突然応接間に入ってきた莉音はラヴァの腕にぎゅっと抱きついて、きゅるんっという効果音が聞こえるほど愛らしい顔で彼を見上げていた。
「せ、聖女様? 僕に何かご用ですか?」
「あのねぇ、この前会った後からラヴァくんのことが忘れられなくてぇ……」
「はい?」
「あたし、ラヴァくんに一目惚れしちゃったっぽい!」
「は、はぁぁあ!?」
ラヴァも驚いていたが、一番驚きの声を上げていたのは深侑かもしれない。彼女の保護者として先日はレインとの結婚の話を保留にさせたばかりだが、まさかその彼女が大人化したレアエルに一目惚れしていたとは想像もしていなかった。
「ちょっと冷たそうな感じとかぁ、クールな印象でめっちゃタイプ! レインくんより王子様っぽくてかっこいいなぁって」
「……僕がかっこいい?」
「うん、超かっこいい!」
「ふーん……」
莉音に『かっこいい』と言われて満更でもない顔をしているラヴァだが、彼の青い瞳は莉音ではなく深侑をじっと見つめた。
「聖女様には申し訳ないけれど、僕には好きな人がいるんだ」
「うそ、付き合ってる人がいるのぉ!?」
「付き合ってはないけど、僕の片想い……ね、ミユ」
「へっ!?」
「みーたん!? やだやだ、あたし勝ち目ないじゃん!」
好きな人、と言いながらラヴァは深侑の肩に手を回して自分のほうに引き寄せる。莉音は一目惚れした相手が自分の担任だったことに悲痛な叫び声を上げ、レインは相変わらずじとっとした目でラヴァを見つめ、この場が凍りつくほど一瞬で雰囲気を変えたエヴァルトの冷たい視線は深侑の背中に突き刺さっている。
――お、俺が悪いわけじゃないし……!
ラヴァに肩を抱かれながらエヴァルトに抗議してみるけれど、当然ながら深侑の言葉は彼に届くことはない。先日、莉音たちが遠征から戻ってきた時と同じようなカオス状態に、深侑の頭はズキズキと痛みが走った。
「……聖女様、お言葉ですが素性の知れない方です。本当にレアの親族がどうか怪しいですから、あまり深入りなさらないほうがよろしいかと」
「えー? でも、みーたんもエヴァルトさんも親族だって言ってたよ?」
「親族なのは事実だと思いますが、俺を好きだとかそういう話は事実とは異なります……」
「異なっていない。僕はミユと会った時からずっと好きなんだ」
「ガーン! あたしまじで振られたってことじゃん!」
「違う違う違う、本当に違うから勘違いしないで!」
深侑が慌てふためきながらその場を収めたものの、その日の夜の『彼』は最高潮に機嫌が悪かった。
「………俺のせいではないですが、俺の態度が悪かったのかもしれません」
「……」
「でもでも、レアエル殿下にそういう素振りを見せたことはないですし、ちゃんとお断りもしました!」
「……」
「小公爵様、お願いですから元に戻ってください……!」
その日の夜、エヴァルトの部屋に行くとベッドの上で黒い塊が丸まっていた。その正体は言わずもがなアルトで、犬の姿をしていてもムッとした顔をしているのが分かる。深侑が触ってエヴァルトに戻そうとしてもするりとかわされて、一切触れられないように逃げ回っていた。
「も、もしかして俺が小公爵様とレアエル殿下のお二人と関係を持ってるとお思いですか!? あり得ないですよ、相手は12歳ですよ!?」
「わう」
「そんなの分からないじゃないですか、じゃないですよ! 正直、小公爵様とだって4歳も離れてるんですよ!? だけど俺は、小公爵様だからって……」
「……」
「それに、俺はほとんど恋愛経験がないので、同時に二人の人と……とか器用なことはできません! 小公爵様のことで頭がいっぱいなんです、恋愛初心者舐めないでください!」
恥を忍んで深侑が叫ぶと、アルトは頭を深侑の手に押し付けてくる。本当はエヴァルトとは思えないほど小さくてふわふわの頭を深侑がゆっくり撫でると、一度瞬きをした間にアルトはエヴァルトの姿に戻っていた。
「……あなたに怒っていたわけではありません。醜い嫉妬です」
むうっと唇を尖らせながら深侑の体を抱きしめ、エヴァルトはぐりぐりと深侑の肩に額を押し付けた。大きい体に戻ったのに行動はアルトのままで、拗ねまくっているエヴァルトの頭をそっと撫でる。そんな深侑の細い腕を取り、エヴァルトは熱い唇を重ねた。
「ん……」
「殿下が、先生のことを気に入っているのは分かっていました。でも、私と同じで恋愛対象として見ているとは思わず……私だけが先生の魅力に気づいていたわけではないのだなと思ったら、嫉妬してしまったんです」
「俺に魅力があるかは分かりませんけど……でも、俺のことを愛してると言うのは小公爵様くらいですよ。だから安心してください」
「……本当ですか?」
「はい。昨日の今日で浮気なんてしません、ってば……」
そういえば、自分たちは昨日想いを伝え合ったのだ。そのことを思い出すと深侑は照れてしまって、首から上が熱くなるのを感じた。
途端にエヴァルトのことを意識してしまって汗をかいていると、大きなベッドにぼふりと押し倒された。
「恋愛経験がないというのも、本当ですか」
深侑の両手に自分の手を絡めて見下ろしてくるエヴァルトの目は真剣そのもので、まるで頭からバリバリと食べられてしまうのでは、なんて恐怖すら覚える。それなのに深侑の体には自分でもよく分からない興奮が走り、背中がぞくりと粟立つ。
すり、と絡まる指の付け根を擦られると甘い声が出てしまって、口を塞ぎたいけれど両手はエヴァルトによって拘束されている。深侑は首から上だけではなく全身を真っ赤にしながら「ほ、ほんとう、です……」と呟くと、エヴァルトは満足そうに微笑んだ。
「先生の初めてになれて、嬉しいです」
「うぅ……お、お手柔らかにお願いします……」
「もちろん。先生に合わせますよ」
――キスは、好きだ。
エヴァルトとしかしたことはないけれど、なぜ恋人同士がキスをするのかこの年齢になって深侑は初めて知った。触れ合ったりキスをしたりすると頭がふわふわして幸せな気持ちになる。
そんな相手と出会えたことはきっと奇跡なのだろうなと、エヴァルトに抱きつきながら深侑は改めて感じた。