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第02話 三人の王族男子

「……う……」

「痛いか、ジン?」

「へ、平気です」

「いい子だ」


 若い男二人の囁きと、ベッドが軋む音。


「……ん……んん?」


 床の上に座った状態で眠り込んでいた男が目を覚ました。途端に、体の痛みを知覚し、顔を歪める。痛むところを手で押さえようとするも、縄で縛られており、身動きが取れない。

 こやつは、昨夜、シェリーズ王子を襲撃した男だ。

 任務に失敗したことを思い出し、苛立ちをぶつけるように、


「そこおるんはジンか!? クソガキャ、てめぇのせいで……!」


 ベッドの音がぴたっと止む。

 天蓋に取り付けられたカーテンが少しめくられて、シェリーズが顔を覗かせる。


「お目覚めかい?」

「く……なんでわしを殺さんかったんじゃ! わしから情報を引き出すつもりか!? 無駄じゃい。わしゃ拷問されたって、魔法の使い方を吐きはせんぞ!」

「落ち着け。きみのようなおじさんをいたぶる趣味はない。それに、サクランボのヘタは、きみの口から出しておいた。きみは無力だよ」


 シェリーズの言葉が男を驚愕させる。

 いかにも、魔法を発動するにはサクランボのヘタが必要なのだ。が、それは門外不出のはず。どうしてこの王子が知っているのか。


「ジンじゃな?」


 男は目だけ動かして、裏切り者の姿を探す。その視線が、シェリーズの下で裸になっているジンを捉えた。


「お、おおお、お前ら何してんだ!!」

「王子、カーテンを閉めてください!」


 ジンが耳まで赤くする。


「ヴィスクムめに覗かれております!」

「だ、誰が好き好んで覗くかい! おどれらが見せつけとるんじゃろうが!」


 ヴィスクムと呼ばれた男は、てっきり二人が淫事を営んでいるのだと思い込んでいた。しかし、事実は異なる。

 彼の位置からはよく見えなかったが、シェリーズはジンの体に入れ墨を彫り込んでいたのだ。透明の墨が、針を通じてジンの体内に注がれる。体温が過度に上昇した時だけ、赤黒い色で現れるという特殊な墨。

 やがてシェリーズが感慨深げに、


「ようやく完成だ。一生消えない愛を刻み込んでやったぞ」

「う、嬉しゅうございます、王子……」


 ほっと一息つくジン。まだ体に力が入りきらないようで、くてっとしている。


「何なんだ、こいつら……」


 呆れ顔のヴィスクムだった。


     *     *


 昨夜、襲撃を受けた後、シェリーズはどうしてもヴィスクムを王宮に持ち帰りたいと主張した。


「きみも知っての通り、我がサクランボ王国には恥ずべき歴史がある。できることなら、私はヤドリギ一族の者と話し合って、どうにか平和への糸口を探りたい」

「そう上手くいきますかね」


 不満の色をあらわにしながら、ジンは、


「まずこやつを運んで、引き返してから王子を王宮までお連れする必要があります。しばしの間、ここで大人しくなさっていてください」

「騒がしくすると思うかい? たとえば、道行く男に声をかけるとか……」

「やりかねませぬな。やはり、ヴィスクムはここで処しておきましょう」

「冗談だよ! 私が愛しているのはきみだけだから」


 これだけの言葉で機嫌をとられてしまうジンなのだから、他愛ない。

 さて、ジンは再び口の中へサクランボのヘタを入れた。これを口の中で複雑な形に結ぶことで、魔法が発動する。ジンの魔法は【かくれんぼ】。着ている服や佩いている刀を含め、自分自身を透明化する。


「よいしょ……」


 ヴィスクムをひょいと担ぎ上げる。すると、ヴィスクムまで透明になった。両手で触れている間は、自分以外も一人だけ透明にできるのだ。

 この魔法のおかげで、ジンもシェリーズも、見張りの目を欺き、城を容易く脱け出せている。

 さて、このようにシェリーズは、どこまでも優しさに裏打ちされた考えで計画を立てているわけだが、一方、ジンはジンなりに考えがあった。ヤドリギ一族がシェリーズ王子暗殺のため本格的に動き出したのなら、


 ――俺以外にも間者を王宮へ放っているかもしれぬ。


 ヴィスクムを釣り餌にしようというわけだ。


     *     *


「父上、お見事!」


 朝食を済ませた後、シェリーズは国王陛下より、御料での狩りに招待された。

 得物は弓矢。サクランボ王国の王族男子は弓術を修めることが習わしとなっている。

 ジンを始め、王室護衛団はお側に控えている。


「おべんちゃらを抜かすでないわ」


 言葉とは裏腹に、国王オウトウの表情は明るい。狩りそれ自体もさることながら、愛息シェリーズと過ごせることも格別の喜びであった。ところが、オウトウが次の矢をつがえようとした時、


「う……」


 手が震え始め、おまけに大きな咳が続いた。

 シェリーズが心配そうに、


「父上……」

「ふ、ふ……。わしも歳じゃな。近頃、どうも病みがちでな。どれ、シェリーズ。今度はおぬしが射ってみろ」


 オウトウは期待の眼差しを息子に向ける。

 今しも、一羽の鳥が悠然と空を飛んでいる。都合のいいことに、王族男子たちのいる方へと進んでいるのだが、シェリーズは弓を構えたまま、なかなか矢を放たない。やがて鳥がシェリーズのちょうど真上に来たところで、

 ひゅ――

 矢はまっすぐ飛び、鳥を貫いた……ように見えた。しかし鳥は驚いた様子で慌てて逃げ去った。


 ――当たらなかったのか?


 オウトウはがっかりしたが、そうではない。

 弧を描いて落ちてきた矢には羽根が一本ついている。


「父上、いかがです」


 胸を張るシェリーズ。

 オウトウは瞠目し、


「ふうむ。大したものじゃ。しかし、なぜ射殺さなかったんじゃ?」

「無益な殺生は好みませんので」

「何が無益なことか。わしらの食事になるんじゃぞ」


 ところで、現在、サクランボ王国の王族には三人の男子がいる。

 国王オウトウ。王子シェリーズ。そして、もう一人が、


「ぼくにも、やらせてくださいよう!」


 溌剌と身を乗り出した、この男。

 名をプラナスという。

 ウェーブがかった金髪に、中性的、いや女性的と称しても差し支えない顔立ちをしており、王子と紹介されなければ誰もが王女と誤解するだろう。


「ふん……おぬしに射らせたところで矢の無駄打ちじゃわい」


 王はなぜか冷たい。

 シェリーズの取りなしがなければ、きっと許しをいただけなかっただろう。それにしても、ただ鳥獣を標的にするのでは、


「つまらんじゃろ」


 と意味深長にオウトウは笑った。王が手を叩くと、護衛たちが一人の少年を連行してきた。全身が痩せ細っており、足取りはおぼつかない。


「これ、プラナスや。こやつはヤドリギ一族の者じゃ。今から、縄を外し、解き放ってやる。もしおぬしの矢が命中せねば、わしらは貴重なヤドリギを一匹失うことになる」

「逃げられてもいいんですか?」


 プラナス王子がへらへら尋ねると、オウトウは苦い顔つきで、


「逃げられたなら、魔法について聞き出すことは叶わん。そうなったら、二度とおぬしを狩りになぞ呼んでやるものか」

「面白い!」


 プラナスはいきりたつ。

 と、ヤドリギの少年が自由を与えられ、一気に駆け出す。

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