あの騒動以降に分かったのは、メリルは魔王・グレアから洗脳されていたわけでも何でもなく、自らの意思で魔王に協力していたのだと自供した。
魔王と出会ったのは本当に偶然で、商人としてアルテン王国に入国していたグレアに一目惚れをしたメリルはそのまま彼についていくことを決めたらしい。エヴァルトに対しての愛は微塵も持ち合わせていなかったらしく、グレアのほうが魅力的に見えたのだと言う。公爵家に滞在していたのは人質にする深侑の動向を把握するためだったのと、リエーネの居場所を突き止めるためだったという供述を聞いた深侑はメリルを一発殴っておけばよかったという後悔に苛まれた。
「私とメリルの婚約は正式に解消され、彼は向こう200年は禁錮の刑が決まった。自害できないよう魔法をかけられ、真っ暗な地下牢で過ごすしかない。死んでもずっと幽閉されたままだと」
「そうですか……」
「納得してない顔ですね、先生」
「違います、納得はしてるんです。してるけど……小公爵様を苦しませて傷つけたことに対して、謝罪をしてほしくて……俺が一発くらい殴っていたらスッキリしたかもしれないんですけど……」
「先生はそんなことしなくていいんですよ。あなたの手が傷付いたら、私のほうが悲しいですから」
深侑の白くて細い手をぎゅっと握りしめ、ちゅっとリップ音を鳴らして口付ける。無事にメリルとの婚約が解消できたのは喜ばしいことだが、後味の悪い事件だったなと深侑は深いため息をついた。
「……お前たち、僕がいるのが見えていないのか?」
「ちなみにあたしもいるけど、ラブラブなのはいいことじゃーん!」
「そうか、エヴァルトと先生はそういう仲だったんだな……」
「気づいてなかったの? にっぶ!」
「う、すまない……俺はそういうことには疎いんだ。でも、レアにはまだ早いと思うが」
「子供扱いすんな、ばーか!」
「そーゆーとこでしょ、レアくん」
忘れていたわけではないのだが、深侑たちが集まっているのは王宮にあるレインの部屋だ。レインはメリルに刺されたものの、リエーネの処置のおかげで一命を取り留めた。まだベッドに横になったまま安静が絶対条件だが、あの事件の翌日には目を覚ました強靭な体力の持ち主だ。
「レアくんには謝ってもらいたいことがあるんだよねぇ」
「……僕だってレインに謝ってもらいたいことがあるけど」
「ううーん、じゃあ俺はエヴァルトに謝ってもらおうかな」
「なぜ私が……」
「呪いのことを黙っていたじゃないか。あんなに可愛らしいことになるのなら、一度くらい抱っこしてみたかった」
「私の呪いに関しては言えることじゃないでしょう……」
「大人ってずるいよねぇ。ぜーんぶ知ってたのは結局みーたんとエヴァルトさんだけなんて!」
「ずるいとかずるくないとかじゃなくて、大人として君たちの成長を見守るために――」
「こーちょーせんせーみたいなお説教はいらないってばー!」
莉音が深侑に抱きつきながら話を遮るので、ここまでにしておくかと苦笑した。今日ここに集まったのはメリルのことだけではなく、お互いのことについて話をするためなのだ。
「……まず謝らなくちゃいけないのは俺だね、レア」
「……」
「レアが一番辛い時に寄り添ってあげなくて、本当に申し訳なかった。どうせ嫌われるのなら、嫌だと言われても側にいて嫌われたらよかったと何度も思ったよ」
「その話をしてくれたら、僕だってこんなに拗れなかったのに……」
「客観的に見て、今までのレアにこの話をしても受け入れてくれなかったと思う。今、取り乱さずに聞けるほど成長したのは先生のおかげだね」
レインの言う通り、深侑が出会った頃のレアエルだったらこんなに冷静に話を聞いていられなかっただろう。今までの積み重ねがあったからこそレアエルはレインや王妃の話を受け入れられて、自分の中でどうにか解消しようとしている。
そんなレアエルの変化が見て取れて、深侑とエヴァルトは顔を見合わせて笑い合った。
「………僕も、ずっと意固地になってて、すまなかったと思う」
「レア……」
「母上がいなくなったのを信じたくなくて……ひとりぼっちになってしまったと思い込んで……」
「一番辛かったのはお前なんだから、謝る必要はないよ。俺や王妃にはもっと他にやり方があったはずだから」
「それでも! 僕のわがままで苦しませていたのかと思うと……ごめんなさい、兄上……」
「っ!」
レアエルが初めてレインのことを『兄上』と呼んで、レインだけではなくエヴァルトの視界もじわりと滲む。深侑がこの世界に来るまではエヴァルトが一人でレアエルたちの架け橋になりながら板挟みになっていたので、感慨深いのだろう。
隣で小さく鼻を啜るエヴァルトに深侑が寄り添うと、ぎゅっと肩を抱かれて頭にそっと口付けられた。