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第二十話

三時間後、再び鍵穴が回る音がした。高島光がドアを開けると、小早川遥は部屋の隅で静かに膝を抱えて座っていた。その様子を見て、高島の顔に満足そうな笑みが浮かぶ。


彼は道中で買ってきたミネラルウォーターとパンを遥の前に差し出した。


「遥、少し何か食べておこう。すぐ出発するから。」


遥はうつむいたまま、袋の中の食べ物をちらりと見ただけで動こうとしない。


高島の我慢が限界に近づいた頃、遥はやっとゆっくりと手を伸ばし、水のボトルを取った。キャップを開けようとしたが、丸一日何も口にしていなかったせいか力が入らず、そのまま高島に渡す。


その小さな依存の仕草が、高島を大いに満足させた。


彼は口元に微笑みを浮かべ、軽々とキャップを開けて彼女に返し、ついでに遥の頭を優しく撫でた。楽しげな口調で言う。


「やっとわかってくれたんだな。遥、僕たちはきっと一緒にいる運命なんだ。安心して僕のそばにいて。高島の両親のことは、僕がちゃんと話をつけるから。」


遥は何も言わず、小さく頷いた。


「うん。」


この一言で、ここ一ヶ月以上押し殺していた苦しみや不安が、すべて吹き飛んだような気がした。


高島は上機嫌になり、パンに手を伸ばして食べ始めた。


遥も少しだけ水を口に含み、飲み終えたボトルを高島に返しながら、そっと彼のそばに置いてあったリュックに手を伸ばす。


「もう一度、持ち物を確認しておくね。何か忘れ物がないか心配で。」と小さな声で言った。


高島は特に疑う様子もなく、リュックを渡した。


遥はうつむいてポケットの中を探りながら、高島が水を飲んでいる隙に、自分の在留カードをそっとソファのクッションの隙間に押し込んだ。


一通り探すふりをした後、リュックを高島に返した。


ちょうど高島もパンを食べ終え、時間を確認してから遥の手を引いた。


「もう行くぞ。」


二人は階段を降りていく。外には停めてあった車がそのままあったが、運転手の王の姿はなかった。


遥は自分から助手席に座り、シートベルトを締める。高島は運転席に乗り込み、自分のシートベルトを締め始めた。


その隙に、遥は二人の間に置いてあったリュックを手に取り、中の食べ物を取るふりをする。


車が暗い地下駐車場を抜け出た瞬間、遥は突然驚いたような声を上げ、慌てた様子で高島を見た。


「光さん!私の在留カード、持ってない?さっき確認したときに部屋に落としたのかな?」


高島の表情が一瞬で固まり、眉をひそめる。


「ちゃんと持ってきたはずだが……なくなった?」


遥が確信を持った様子でうなずくと、高島は苛立ちを隠せなかった。


「なくしたなら仕方ない、また再発行すればいい。」


遥の手のひらには冷や汗が滲み、頭の中で必死に理由を探し出す。


「でも、グアムで結婚手続きするのに、身分証明書がないと駄目じゃない?手続きができなければ、結婚も延期になっちゃう……」


「結婚」という言葉に、高島の目に焦りが走る。しばらく考えた末、彼は妥協した。


「わかった。君は車で待ってて、ドアはロックしておく。すぐ戻るから。」


そう言って、全てのドアをしっかりロックし、念を押してから早足で建物内へ戻っていった。


遥は静かに助手席に座り、彼の姿が完全に建物の影に消えるまでじっと見つめていた。


その時、車の後方に静かに人影が現れる。


「ガシャン!」


突然、後部座席の右側の窓ガラスが大きな音を立てて割れ、蜘蛛の巣状のひびが一気に広がり、破片が飛び散った。


遥はためらうことなくシートベルトを外し、リュックを掴んで身をかがめ、割れた窓から素早く外へ抜け出した。


腕にガラス片でいくつか細かな傷ができたが、気にする様子もない。


彼女は鉄パイプを手にした白河夕を見て、心からの声で「ありがとう」と言った。


白河は無表情で、路地奥の半開きの鉄の扉を指差す。


「住所は君の婚約者に伝えてある。来るかどうかは君次第だ。」


そう言い、鉄パイプを無造作に地面に落とした。ガシャンと鈍い音が響く。


遥はもう振り返ることなく、後ろの車や砕けた窓も一瞥せず、全力で半開きの鉄扉へと駆け出していった。

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