いつもの交差点、いつもの車、いつもの同乗者。助手席には彼女を乗せていた。
黒いセダンの乗用車の運転席でハンドルを握っていた。フロントガラスに雨の粒がたまり始める。雨粒をいつかまだかとワイパーを動かすことなく、貯金するようにためていく。だんだんと視界がぼんやりと見づらくなってくる。
右折レーンに移動して、右に曲がるのを今か今かと待っていた。
信号機の赤信号で青い右矢印の信号が出るのを待っていた。
待てど暮らせど、赤にもならずに、次々と後続車が左側を通り過ぎていく。
長い時間、止まっていた気がした。
青だったと思っていた信号が緑に見え始めて、赤だと思った信号が紫色に変わった。横にいた車に大きくごつごつした鬼ががっちりつかんでいた。目を大きくして驚hいて、後ろの車を確認した。真っ白いドレスをして、赤いネイル、赤いハイヒール、真っ赤なルージュをつけた口裂け女がフロントガラスにしがみついている。
さっきまで見えなかったものが次々と現れる。信号機が青じゃなく、紫になった瞬間、この世とあの世の境目に入り込んでしまった。
「ねぇ、どこに行く予定?」
彼女を乗せていたはずの席に知らない男の子が助手席に座って聞いてくる。後ろには誰もいなかった。
「え?」
「前、見ないと危ないよ。ほら」
フロントガラスを指さして、言うが、もう手遅れだった。ブレーキを慌てて踏むがドンッと電柱にぶつかってしまう。エアバックが飛び出して、万事休す。けが一つしなかった。シューッと車が変な音を出している。ドアが開かずに窓から体を出して外に出た。目の前には電柱だけあって、地面は真っ白い雲だけふわふわと浮かんでいた。
ここは、異次元空間かもしれない。乗っていたはずの彼女もいない。俺の体はどこにあるのか。透ける体を触ることができなかった。
「戻れ」
白い長い髭を生やした老人が後ろからボソッと呟いた。振り返ると、誰もいなくなっている。戻るってどこに戻ればいいのか見当もつかない。とりあえず、車の運転席に行けばいいのかと崩れ落ちそうな車体の下に潜ろうとした。
ブンッっと杖を振り下ろす音が聞こえると、俺の体がくの字に曲がって空中を勢いよく後ろに飛ばされた。
目に見える空間が、すべて白くなる。
現実世界に戻ると物凄く熱い炎に包まれた街が広がっていた。
――できることならここに戻りたくなかった。俺は血が出るほど拳を強く握りしめた。
いつから異次元なのか、わからなかった。