深侑の前でニコニコと人懐っこそうな笑みを浮かべている男性が、エヴァルトの元婚約者らしい。なぜだか分からないが深侑の心臓が早鐘のように脈打ち、くらりと目眩までしてきた。
「騎士団のほうにもいなかったし、いるならここかなと思ったんだけど。レアエル殿下と見知らぬ人が二人いるだけだったかぁ」
「お前、まさかエヴァルトと会うつもりか?」
「それ以外になにがあるの? オレたちまだ婚約中らしいし、婚約者に会いに来るのは間違いじゃないですもん。あなたもそう思いません?」
「えっ、えっと、そうですね……」
「ミユ!」
元婚約者――メリルから質問されると、突然のことに驚いた深侑は思わず肯定してしまった。レアエルは頭をガリガリ掻き回してため息をつき、こういう時は大人しい莉音はじっとメリルを見つめながら冷静に状況を観察している。
ただの第一印象だが、メリルはどこか飄々として掴みどころがないように深侑には見えた。そして、男らしいと言うよりは綺麗という表現のほうが近い。確かに、エヴァルトと並んでいたら絵になるような人だなと思うと、深侑の心臓は鋭いナイフで切り付けられたように痛んだ。
「もしかして新しく来た聖女様とー……聖女のおまけってあなたのこと?」
「ちょっと! みーたんを“おまけ”なんて言わないで!」
「そうだぞ、メリル。あまりミユに無礼な口を聞くな、僕が許さないぞ」
「こ、こら、二人とも! そんなに突っかからないでいいですから……!」
「へぇ、レアエル殿下を手懐けてる。聖女様もおまけ派なんだ? おもっしろーい。もしかしてエヴァルトも絆されてたりする?」
メリルがエヴァルトの名前を呼び捨てにしていることに、深侑は少し動揺した。エヴァルトが教えてくれなかっただけで、本当は二人とも相当仲がよかったのではないか?と、考えてしまったのだ。
「エヴァルトの匂いがする。聖女様のおまけさん、あなたってエヴァルトの何?」
「なに、と言われても……」
「ミユはあいつの大事な相手だ。まだ解消の手続きをしていないからって、あまり調子に乗らないほうがいいぞ、メリル。お前のほうが先にエヴァルトを捨てたんだからな」
「いつから殿下は飼い主から番犬になったんです? この人にそんな魅力があるとは思えませんけど」
メリルは深侑のことを上から下まで眺め、馬鹿にしたように笑った。その笑みはあまりにも不快に思えたが、ここで深侑が怒ると余計に場が混乱する原因になる。ぐっと言葉を飲み込んだ深侑を見て「手応えないな〜」とメリルは苦笑した。
「こんな地味な人を側に置くなんて、エヴァルトも趣味が変わったなぁ。オレとは全然タイプが違うみたい」
「はぁ? みーたんは可愛いってエヴァルトさんも言ってたし!」
「エヴァルトがどれだけミユを溺愛してるか知らないからそんなことが言えるんだろ。むしろ僕は、お前と婚約していたほうが不思議だけどな」
「あはは、ひどいなぁ。オレだってすっごーく愛されてたんですけど?」
深侑は確かに、こちらの世界の人と比べれば容姿は劣るし自信もない。ただそれを面と向かって言われたことはなかったので、グサっと心に刺さった。
「まぁ、どうでもいいけど。とりあえず、エヴァルトが帰ってくるまで公爵邸にいようかなぁ。実家には追い出されちゃったんですよ〜、可哀想でしょ?」
「自業自得だ。公爵家との縁談を反故にした大馬鹿者だからな。ミユもなんとか言ってやれ! 今はお前だって公爵邸に住む一員なんだから」
「へえ! 聖女のおまけなのにレイモンド公爵家に住んでるんですか」
メリルからは完全に敵意を感じる。ちゃんとした自己紹介もしていない初対面の相手だが、深侑がエヴァルトの『お気に入り』だと分かったからか、1ミリも隠そうとしない剥き出しの敵意にむしろ感心しそうだった。
「……俺は公爵家の人間ではないので何とも言えません。でも、小公爵様が“婚約を解消するために”あなたを探していたのを知っているので、書類にサインをするまで消えないでほしいかなと」
「ふ〜ん、そっか。君も本気なんだ?」
「小公爵様がそう望んでいるので」
二人の間にはバチバチっと火花が散る。エヴァルトのことを何とも思っていなさそうなメリルには負けるかと、深侑の瞳には闘志が浮かんだ。