だ。
幼稚園から大学までずっと一緒で、いわゆる腐れ縁というやつだ。
「まさかここで会うとは。ヨッシーも面接?」
「そりゃそうでしょ。だって、翔ちゃん、兄貴から勧められたから受けてるんでしょ?」
そう。ヨッシーが言うように、ヨッシーの兄であるまさしさんが熱く勧めてくるので受けてみることにしたのだ。
まさしさんが言うには、まだ小さい会社だけど将来性のある素晴らしい会社なのだそう。特に社長が有能で、とにかく仕事ができる人らしい。
俺に勧めているということは、ヨッシーにも同じように勧めていたということなのだろう。
「そうなんだよ。会社でもヨッシーと一緒だったりしてな」
「僕はまだここに決めたわけじゃないよ。一応内定は三つもらってるし」
「相変わらず凄いな……」
ヨッシーは頭もいいし、要領もいい。見た目も優しそうなゆるふわ男子なので女子にもモテる。俺とは正反対なタイプだ。
でも、なぜかいつも俺と一緒にいるんだよな。
「あ、僕呼ばれたみたい。先に行ってくるね~」
ヨッシーはそう告げ、軽い足取りで面接に向かった。
内定が出ている人は余裕があるな……。
五分ほど経ち、ヨッシーが戻ってきた。
でも、なんか微妙な表情をしているような……。ときどき首を傾げて何か考えてるし。
「どうだった?」
「う~ん、自分の目で確認してみたらいいと思うよ。次、翔ちゃんの番だってさ、頑張ってね」
自分の目で確認? 一体なにがあったんだろう……。
とにかく、俺はまだ内定が出ていないんだし、本気で臨むしかない。
――
「失礼します」
「どうぞ~」
ドアを開けると、そこには広々とした会議室があった。正面の席には、見覚えのある白い着物の女性が座っていたので、俺は思わず目を疑った。
「えっ!?」
そこにいたのは、先ほどのイタリアンレストランで出会った女性だった。彼女は何食わぬ顔で社長席に座り、ペットボトルの水を手に取った。
その時、机の上に置かれたプレートが目に入った。
『代表取締役社長 神白石萌奏』
この天然な女性が、まさしさんが認める敏腕社長だというのか。
ちょっと! ま・さ・し・さぁぁぁぁん!
「あ、染み抜きさんでしたっけ? 水、どうぞ」
(染み抜きさんって何だよ……)
女性が水を渡そうとした瞬間、隣に置かれていた他のペットボトルがドミノのように倒れた。
慌てて直そうとした彼女は、今度は机の上の書類を床にぶちまけてしまった。
「あ、ごめんなさい! すぐに拾います!」
女性が慌てて書類を拾い始めた。
そのあまりのドジっぷりに、思わず笑みがこぼれてしまう。でも、この状況、すごく既視感があるんだよなあ。
「私も拾います」
俺は、床に散らばった書類を丁寧に拾い始めた。種類ごとに分け、順番通りに重ねていく。
その様子を見ていた女性は、不思議そうな表情を浮かべた。
「てしがわらさん、優しいですね」
女性は面接書類を確認してから、正しい名前で呼び直した。
「いえ、普通のことですよ」
「そうですか。私、神白石萌奏といいます。この会社の社長です」
「やはり、社長さんだったのですね」
「はい。で、てしがわらさん、採用です」
「えっ!?」
二度目に目を丸くした。面接も始まっていないのに、いきなりの採用とは。しかも、この天然な社長に。正直、不安しかなかった。
「だって、てしがわらさん、優しいですもの。それに、柔らかい感じがする。こういう人、うちの会社には必要です」
女性はにっこりと笑った。その笑顔は、先ほどのイタリアンレストランで見たものと同じだった。
「ちょっと待ってください。私、まだ後片付けしかやってないのですが……」
「大丈夫です。女の勘が採用だと言っていますから! たぶん」
女の勘? ナニソレ?
「えっと、本当に採用なのでしょうか?」
「本当です。新年度が楽しみですね~」
初めて内定が出たのは嬉しいのだけど、この会社大丈夫なのか!?
もう心配しかないんだけど……。
「面接はこれで終わりです。次の方、呼んでいただけますか。確か……みこしばさんかな、たぶん」
『たぶん』が多いなあ。
「はい、承知しました。面接ありがとうございました」
「あ、そうだ。てしがわらさん、頑張ってくださいね」
思わず笑みがこぼれた。この天然な社長に、頑張れと言われるとは。でも、なぜか嫌な気はしなかった。
「はい、頑張ります」
女性は満足げに頷き、俺は部屋を出た。
イタリアンレストランでの出会い、そしてこの面接。全てが偶然のようで、でもどこか必然のような気がした。
「株式会社神白石、か」
小さく呟いた。この会社に入社したとしたら、どんな日々が待っているのだろう。正直、不安でいっぱいだった。
「よし、他の面接も頑張ろう。ここは……ヤバい!」
心の中で決意を新たにした。
――
待合室に戻った俺は、次の人を探した。
「えっと、みこしばさん、いらっしゃいますか?」
「……あ……はい……私です……」
そこには前髪で顔が隠れている、気の弱そうな女性が立っていた。
「みこしばさんの番だそうです。頑張ってください」
「……あ……ありがとうございます……」
この人、大丈夫なのかな?