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第5章:それぞれの恋



 ラヴァに一目惚れをしたという爆弾発言があった後から、莉音は聖女の仕事の合間にレアエルの離れをよく訪れるようになった。


「ねぇねぇ、レアくぅん。ラヴァくんって次はいつ来る予定なの?」

「……知らない」

「じゃあラヴァくんの好きな食べ物とかは? あたし、こー見えても料理とかお菓子作りめっちゃ得意なの! あ、ほらコレあげるぅ。クッキー作ってきたんだよ♪」

「あいつの好みとか全く知らないから! 僕に聞かれたって何も答えないからな!」


 レアエルにラヴァのことを聞いては『何も知らない』と言われ続けているけれど、莉音は全くめげない。莉音いわく「全く会えないのも織姫と彦星っぽくてロマンチックじゃん!」と意気揚々と言っていた。


 深侑は莉音がいつか諦めるかレアエルが折れるのが先か考えているけれど、レアエルにとって問題なのは莉音だけではなくレインのこともだ。レインもあれ以来頻繁に離れに足を運ぶようになり、レアエルの姿のままだとレインに構われ、ラヴァになると莉音に構われるので最近は毎日ストレスが溜まっているらしい。


「なかなか、レアエル殿下が大変そうです」

「言ってしまえば自業自得ではありますが……まぁ、これも人生経験ですよ」

「あまり冷たいことを言わないであげてください、小公爵様」


 レアエルが大変な思いをしている最中、その陰で深侑とエヴァルトは実った恋を大事に育んでいた。今日も今日とて夜になると深侑はエヴァルトの部屋を訪れ、彼の膝に座ってくっつきながら一日の出来事をお互いに報告し合う。その合間にキスをしたり彼に触れたり、マスター業務も欠かさずに行なっているのだ。


「矢永さんの質問攻めにはうんざりしてましたけど、このクッキーだけはぺろりと平らげたんですよ。ものすごく素直ですよね」

「ああ、殿下の様子が目に浮かびますね……」

「小公爵様もおひとつどうですか? 体力が少し回復するっていう、聖女様の力が込められているらしいですよ」

「では……先生が食べさせてください」

「えっ」

「手ではなく、口で」

「く、く、くちで……!?」


 いわゆる、口移しだ。想いが通じ合った者同士はこうやって愛情表現をするのだな、と色恋沙汰に疎い深侑は日々エヴァルトから教わっている。恥ずかしさに震える手でクッキーを口に咥え、薄く開けているエヴァルトの唇に押しつけた。


「んっ、ま、まって……!」


 小さなクッキーは二口で食べられてしまい、最後の仕上げとでも言うように深侑の唇が奪われる。エヴァルトの舌はクッキーの甘い味がして、その甘さにくらりと目眩がした。


「……聖女様に、美味しかったとお礼を伝えてください、先生」

「ふ、ふぁい……」

「先生? もう一口いただいても?」

「や、おれ、食べ物じゃないです……っ」

「でも、美味しそうに見えるんです」

「んん……!」


 触れるだけのキスではなく、舌を絡めて唾液が混ざり合うようないやらしいキスに深侑はまだ慣れない。エヴァルトの舌が動くたびにくちゅくちゅと水音がすると耳を塞ぎたくなるし、鼻で呼吸をしなさいと言われても慣れていないから上手くできなくて苦しくなる。


 それでもエヴァルトに触れられていると思うと嬉しくなるし、深侑も彼にもっと触れたくなるのは『愛している』からだろうか。


「ん……先生の舌、熱いですね」

「小公爵様も、熱いです……」

「今日は一日中、先生に口付けたくてたまらなかったんです」

「な、なんでですか?」

「疲れていると、たまらなく先生を思い出すんです。きっと私のマスターでもあるからでしょうね」

「……アルトになりそうですか?」

「先生、何で少し嬉しそうなんですか」


 エヴァルトのことを思うと、ストレスが溜まったらポメラニアンになってしまう体質は本当に困るだろうし、大変な思いをしているのは分かっている。ただ、深侑が連れかている時はアルトのもふもふ具合を思い出して恋しくなるのだ。


 エヴァルト相手では深侑から触れるのは恥ずかしさや躊躇いもあるのだが、アルトが相手だと素直な感情表現ができる気がする。できることなら一晩中あの柔らかい毛玉を抱きしめて眠りたいが、エヴァルトからは拒否されるだろう。


「アルトは可愛くて癒されるので……時々会えたら嬉しいなぁ、と……」

「つまり、私は可愛くないと?」

「小公爵様は可愛いと言うよりかっこいいですから……」

「まぁ……アルトになればあなたと一緒に入浴することも可能ですしね」

「ちょ、っと! それはナシです!」

「そうは言っても、あなたの体は見せてもらいましたから……恥ずかしがっても遅いのでは?」


 アルトになっていた時、雨に濡れて寒そうだったアルトと深侑は一緒に入浴をしたことがある。その時に裸になった深侑の体をじっと見ていたので不思議な犬だなと思っていたのだが、その中身はエヴァルト。彼に体を見られていたのだと理解はしていたが、恥ずかしさに深侑は記憶を封印していた。


 その記憶を呼び起こされ、カリッと耳たぶを噛まれ低く囁かれるとぞわりと背筋が粟立った。


「いつか、このベッドの上で先生の体を見せてください」

「ひぁ……っ」

「私の体も見ていいですから、ね?」


 さすがに、ベッドの上で体を見せ合うことの意味くらいは深侑も分かっている。経験はないけれど、想いが通じ合っている者同士がベッドの上ですることといえば一つしかないだろう。そしてきっと、深侑が『下』のポジションなのだろうなと何となく分かっていた。


「ちゃ、ちゃんとした経験がないので、優しくしてください……」

「先生に経験があったら、私は嫉妬で狂ってしまうでしょうね」


 ちゅ、と頬に優しい口付けが待っていた。エヴァルトは少し強引な部分もあるけれど、基本的には深侑の気持ちを優先してくれる。恋愛初心者である深侑の歩幅に合わせてくれる彼の優しさが身に沁みた。




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