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「さて、君はただの人間か」

「な、なに……っ」

「後で尋問できるように眠りの拘束をしておこうね。魔物たちは闇へお帰り」


 リエーネが手をかざすとメリルは気を失って側に倒れ込み、唸っていた魔物たちは塵となって消え失せた。


「レインは私が処置をしてみたけれど、大事をとって王宮の医師に診てもらったほうがいいね。今は眠っているようだし呼吸も安定しているから、迎えを待とうか」

「あ、あの……リエーネ女神様、なんですか……?」


 眠っているレインをソファに運んだ後、深侑は恐る恐る質問した。リエーネはニコッと微笑みながら頷いて「いかにも」と肯定した。


「長い間、私たちの問題に巻き込んでしまって申し訳ないと、心から思っている。グレアを封印できるほどの力が再生していなくて……って、歴史書にも載っていない話だから訳が分からないか」

「訳が分からないって言うか……あたしはぜんぶ意味ふめーなんだけど……?」

「まぁ、順を追って話そうか。この国を長年脅かしていたグレアは元々、大地と力の神だったんだ」


 昔々、それこそアルテン王国ができるよりも更に昔、この大陸ができた頃の話だ。


 愛と創造の神であるリエーネと大地と力の神であるグレアは、恋人同士だった。そしてリエーネをはじめとする五人の神が大陸に動物や生物を放つと進化を遂げ、人間が生まれたと言う。


 ただ、人間は愚かな生き物だった。


 大陸全体を自分たちのものにしようとする野蛮な人間が現れ、神々が希望を持って創った世界は血の海になったらしい。そんな人間の醜い争いを愛をもってして止めようとしたのはリエーネだったが、グレアは『もっと殺し合えばいい。自分の力を見せつけなければ生き残れない』と、二人の考えが決別した。


 人間たちの愚かな戦さを楽しむグレアについていけず、別れを告げた。するとグレアは怒りに震え、大陸が地割れを起こし、大勢の人が亡くなったのだという。そしてのちに、グレアの怒りで分断された大陸にはそれぞれの国ができ、アルテン王国も同時期に誕生した。


 そしてグレアは大陸を捨て、自ら破滅の道を歩んだとリエーネは語る。


 それから何千年もの間グレアとの争いが続き、リエーネは自分の力を吸い取られてからは逃げることしかできなかったそうだ。性別や見た目を変えて魔の手を振り払おうと試みたらしいが、それでも彼は追ってきたのだと。


「グレアは魔王と言われているけれど、彼の周りには闇から生まれた魔物たちしかいなかった。魔王であるグレアしかそこにはいなかったから、何千年もの長い時間を一人で過ごしてきたんだろう。私を欲していたのはただの執着心……歪んだ愛し方しか知らなかったんだ」


 映画やドラマのような話だが、深侑の目で見たものや耳で聞いたことは嘘ではないと理解した。きっと二人が和解する道もあったのだろうけれど、深侑がそれを言うのは違う気がしてきゅっと口をつぐむ。隣にいたエヴァルトがそっと肩を抱いて深侑の体を引き寄せ「無事でよかったです」と囁いた。


「ただ、グレアは相当弱っていたんだろうね。何の抵抗もなく封印を受け入れ……人間の子まで使うくらいだ。自分の力だけでは限界があると悟っていたんだろう」

「封印したそれはどうなさるんですか?」

「これは私が持ち帰って、数千年かけて浄化するよ。この黒い玉が透明になる頃には、グレアも綺麗さっぱり消えてしまうさ」

「……一度は愛した人が消えてしまうのは、悲しくはないですか」


 深侑がリエーネの立場なら、色んな後悔が残るだろうなと感じた。もっと話し合う余地があったとか、もっと相手の気持ちを理解できただろうなとか、自分には後悔しか残らないだろうなと思えたのだ。


「そうだなぁ。私が愛したグレアはあいつが闇を選んだ時に死んだから、寂しさや悲しさはもう忘れてしまったよ」


 そう言ってリエーネは笑ったが、少しだけ切なそうな顔をしていたのは深侑の見間違いだと思うことにした。


「諸悪の根源が封印された今、聖女の役割は終わりを迎えたも同然だが……まだ魔物は闇から現れるかもしれない。エヴァルト、リオン、処理を頼まれてくれるかい?」

「が、頑張る!」

「承知いたしました」

「それから……君が無礼なことを言ったお仕置きのつもりだったのだけれど、私がかけた呪いで“真実の愛”を見つけたようだね、エヴァルト・レイモンド」


 くすっとリエーネが笑い、エヴァルトは照れたような困ったような表情をして「はい……」と呟いた。深侑の肩を抱くエヴァルトの手に力が入ると『あなたのことですよ』と言われているようで、深侑まで顔に熱が集中するのを感じた。


「性別や見た目に囚われない“真実の愛”……見つけられてよかった」


 部屋の外からバタバタと足音が近づいてきて「王太子殿下!」「レアエル殿下も中に……!」と慌ただしくなってきたなとドアのほうを見た一瞬の間に、リエーネはいなくなっていた。


「はぁ……これから後始末が大変ですね」

「レイン殿下の容体を診てもらわないと……」

「ったく、弱いくせに突っ込んでいくからこんなことになるんだ、レインは!」

「……レアくん? あたしに話すことあるよねぇ?」

「いや、まぁ……そうだな……」


 ひとまず色んなことに区切りがついたその日、残された人間を待ち受けていたのは『後始末』という面倒ごとだった。




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