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社長、奥様はもうずっと前から離婚をお考えですわ
社長、奥様はもうずっと前から離婚をお考えですわ
月時雨
恋愛結婚生活
2025年07月07日
公開日
2万字
連載中
結婚七年、藤原悠真の陽菜への態度は冷たいままだった。それでも藤原陽菜は微笑みを絶やさなかった。 陽菜は悠真を深く愛していたから。 いつかきっと、この冷たい心を温められると信じていたから。 しかし待っていたのは、悠真が別の女性に一目惚れし、寵愛を注ぐ現実だった。 それでも陽菜は婚姻を守り続けた。 誕生日当日、はるばる海外まで悠真と娘の景子を訪ねた陽菜を待っていたのは、空っぽの部屋だけだった。 悠真は娘を連れてあの女性のもとへ向かっていた。 その瞬間、陽菜の心は完全に冷め切った。 自分が育てた娘が他の女を「お母さん」と呼んでも、もう胸が痛むことはなかった。 離婚届けを作成し、親権も放棄。陽菜は潔く去り、父娘との一切の関わりを断った。 悠真が離婚届にサインするのを待つだけとなった。 家庭を捨て事業に打ち込んだ陽菜は、かつて自分を蔑んでいた人々が舌を巻くほど莫大な富を築いた。 ところが、いくら待っても悠真から離婚の話は出てこない。 むしろ、かつて家に帰らなかった男が頻繁に帰るようになり、べったりとまとわりついてくる。 「離婚? あり得ない」 かつて高慢で冷徹だった悠真が、彼女を壁に押し込めてそう宣言した時、陽菜は初めてこの男の本質に気づいた――

第1話

藤原陽菜がアメリカの空港に降り立った時、既に九時を過ぎていた。


今日は彼女の誕生日だった。


スマートフォンの画面には、同僚や友人からの祝福メッセージが溢れていた。


しかし、藤原悠真とのチャット欄だけが何のメッセージも来なかった。


藤原陽菜の唇に浮かんでいた微笑みが、徐々に薄れていった。


藤原家の本邸に着いたのは十時を過ぎてからだった。


執事の田中さんは彼女を見て、明らかに驚いた様子で「奥様? どうして急に……」


「悠真と景子は」


「ご主人様はまだお戻りになっておりません。お嬢様はご自分のお部屋で遊んでおります」


藤原陽菜は荷物を田中さんに渡し、階段を上がって娘の部屋のドアを開けた。


藤原景子は小さなパジャマを着て、一心不乱に机に向かっていた。


母親が入ってきたことにも気づかないほど夢中だ。


「景子」


振り向いた景子は「ママ!」と嬉しそうに叫んだが、すぐにまた作業に戻った。


陽菜は娘を抱きしめようとしたが、小さな手で押しのけられた。


「ママ、邪魔しないで。忙しいんだから」押し寄せる懐かしさに、陽菜はたくさんの言葉を胸に詰まらせたが、娘の楽しみを邪魔したくなかった。


「貝殻のネックレスを作ってるの」


「うん!」


景子は急に生き生きとした表情になった。


「知絵お姉さんの誕生日が近いから、パパと一緒にプレゼントを作ってるの! この貝殻、全部パパと磨いたんだよ。きれいでしょ?」


陽菜の喉が締め付けられた。


まだ口を開く前に、娘は背中を向けたまま続けた。


「パパ、知絵お姉さんに他のプレゼントも用意してるんだ。明日――」


胸が苦しくなり、陽菜は思わず聞いた。


「景子……ママの誕生日、覚えてる?」


「え? なに?」


景子はちらりと母親を見上げると、すぐにまた貝殻に目を落とした。


「ママ、話しかけないで。順番がわからなくなるよ」


陽菜はゆっくりと抱いていた手を離し、長い間ただ立っていた。


娘は最後まで顔を上げなかった。


唇を噛みしめ、陽菜は無言で部屋を出た。


階下で、田中さんが言った。


「奥様、ご主人様に電話しましたが、今夜は用事があるとのことで、お先にお休みになるよう……」


「わかった」陽菜はそう返すと、娘の言葉を思い出し、ためらいながらも藤原悠真に電話をかけた。


何度も呼び出し音が鳴り、ようやく繋がった悠真の声は冷たかった。


「用事なら明日――」


「悠真、こんな時間に誰?」


下瀬知絵の声がはっきりと聞こえた。


陽菜はスマホを握りしめた。


「何でもない」彼女が何も言わないうちに、電話は切れた。


数ヶ月ぶりの再会を求め、わざわざアメリカまで飛んだのに、夫は帰る気もなく、電話すらまともに聞いてくれない。


ここ数年、彼の態度は一貫してこうだった。


冷たく、距離を置き、面倒そう。


もう慣れているはずなのに。


以前なら、悠真がどこにいるのか、帰ってこれないのか、優しく尋ねただろう。


しかし今日は、疲れていたのか、そんな気力さえ湧かなかった。


翌日、目が覚めると、やはり藤原悠真に電話してみた。


アメリカと日本の時差は約18時間。


今日が彼女の本当の誕生日だった。


この旅の目的は、娘と夫に会いたいという思いの他に、この特別な日に三人でランチをすることだった。


これが今年の誕生日の願いだった。


悠真は出なかった。


しばらくして、ようやく悠真からメッセージが来た。


【何のご用件】


【昼、時間ある? 景子も連れて、三人で食事しない?】


【わかった。場所を決めて知らせろ】


【うん】


その後、何の連絡もなかった。


やはり彼は彼女の誕生日を忘れていた。


予想していたこととはいえ、胸の奥にじんわりと寂しさが広がった。


身支度を済ませ、階下へ降りようとした時、娘と田中さんの会話が聞こえてきた。


「奥様がいらっしゃって、景子様は嬉しくないのですか?」


「パパと知絵の姉さんと明日海に行く約束してたのに、ママが突然来たら、ついてこようとしたら困るじゃん。それにママって意地悪だよ、いつも知絵姉さんに厳しいし――」


「景子様、奥様があなたのママですよ。そんなことを言ったら、奥様が悲しみます」


「わかってる。でもパパも私も知絵姉さんの方が好きなんだもん。なんで知絵姉さんがママじゃダメなの?」


その後田中さんが何と言ったか、陽菜にはもう聞こえなかった。


景子は陽菜が手塩にかけて育てた。


この二年間、父娘の時間が増えるにつれ、娘はますます悠真に懐くようになった。


去年、悠真がアメリカに赴任する時、娘はどうしても一緒に行きたいと言い張った。


陽菜は寂しかったが、娘の悲しむ顔が見たくなくて、仕方なく承諾した。


まさか……


雷に打たれたように、陽菜はその場に固まり、顔から血の気が引いた。


仕事を押してまで駆けつけたのは、娘と少しでも長く過ごしたかったからだ。


しかし今のところ、どうやら余計なお世話だったようだ。


部屋に戻り、持ってきたプレゼントを再びスーツケースに詰め込んだ。


ほどなくして、田中さんから景子を連れて出かけるという連絡があった。


陽菜はベッドの端に座り、心の中が空っぽになった。


すべてを置いてやって来たのに、本当に彼女を必要としている人は誰もいない。


彼女の到来は、まるで笑い話のようだった。


長い時間をかけてようやく外出し、見知ったはずの街を当てもなく歩き回った。

昼近くになり、ようやくランチの約束を思い出した。

朝の会話を考え、娘を迎えに行くべきか迷っていると、悠真からメッセージが届いた。

【昼は用事ができた。食事は中止だ】

陽菜は画面を見つめ、特に驚きも感じなかった。


もう慣れている。


藤原悠真にとって、仕事、友人との約束……


何もかもが妻より優先される。


彼女との約束は、いつでも彼の気分次第でキャンセルされ、彼女の気持ちなど考慮されることはない。


寂しい? 昔はそうだったかもしれない。


今はただ、無感覚だった。


ふと気づくと、車はかつて悠真と何度も訪れたレストランの前に停まっていた。


入ろうとした瞬間、ガラス越しに藤原悠真、下瀬知絵、そして藤原景子の三人の姿が見えた。


知絵は景子と並んで座り、悠真と談笑しながら娘をあやしていた。


景子は楽しそうに足をぶらぶらさせ、知絵とじゃれ合い知絵が一口食べた菓子を口に運んでいた。


悠真は微笑みながら二人に料理を取り分けていたが、その視線は常に対面の知絵に注がれ、まるで彼女以外に見えるものがないかのようだった。


これが彼の言う「用事」だった。


これが命がけで産んだ娘だった。


藤原陽菜は唇を歪め、長い間その光景を見つめていた。


そして最後に、視線を外し、その場を去った。


藤原家の本邸に戻ると、陽菜は離婚届を起草した。


悠真は陽菜の少女時代の全ての憧れだった。


しかし彼の目に陽菜が映ったことは一度もない。


あの事故と藤原家の当主の圧力がなければ、悠真は陽菜と結婚することさえなかった。


昔の陽菜は、ただ頑張ればいつか悠真に見てもらえると信じていた。


現実は彼女に容赦なく冷たい真実を突きつけられた。


もう七年になる。


そろそろ目を覚ます時だ。


離婚届を封筒に入れ、田中さんに手渡し、「悠真に渡してください」と頼んだ後、陽菜はスーツケースを引きずりながら運転手に言った。


「空港へ」

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