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第22話 夢の終わり、恋の続き

 シェリーズは笑っていた。自分に殺意が向けられている。ヤドリギが自分の眼前に立っている。次の瞬間には殺されているかもしれない。それでも彼は、


「私を殺して、きみは生きろ」


 と笑って言える男だった。

 さすがのシスネヴラも魔法を放つのを躊躇した。

 その時、


「王子……」


 ジンは不思議な感動に包まれていた。今までに体験したことのない、人間が人間に対し抱くことのできる、最も深くて最も尊い感情、即ち、


 ――尊敬。


 である。

 だから、平気で命を賭けることができた。


「王子。掴まっていてください」


 言いつつ、ジンはサクランボを口に入れ、刀を振りかぶった。シスネヴラが振り返った時、既にジンの姿は消えている。魔法【かくれんぼ】による透明化だ。

 自分は裏切られない。そう思い込んでいただけに、シスネヴラの焦りはひどかった。


「ジン! どこだ!」

「……」

「卑怯な真似はよせ! 私との絆を忘れたか!?」


 言いながら、めったやたらに【発火ミント】を連発する。

 木と縄でできた橋に、簡単に火が着いた。火はどんどん大きくなる。結果的に、これがシスネヴラの視界を悪くし、自滅に追い込んだ。

 見えない斬撃。

 立っている板を斬られ、シスネヴラが真っ逆さまに、崖下の川へ落ちて行く。落下の最中、


「飼い犬に手を噛まれるとはな……!」


 と負け犬が遠吠えた時、


「死ね」


 透明の一閃。

 シスネヴラの首が胴体から離された。

 どこからともなくサクランボのヘタが空中に舞い、ジンの姿が現れる。重力に身を任せ、目をつぶったまま身じろぎしないジンには、


 ――もう死のう。


 という覚悟があった。

 だが――


「しっかりしろ!」


 聞き慣れた声と初めて知るたくましい腕に掴まれ、着水。

 すぐに水から顔を出し、


「どうして……!」


 とジンは叫んだ。

 ジンを庇うように、自分の背中から川へ落ちたシェリーズだったが、幸いにして負傷はしていないようで、


「殺すなと言ったはずだぞ!」


 こちらも大きな声で叫んだ。


「俺は……」

「ヤドリギ一族であろうと、そうでなかろうと、命は平等に重い」

「……よく俺を掴まえられましたね」

「話をそらすな」

「透明になってたはずですが」

「ああ……そう言えば、落下の途中まで、なぜかきみの姿が見えなくなった。あれもシスネヴラの魔法なのかな?」

「俺の魔法ですよ」

「……何?」


 ジンは食って掛かるように、


「俺はヤドリギなんです! 俺の魔法は透明になることで、ずっとあなたに自分を偽っていて……それで……俺は……」


 涙を流しながら、


「俺を殺してください」


 数日前に降った雨の影響で、水の量が多く、流れが速い。川は、ちっぽけな二人を軽々と運んでいく。


「煮るなり焼くなり、お好きになさってください。ヤドリギなんて、本当にくだらない。名前も出自も嘘ばかり。人を騙してばかり。生きる価値なんて、ありませぬ。どうして俺なんかを助けたんですか。見殺しにしてくださればよかったのに……」

「王子が護衛を守っちゃ悪いか?」

「悪いです」

「きみは私の大切な……臣下だ」

「……」

「……ああああ! もう、やめだ!」


 突如として王子が意味不明の奇声を発したことによって、めそめそ泣いていたジンも唖然とする。


「隠すのはやめよう。きみを愛してる!」

「……はあ?」

「愛してるから、飛び込んだ。きみを死なせたくなかった。これが本心だ」

「正気ですか?」

「わからん! どうかしてしまったかもしれない」

「俺はヤドリギですよ?」

「ああ……驚いたけど、どうでもいいよ。かわいいことに変わりはないんだし」

「……王子……」

「シェリーズと……呼んでくれないか」

「どうしてでしょう? 身分差の恋に憧れておられたのでは?」

「ふ。こいつ!」

「俺は……もし許されるのであれば……これからも護衛として、お側にいたく存じます」

「では……私とは……」

「ですから、俺に命令してください」

「?」

「何なりと……」

「……じゃ、じゃあ、目を閉じろ」


 言われた通り、ジンは目を閉じた。

 シェリーズが目を開けたまま、ジンに顔を近づける。

 小さな唇に、大きな唇が重なりそうになる寸前……


「あ。これはいけませぬ!」


 慌てて、ジンがシェリーズを抱え、川から飛び出た。


「なんだ、なんだ」

「危うく滝壺へ落ちるところでした」


 川が終わる寸前であった。滝は、さほど高くはないが、流れが激しいため、落ちていたら二人とも無事ではなかったかもしれない。

 滝壺を見て、ひやっとするジンとシェリーズ。見つめ合い、自然と笑みがこぼれる。黙りこむ。今度は二人とも目を閉じ、キスをした。


     *     *


 あの日、あの時、シェリーズにキスされたのと同じところを、今のジンはドクダミの触手によって、塞がれている。

 話は現在に戻る――

 教会の二階。寝室において、粘液製の部屋にジンが閉じ込められている。


「う……」


 ジンが声が喋れないのをいいことに、ドクダミは触手を駆使し、ジンの服をそろりそろりと脱がしていく。

 ぬめっとしたミミズのような物体が自分の体を這う。しかも、それはドクダミの股間から出ている。とんでもなく、


 ――気持ち悪い!


 のだが、しかし、じらすようにあちらこちらを触られると、どうしても体は反応してしまう。

 ジンの懸念は二つ。感じてしまうこと。そして、体温の上昇により、体に入れ墨が浮かび上がること。いずれもシェリーズにだけ許せることであり、ドクダミの如き醜男にされてしまうのは屈辱以外の何物でもない。


「ずうっと、こうしたかったんですよお」


 攻め方も口調も性格もねちっこく、ドクダミはジンをもてあそぶ。


「ああ、ジン。あなたは罪な子ですねえ。護衛の身分で、しかも本当はヤドリギ一族でありながら、一国の王子と関係を持つなんて……」

「う……うう」

「そもそもねえ、わたくしに、お世話になったくせにい。わたくしの気持ちに、どうして気づいてくれなかったんですかあ? 結局、真面目な男よりも、若くて顔のいい男がいいんでしょお?」

「ぐっ!」


 ドクダミは、ひたすらジンを触手で愛撫する。妬みと憧れの混ざり合った老齢の劣情をほとばしらせるように。そうしながら、


「早くしないと、取り返しのつかないことになりますよお。もったいぶらず、国宝の在処を吐いたらどうですう?」


 壁の外にいるシェリーズを煽った。

 身をのけぞらせるジンは、内心、ほっとしていた。なぜなら、ドクダミの発言は、彼が何も知らないことを意味しているからである。

 実際、ドクダミは何も知らない。

 国宝がどこにあるかも知らなければ、隠し場所を記した暗号が、


 ――俺の体に、入れ墨として彫り込まれてることも……!


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