「ミユ……あまり、その……可愛いことを言って私を困らせないでください」
顔をほんのり赤く染めたエヴァルトの目元を深侑は指先で優しく撫でる。エヴァルトは気持ちよさそうに目を細め、深侑の指に擦り寄った。
「……先に、謝らせてください、小公爵様」
「何を謝るんです?」
「避けていたこと……どんな顔をして小公爵様と会ったらいいのか、分からなくなって……」
「……イヴから話は聞いていました」
「えっ、そうなんですか!?」
「先生の様子がおかしいのは自分のせいなのだと、涙目で頭を下げられました」
エヴァルトはその時のことを思い出しながら苦笑し「私のせいですね」と呟いた。エヴァルトの頬に触れている深侑の手に自分の手を重ね、こつんと額を押し付ける。久しぶりに感じたエヴァルトの熱に深侑の視界がじわりと滲んだ。
「私も先生に甘え過ぎていた自覚があるので大人しくしていたんですが、今日会ったあなたの顔にクマがあったので、心配になって来てしまいました」
「ちが、このクマは、なんて言うか……っ! 小公爵様のことを、考え過ぎて……」
「私のことを?」
「だ、だって! イヴが小公爵様は俺を、あ、あ、愛しているだとか、変なことを言うから意識してしまって……!」
「……先生」
「ありえないって分かってますよ、もちろん! でも俺はそういうことに耐性がなくて、頭の切り替えがなかなか上手くできなくて……だから最近避けてしまっていたんですけど、でも……!」
「ミユ」
また低い声に名前を呼ばれ、早口で捲し立てていた深侑が気づいた時にはすでに唇が塞がれていた。柔らかくて温かいエヴァルトの唇が重なっていて、隙間から熱い舌が差し込まれる。驚いて口を開けると、呼吸を奪われそうになるほど深い口付けが待っていた。
「ぷぁ、んー……っ」
「鼻で呼吸をしてください、先生」
「んん、ぁ……」
「上手」
エヴァルトに言われた通り鼻で呼吸をすると、口が塞がれていても随分と楽になった。涙で滲む視界に映るのはひどく愛おしそうな顔をしながらも複雑そうな表情を浮かべているエヴァルトで、深侑は思わず彼の首に腕を回してぎゅっと抱きつく。大きな手が背中を撫でると深侑の腰が浮き、熱い舌を伝って流し込まれる唾液がたらりと唇の端から顎に零れ落ちた。
「っは……」
「しょ、こーしゃく、さま……」
「ミユ……私があなたに“そういう感情”を抱いていると言ったら、軽蔑しますか?」
ぷつり、二人の間を繋いでいた銀糸が切れる。エヴァルトの太い指が深侑の唇からぐいっと唾液を拭い、触れるだけのキスをしてそう呟いた。
「そういうかんじょう、って……」
それが分からないほど、鈍くはない。エヴァルトの真剣な眼差しに心臓を射抜かれ、深侑は顔を真っ赤に染め上げた。
「あなたを愛してしまいました、先生」
とても真っ直ぐに、真剣に、切実に呟かれたエヴァルトの言葉が深侑の中にすとんっと落ちてきた。深侑自身、こんなにも真摯に告白をされたのは初めてだったので頭の中は混乱していたが、心の中は海が凪いでいるように穏やかな気持ちだった。
「最初は確かに、ただの興味でした。あなたに触れたいからアルトになろうと思ったこともありましたし、あなたに触れられたいからマスターになってほしいと提案しました。ずるいことをしてあなたの側を独占したけれど、もうそれだけでは足りなくなっている自分がいます。許されるならあなたの全てを私に、私の全てをあなたに捧げたいと……そう、願ってしまいました」
まるで映画やおとぎ話のような告白なのに、とてもエヴァルトらしい素直な言葉が深侑の心に響く。彼に触れるのは嫌ではないし、触れられるのも嫌ではない。何とも思っていない人からキスをされても気持ち悪いだけだと思うが、エヴァルトとするキスはこの世のものとは思えないほど甘くてとろけてしまいそうになるのだ。
名前を呼ばれるのは特別だと感じるし、エヴァルトが笑いかけてくれると胸が高鳴る。秘密を共有しているから『特別』だと思うのかもしれないけれど、この気持ちはそれだけではないと深侑自身も感じていた。
「すみません、困らせるつもりはなくて……。先生は聖女様と元の世界に帰る方法を探してほしいとおっしゃっていたのに、私がこんなことを告げると迷惑にしかなりませんよね」
切なそうに笑いながら離れていくエヴァルトの服を深侑は無意識にぎゅっと掴んでいた。ここでエヴァルトを離してしまったら、きっとこれから別々に歩んでいくことになるかもしれない。深侑の中で『それだけは嫌だ』と感じたので、自分の心に素直に従うことにした。
「ほ、本気なら、抱きしめてください」
「せんせ……?」
「本気じゃないなら、手を振り払って出て行ってくださ――」
背骨が折れてしまうのではないかと思うほど強く、強く、抱きしめられた。
深侑の背中と後頭部を引き寄せ、まるで体が溶け合って一つになってしまうのではないかと思うほどエヴァルトが抱きしめてくるので、深侑は彼の胸に顔を埋めた。
「俺もですと言ったら、小公爵様は困りますか……?」
「っ!」
「婚約者のお話も、見合いのお話も、全部全部嫌です。俺だけにしてほしいって、こんなわがまま、俺のほうが年上だから言いたくない、のに……」
「先生、私にはなんでも、全て言ってください」
顎を掬われ、エヴァルトと目が合う。いつもより更に優しい違路を浮かべているダークグリーンの瞳に吸い込まれそうで、深侑は両手でエヴァルトの頬を包み込んだ。
「俺の……この気持ちも、きっと愛だと思います」
涙交じりにそう言うと、キスの雨が降り注いだ。