「……う……」
「痛いか、ジン?」
「痛い……けど我慢できます」
「よし、いい子だ」
若い男二人の囁きと、ベッドが軋む音。
「……ん……んん?」
床の上に座った状態で眠り込んでいた男が目を覚ました。途端に、体の痛みを知覚し、顔を歪める。痛むところを手で押さえようとするも、縄で縛られているらしく、身動きが取れない。
こいつは、昨夜、シェリーズ王子を襲撃した男だ。
任務に失敗したことを思い出し、苛立ちをぶつけるように、
「そこにいるのはジンか!? クソガキャ、てめぇのせいで……!」
ベッドの音がぴたっと止む。
天蓋に取り付けられたカーテンが少しめくられて、シェリーズが顔を覗かせる。
「お目覚めかい?」
「く……なんでわしを殺さんかったんじゃ! わしから情報を引き出すつもりか!? 無駄じゃい。わしゃ拷問されたって、魔法の使い方を吐きはせんぞ!」
「落ち着け。きみのようなおじさんをいたぶる趣味はない。それに、サクランボのヘタは、きみの口から出しておいた。きみは無力だよ」
シェリーズの言葉が男を驚愕させる。
いかにも、魔法を発動するにはサクランボのヘタが必要なのだ。が、それは門外不出のはず。どうしてこの王子が知っているのか。
「ジンじゃな?」
男は目だけ動かして、裏切り者の姿を探す。
その視線が、シェリーズの下で裸になっているジンを捉えた。
「お、おおお、お前ら何してんだ!!」
「王子、カーテンを閉めてください!」
ジンが耳まで赤くする。
「ヴィスクムめに覗かれております!」
「だ、誰が好き好んで覗くかい! おどれらが見せつけとるんじゃろうが!」
ヴィスクムと呼ばれた男は、てっきり二人が淫事を営んでいるのだと思い込んでいた。しかし、事実は異なる。
彼の位置からはよく見えなかったが、シェリーズはジンの体に入れ墨を彫り込んでいたのだ。透明の墨が、針を通じてジンの体内に注がれる。体温が過度に上昇した時だけ、赤黒い色で現れるという特殊な墨。
やがてシェリーズが感慨深げに、
「ようやく完成だ。一生消えない愛を刻み込んでやったぞ」
「う、嬉しゅうございます、王子……」
ほっと一息つくジン。まだ体に力が入りきらないようで、くてっとしている。
「何なんだ、こいつら……」
呆れ顔のヴィスクムだった。
* *
昨夜、襲撃を受けた後、シェリーズはどうしてもヴィスクムを王宮に持ち帰りたいと主張した。
「決して卑猥な目的ではないぞ。私が愛しているのはきみだけだから」
睨むジンに、シェリーズは一応釈明をした。
「きみも知っての通り、我がサクランボ王国には恥ずべき歴史がある。できることなら、私はヤドリギ一族の者と話し合って、どうにか平和への糸口を探りたい」
「そう上手くいきますかね」
不満の色をあらわにしながらも、ジンはヴィスクムをひょいと担ぎ上げ、王宮まで運んだのだった。
シェリーズは暗殺未遂に遭ったことすら報告せず、どうやら一切を自力で処理するつもりらしい。
一方、ジンはジンなりに考えがあった。ヤドリギ一族がシェリーズ王子暗殺のため本格的に動き出したのなら、
――俺以外にも間者を王宮へ放っているかもしれぬ。
ヴィスクムを釣り餌にしようというわけだ。
* *
「父上、お見事!」
朝食を済ませた後、シェリーズは国王陛下より、御料での狩りに招待された。
得物は弓矢。サクランボ王国の王族男子は弓術を修めることが習わしとなっている。
ジンを始め、王室護衛団はお側に控えている。
「おべんちゃらを抜かすでないわ」
言葉とは裏腹に、国王オウトウの表情は明るい。
狩りそれ自体もさることながら、愛息シェリーズと過ごせることも格別の喜びであった。
ところが、オウトウが次の矢をつがえようとした時、
「う……」
手が震え始め、おまけに大きな咳が続いた。
シェリーズが心配そうに、
「父上……」
「ふ、ふ……。わしも歳じゃな。近頃、どうも病みがちでな。どれ、シェリーズ、今度はおぬしが射ってみろ」
オウトウは期待の眼差しを息子に向ける。
今しも、一羽の鳥が悠然と空を飛んでいる。都合のいいことに、王族男子たちのいる方へと進んでいるのだが、シェリーズは弓を構えたまま、なかなか矢を放たない。やがて鳥がシェリーズのちょうど真上に来たところで、
ひゅ――
矢はまっすぐ飛び、鳥を貫いた……ように見えた。しかし鳥は驚いた様子で慌てて逃げ去った。
――当たらなかったのか?
オウトウはがっかりしたが、そうではない。
弧を描いて落ちてきた矢には羽根が一本ついている。
「父上、いかがです」
胸を張るシェリーズ。
オウトウは瞠目し、
「ふぅむ。大したものじゃ。しかし、なぜ射殺さなかったんじゃ?」
「無益な殺生は好みませんので」
「何が無益なことか。わしらの食事になるんじゃぞ」
ところで、現在、サクランボ王国の王族には三人の男子がいる。
国王オウトウ、王子シェリーズ、そしてもう一人が、
「ぼくにも、やらせてくださいよう!」
溌剌と身を乗り出した、この男。
名をプラナス・ケラススという。
ウェーブがかった金髪に、整った顔立ち。中性的、いや女性的と称しても差し支えない容姿をしており、これが王子と言われなければ誰もがお姫様かと思い込むだろう。
「ふん……おぬしに射らせたところで矢の無駄打ちじゃわい」
王はなぜか冷たい。
シェリーズの取りなしがなければ、きっと許しをいただけなかっただろう。それにしても、ただ鳥獣を標的にするのでは、
「つまらんじゃろ」
と意味深長にオウトウは笑った。王が手を叩くと、護衛たちが一人の男を連行してきた。年端のいかない少年だ。
「これ、プラナスや。こやつはヤドリギ一族の者じゃ。今より解き放ってやる。もしおぬしが命中できなければ、わしらは貴重なヤドリギを一匹失うことになる」
「もし逃げられたら……?」
プラナス王子がへらへら尋ねると、オウトウは苦い顔つきで、
「魔法について聞き出すことは叶わんじゃろう! そうなったら、二度とおぬしを狩りになぞ呼んでやるものか」
「面白ぉい!」
プラナスはいきりたつ。
と、ヤドリギの少年が錠を外され、一気に駆け出す。