俺は死んだ。
いや、正確には、プロの料理人として鍋を火にかけたまま寝落ちして、火事で死んだ。情けないことこの上ないが、事実である。
「おめでとうございますっ! 異世界転生の対象に選ばれましたーっ!」
「うるせぇよ。こんな死に方してんだから静かにしてくれ」
目を開けると、目の前に立っていたのは、ポニーテールのちびっ子女神。頭の上には「研修中」と書かれた札が浮いている。どうやら、俺の担当らしい。
「えっと、担当女神のルナですっ! 本日は初仕事なので、気合い入れて頑張ります!」
「こっちは気合い入れて死んでないけどな」
「ごめんなさい……」
落ち込むの早いな。こいつ、ポンコツか?
「と、とにかく! こちらがあなたに割り当てられたスキルです!」
女神が差し出したスクロールに書かれていたのは、たったひとつの単語。
『スキル:エサ』
「エサ……? なんだ、これ」
「エサですっ! 説明しますと、モンスターにエサを与えることで仲良くなれる、交渉系スキルです!」
「つまり……戦闘には向かない?」
「基本的にはエサ係ですね!」
「変えてくれ」
「えっ!? いやいやいや、今さらキャンセル不可です!」
女神は半泣きになりながら、書類をバラバラと取り出して説明し始めた。
「えっとえっと、ランダムスキル配布で、私がちょっとボタン間違えて……で、でもきっと有用なんですよ!?」
「絶対ミスったろ」
「うぐ……。じゃ、じゃあ……その、せっかくなので、出発前におにぎりとか、何か食べます?」
「……え?」
女神が手から簡易コンロを出して火をつける。炊きたての白米が湯気を立てていた。
「私、神界でおにぎり担当だったんです!」
「担当ってなんだよ」
「おにぎり握る神職です! 魂送りのあとに、皆さんに食べてもらってたんです。……なので、お料理は得意なんですよ?」
そのとき、俺のポケットに手つかずのサバの缶詰が入っていたことを思い出した。無性に焼きたくなって、手近な枝に缶を置いて火で炙ってみる。
――ジュワアッ。
脂の乗ったサバの香りが、ぷわんと立ち込めた。手際よくおにぎりの具として入れ込む。
「う、うわああ……いい匂い……!」
新人女神の目が、完全に猫のように細くなる。
「それ、ちょっと……ひと口……!」
「はいはい。どうぞ」
俺がおにぎりを渡すと、女神はぱくっと口に入れた。
「んんっ……しあわせぇぇ……!」
そのまま、女神はポワポワと空中に浮かび、頬を染めてうっとりしている。
なんか、光ってないか……?
『スキル【エサ】発動──対象:神格存在・ルナとの契約が成立しました』
「え?」
「えっ?」
頭の中に響いた機械音声に、俺と女神ルナはそろって固まった。
「え、まって、私、契約された!? え、どういうこと!?」
「いや、俺も知らんわ!」
だが、次の瞬間、女神はにこにこしながら俺に抱きついてきた。
「じゃあ、これから一緒にがんばりましょーねっ! ご主人さまっ!」
「いや、勝手に懐くな!!」
――こうして俺は、エサをきっかけに、神様を最初の仲間にするという意味不明な異世界生活をスタートさせることになった。