エヴァルトとは『恋人同士』と言ってもいいのか、毎日チョコレートやキャラメルを使ったお菓子も真っ青になるほど甘い時間を過ごしている。
ただ一つ懸念点があるとすれば、婚約者のことだ。エヴァルトはトラブルを避けるため、一方的な婚約解消ではなく彼が書類にサインをするのを望んでいるのだと言っていた。そこが精算されないと深侑も心からエヴァルトのことを求められないのだが、こればかりは仕方がないことなので待つしかない。
「はぁ……」
「みーたんっ、どうしたの? お疲れ?」
「矢永さん……聖女の仕事帰り? 怪我はない?」
「うん、だぁいじょーぶ! ピンピンしてるよ!」
離れの庭園で休憩していると、ちょうどやってきた莉音が隣に座って深侑の顔を覗きこむ。こちらの世界の化粧品を使いこなしているのか、可愛らしいメイクをしたキラキラの目元が眩しい。最近は教え子というより妹のように思えて、深侑は無意識に莉音の頭を撫でていた。
「矢永さんはさ、ラヴァ様が俺のことを好きとか何とか言ってたのに、俺にムカつかないの?」
「なんでみーたんにムカつくの?」
「いや、だって……俺がいなければよかったとか思わない?」
「ぜーんぜん思わない! てかむしろ、みーたんがいなくちゃやってけないし!」
そう言いながら莉音はぎゅっと深侑の腕に抱きつく。彼女の天真爛漫さや純粋さには打たれるものがあるなと、少しだけ荒んでいた深侑の心が浄化される。
思えば、元の世界で莉音のこういった姿や笑顔はあまり見たことがなかった。彼女はいつも何かを諦めたような顔をして、取り繕った笑顔を貼り付けていたのだ。皮肉なことに、訳も分からず『聖女』なんて役目を背負わされたこの世界でのほうが、莉音は輝いているように深侑には見えていた。
「みーたん、絶対離れないって約束して!」
「ふふ、分かった分かった」
「ほんとに分かってる? 口先だけじゃダメだからね!」
「うん。先生も矢永さんが一緒じゃないとこの世界ではやってけないよ」
「えへへ、そうでしょー? あたしらこれからも二人なんだし、仲良くやらなくっちゃ」
「……矢永さんは、元の世界に戻ることは考えてない?」
何となくこの話を二人でする機会がなかったが、深侑としては莉音の意思を確認しておきたいと常々思っていたことだ。莉音はスッと深侑の腕から離れ、足をぷらぷらと揺らしながら長い髪の毛を指に巻き付けている。
その姿はまるで幼い子供のようで、深侑の胸がざわついた。
「あたしは……待ってる人も探してる人もいないと思うし、別にって感じかな」
「……そんなことはないと、思うけど」
「そんなことあるよぉ。みーたんだって本当は分かってるでしょ?」
実は莉音は、ある大企業の社長の娘なのだ。ただこれが複雑な事情があり、社長の愛人の子供で莉音の母が亡くなってから社長の家に引き取られた過去がある。上に二人の兄がいて、その兄の母親も亡くなっていたらしいが、腹違いの兄妹仲は上手くいかないものだ。父親は子供の教育には無関心で、莉音は唯一心の拠り所だった母親を亡くし文字通り孤独になったのだ。
莉音の家庭事情を思い出した深侑はふと、レアエルと状況が似ているなと気がついた。レアエルも莉音も母親を亡くし、片方しか血が繋がっていない家族とは上手くやっていけず孤独を味わっている。
莉音はラヴァだと思っているが中身はレアエルなので、もしかしたら何か感じるものがあったのかもしれない。
「そういうみーたんは? みーたんはさすがに元の世界に戻りたいよね……」
「置いてきた仕事もあるし、家賃とか諸々気になることはあるけど……俺がいなくても、世界は回るだろうなぁとは思うよ」
「みーたんがいなかったら困る人も多いと思うけどね〜」
「はは、そんなの……嫌味を言う人がいなくなった教頭先生くらいかなぁ」
「あははっ! それは言えてるかも!」
莉音が深侑の肩に頭を預け、その莉音の頭に深侑も少しだけ体重を預ける。日本で言う春のような季節がずっと続いているからかこの国は過ごしやすく、ふわりと優しく吹く温かい風が二人の間を通り抜けていく。
この世界に来て初めてこんなにも穏やかな時間を過ごしたなと、深侑はぼんやりと考えた。
「……みーたんはさ、エヴァルトさんとどーなの?」
「えっ?」
「もしかしてまだ付き合ってない?」
「ちょ、ちょっと待って、なんで矢永さんがそんなこと……!」
「だってあたし、エヴァルトさんに色々そーだんされたんだもん」
「はぁ!?」
今の今まで穏やかな時間を過ごしているなと思っていたのも束の間。莉音の衝撃的な告白に深侑は目を見開いて驚いた。