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異世界誘拐事件録 Chapter0
異世界誘拐事件録 Chapter0
明智吾郎
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年07月07日
公開日
1.6万字
連載中
異世界誘拐事件録から20年前、魔王を殺すまでの冒険を描いた物語である 妹が行方不明となり、いじめられっ子で気弱な少年太郎は姉を探しに異世界へと迷いこむ。 そして、突如として異世界の空から現れた巨大生物"仮称アルファ" これは、歩と若きクライス王子(20歳)率いる魔王討伐パーティーが魔王と呼ばれた"怪物"を殺すまでの物語

第1話 少年

 昭和二十五年五月十日、午後五時。

 ――ガタン、ガタン……。


 耳の奥に響く電車の音で目が覚めた。


 瞼をゆっくり開くと、目の前には錆びたトタンと山積みのごみ袋。重たいまぶたを持ち上げるたびに、鈍い痛みが額を突き上げてくる。頬が腫れて、冷たい地面に触れていた腕は、まだ震えていた。


 「あれ……ここ、どこ……?」


 ぼくの名前は赤羽太郎。タローって呼ばれてた。

 あのころ、ぼくはまだ五歳。東京の下町の古い家に、お姉ちゃんと二人で暮らしてた。


 お姉ちゃんの名前は、みゆき。

 やさしくて、強くて、ぼくにとっては世界の全部だった。


 お父さんは警察官だった。

 でも、怖い人だった。叱るとき、叩くとき、怒鳴るとき、全部が痛かった。

 どうして怒ってるのか、よくわからなかった。ただ、機嫌が悪い日は、何をしてもだめだった。


 お母さんは、ぼくが二歳のときに死んだ。

 だから、お姉ちゃんとぼくは、ふたりでこっそり泣いて、ふたりで小さな楽しみを見つけて生きていた。


 ある日、急に大人たちがざわざわしはじめた。

 お父さんが――女子高生に、悪いことをしたって。ニュースにもなって、捕まった。


 そのとき、思わず口からこぼれた。


 「……やったぁ」


 口にしたあと、少しだけ怖くなった。けど、本当の気持ちだった。

 これで、もう怒鳴られなくてすむ。

 もう叩かれなくてすむ。


 けれど――解放は、長くは続かなかった。


 二日後、ぼくが朝起きたとき、お姉ちゃんがいなかった。

 まだ早い時間だったし、きっと学校に行ったんだ。そう思おうとした。


 その日の夜。

 残っていた甘いパンをかじりながら、毛布にくるまっていた。


 ――バリンッ!


 何かが割れる音。びっくりして、和室へ駆け込む。

 窓ガラスが粉々に砕けて、畳の上に鋭い破片が散らばっていた。


 怖くなって、自分の部屋に戻った。

 毛布を頭までかぶって、がたがた震えながら、お姉ちゃんが帰ってくるのを待った。


 でも、翌朝になっても……お姉ちゃんは、いなかった。


 玄関を出て、街を探そうと決めた。

 でも、すぐに見つけたのは――壁に書かれた言葉だった。


 《変態家族》《犯罪者の血》《消えろ》


 手が、冷たくなった。息が詰まる。

 逃げるように走り出したそのときだった。


 ドン!


 人にぶつかった。見ると、不良っぽい高校生だった。


 「ご、ごめんなさ――」


 言いかけた瞬間、ドゴッ、と顔面に衝撃が走った。


 二発、三発。

 気がつけば、ごみ捨て場に転がっていた。頭が痛い。顔が、熱い。


 「クソが」


 捨て台詞を吐いて、不良は去っていった。


 気がついたとき、夕方だった。

 ぼくはよろよろと立ち上がった。


 「お姉ちゃんを……探さなきゃ……」


 目が痛い。鼻血が乾いて、顔がつっぱる。

 でも、立ち止まったらもう会えない気がして、ぼくは歩きつづけた。


 気づけば、人気のない郊外まで来ていた。

 古びた倉庫を見つけて、今夜はここで休もうと決めた。


 中には何もない。ほこりと風の音だけ。

 その奥に――木の扉が立てかけてあった。


 何気なく近づいたときだった。


 「……あれ」


 足元に落ちていた、小さな飾り。

 桜の花の髪飾り。お姉ちゃんが、いつも髪につけてたもの。


 「お姉ちゃん……?」


 まるで誘われるように、ぼくはその扉を開けた。


 途端に、光があふれた。


 「なに……これ……」


 そこにあったのは、ぼくの知ってる東京じゃなかった。

 海の街。だけど、異様な静けさと、匂いと、光と。

 まるで、夢の中みたいな――どこか、遠い世界だった。


 ぼくはそのまま、ふらふらと、扉の向こうへと足を踏み入れてしまった。


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