学校から帰ってきた
「いつの間に帰ってたの。ただいまも言わないで。ほら、学校からの連絡帳は? 宿題もあるの?」
「うん」
テーブルの上に、顎を乗せて動かない。何もしたくなくて止まる。学校での出来事を話すことなく、ぼんやりする。
「宿題!!」
美咲はイライラがとまらない。夕飯前に宿題を終わらせてほしいという気持ちが強い。
「やだ!」
「なんでよ?」
「学校でいろいろあって疲れたから、それどころじゃない!!」
バンッとテーブルをたたく絵那子に驚く美咲は、さらに逆ギレする。
「宿題しないなら、夕飯も抜きだよ。ゲームも禁止だからね!」
美咲も先生からの圧力で宿題させたくて強く出る。宿題しないことによる先生からの子供の評価がさがるからか、はたまた保護者同士の世間体かはわからない。いつも母からの何かしらの条件をつけないとやらないのか、プレッシャーを与えられないとできないのかはわからない。いつもなんだかんだ文句言いながらもやっていた絵那子は、今日は何かが違うようだ。
「お母さんなんて、自分のことばかり!! こんな家、出てってやる!」
「え?!」
夕飯抜きと言われたことに切れたのか自分でもわからない。突然、リビングから飛び出した。
「絵那子!」
追いかけようとした美咲の声は遠くなる。いつもの通学路を上着を着ないで飛び出した。まっすぐ続くアスファルトには大きな水たまりがあった。買ったばかりのスニーカーでその上を歩くと波紋ができた。水が虹色に反射する。鐘の音がどこからか聞こえた。見たこともない森が突然目の前に現れた。小鳥のさえずりが奥から聞こえてくる。別次元かもしれないこの空間に絵那子は足を踏み入れた。大きな木の根っこには、目の大きくて細い黒猫がこちらを見ている。こっちだと誘うようにちらちらと首を動かす。
「え、どこ行くの」
誘惑につられて、絵那子は黒猫に着いていく。猫好きである絵那子は、可愛くて放っておけない。もう元の世界には戻れなくなることも知らずに深い森の中へとずんずん立ち入っていった。草木は覆い茂っていて、中は薄暗い。吹きすさぶ風はものすごく冷たい。不気味にカラスが鳴いている。そんな悪条件でも行きたい気持ちになる絵那子の心の闇は誰も知る由もない。