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 それからと言うものの、深侑は気まずくて一方的にエヴァルトのことを避けて生活をしていた。それもこれもイヴが言った『結婚間近』なんて言葉や『エヴァルトが深侑を愛している』なんて言葉を真に受けているからだ。


 その日からまともにエヴァルトの顔を見られなくなり、会話もなくなって部屋に行くこともなくなった。そんな状態で一週間が経ち、今朝方イヴに「もしかして私が余計なことを言いましたか!?」と何度も何度も謝罪されたものだ。


 もうそろそろ元の関係に戻らないとエヴァルトがアルトになってしまう可能性が高いけれど、色恋沙汰にとんと疎い深侑は一週間ぽっちでは頭の切り替えができない。恋人いない歴イコール年齢である自分をあまり舐めないでくれ、なんてぶつぶつと呟いた。


「レアエル殿下、王太子殿下から贈り物が届いています」

「はぁ!? またあいつから? しつこいな本当に……」

「ま、まぁまぁ。見るだけ見てみませんか?」


 あの時レインと話した『魔法地図』の贈り物だろう。今日も今日とて贈り物の中身を見ずに受け取り拒否しようとしていたレアエルを何とか宥め、届けてくれた従者を部屋の中に招き入れた。


「ったく、どうせ突き返すって言うのに何で僕が見なくちゃいけないんだ……」

「見てください、殿下。これって何ですかね?」


 深侑が贈り物を受け取りわざとらしくテーブルに置くと、それを見たレアエルの瞳がきらっと輝きを増した。もともと大きめの瞳が更に見開かれ、テーブルに置かれたレインからの贈り物に興味津々のような顔をしていたので深侑は内心ガッツポーズをした。


「これは魔法地図……だと思うけど……」

「魔法地図?」

「今より100年前の地図だね……これからそれぞれの時代の変化を見られる地図だと思う」

「へぇ! すごい、地図上の雲とか鳥が動いてますね」

「話は聞いたことあるけど、実際に見るのは初めてだ……しかも100年前から現代まで見ることができるなんて、貴重な地図だと思う」

「そうなんですか」


 先日の話では、現代の生活を魔法地図に描くのは難しいとレインは話していた気がするけれど、レアエルへの贈り物だから何とか調整してくれたのだろう。案の定、この地図の送り主が誰かも忘れ釘付けになっていた。


「100年でこの大陸がどんな変化を遂げたのか分かるのは面白いな。あいつはどうやって手に入れたんだろう……」

「きっとレアエル殿下のためになると思って選んでくれたんでしょうね。お礼の手紙でも書きますか?」


 そう聞くとレアエルは一瞬嫌そうな顔をしたけれど、貴重だと言う魔法地図と天秤にかけ「……一言くらいなら書いてやらなくもない」と悔しそうに呟いた。


 手紙用の覆い洋紙に書くにはスペースが余りすぎるが、感謝する、とぶっきらぼうに書かれた一言に深侑のほうが感動してしまった。この一言を書くまでにどのくらいの月日が経ち、レインは何度贈り物を断られ、無視されてきたのか。


 どちらの気持ちも知っているからこそ、このまま二人が歩み寄ってくれたらいいなと心から深侑は願った。


「じゃあ今日はこの魔法地図を見ながら歴史の勉強をしましょうか」

「賛成だ!」


 書き終えた手紙を従者に渡し、レアエルは教科書片手に魔法地図を覗き込んで楽しそうな声を上げた。


 深侑も一緒になって楽しく歴史の勉強をしてルンルン気分で公爵邸に帰る途中、馬車を降ろしてもらって歩いて帰ることにした。それくらい気分がよくて、思わずスキップしながら深侑は歩いていたくらいだ。


「………先生?」


 天気もいいし、レアエルがレインにお礼の手紙を書いてくれたし、今日はとても完璧な日だったことに感謝しながら歩いていると突然横から話しかけられた。驚いてそちらを見ると白いシャツの腕をまくり、ボタンをいくつか外してはだけた胸元には汗が光っていてやたらとセクシーな姿をしたエヴァルトがいて、深侑はヒュッと息を飲んだ。


「歩いて帰ってきたんですか? 馬車は?」

「え、ええと」

「もしや置いて帰られたんです? 今日の御者は誰だったかな……クビにしないと」

「クビ!? いやいや、違うんです! 歩いて帰りたい気分だったのでさっきそこで降ろしてもらっただけです!」

「本当ですか?」

「本当です!」

「それなら、まぁ……」


 あまり関わることがなかったので深侑は忘れていたが、公爵邸の真裏にはレイモンド騎士団の訓練所がある。騎士のための寮も近くにあり、普段は騎士たちで賑わっているのだ。今はまだ訓練中の時間帯だったからか、エヴァルトの片手には剣が握られていることに気がついた。


 彼は「あとで一応御者に確認しますけど……」と言いながら、汗で濡れた髪の毛をかき上げる。そんな姿があまりにも目に毒で、深侑はパッと顔を逸らした。


「ミユ」


 びくっと、体が震えた。


 今まで聞いたことがないほど低いエヴァルトの声を初めて聞いたからだ。


「今夜は私があなたの部屋に」


 深侑の体の奥底から熱が這い上がってきた。エヴァルトのたった一言で自分の中の何かが作り変わる気がして、触れられてもいないのにエヴァルトの熱に支配されている気がした。


 ちらり、彼の顔色を伺う。エヴァルトのほうが深侑よりも背が高いので仕方がないが、こちらを見下ろしているダークグリーンの瞳がギラリと光っているように見えた。


「いいですか? ミユ」

「は、は、はい……」


 一週間、エヴァルトを避けてきた罰が下る日が来てしまった。先ほどまで幸せだった明るい気持ちはどこへ行ったのか、恐怖で緊張しながら公爵邸までの道のりを深侑はとぼとぼと歩きながら帰路についた。




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