藤原逸は理奈より頭一つ背が高く、顔立ちは司と似ているものの、雰囲気はまるで違った。
司が冷たい刃なら、逸はまるで眩しい太陽のよう。
典型的な反抗期の少年だ。
逸は腕時計と、菓子箱のようなものを差し出した。
理奈はまだ夢の記憶に浸っていて、手を伸ばそうとしない。
「これさ」
反応がない理奈に構わず、逸は自分で説明した。「千島汐っていう女の子が無理に渡してきたんだ。腕時計預かってたのが気が咎めるって、お詫びにお菓子作ったらしい」
逸には余計なお世話にしか思えなかった。
女って本当に面倒だ。
彼は気だるそうに言った。「渡したし、俺はもう帰るわ」
理奈はようやく我に返り、腕時計と菓子箱を受け取った。
視線は逸に釘付けのまま。
目の前の反抗的な顔は、どうにも気に入らない。
けれど、この生き生きとした姿は、夢の後半ではもう見られなかった気がする。
足を岩で大怪我し、神経もやられて、歩けはするものの、大好きなバイクにはもう乗れなくなった――
そんなことを思い出し、理奈は思わず口にした。
「車もバイクも、運転には気をつけて。絶対に無理しないようにね」
まるで年長者のような口調だった。
表情も真剣そのもの。
逸はオープンカーに乗り込み、エンジンをかけようとした。
そのとき、ふと動きを止める。
振り返って、驚いた顔で理奈を見た。
「?」
聞き間違いかと、無意識に耳を触る。
理奈が普通の顔をしているので、さらに混乱した。
「???」
「えっと……」理奈は失言に気づき、とっさにごまかした。「本当は司の言葉よ。家でいつも、バイクは危ないって心配してるから」
司の名前を出せば問題ないと思った。
だが――
逸の顔はますます不思議そうになる。何か妙なものでも聞いたかのようだった。
「???」
司が自分を心配する?
どうしても信じられない。
逸が疑わしそうにしているのを見て、理奈は手を振った。
目で「早く行って」と促す。
「もういいから、早く行ってよ。私、昼休みなんだから。じゃあね、運転気をつけて」
そう言って背を向ける。
道を渡って、横浜放送局へ戻っていった。
逸は眉をひそめて理奈の背中をじっと見つめた。
何か裏があるはずだと探してみるが、何も見つからない。
しばらくしてからエンジンをかけ、車は風を切って走り去った。
……
その頃、横浜放送局の交差点の向こう側。
白鳥雅はレクサスの車内から一部始終を見ていた。
爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめている。
もう理奈に直接問いただすまでもない。
全てがはっきり見えた。
あの男は横浜の財閥界で有名な藤原家の次男、藤原逸。
あの白いミツオカ・オロチの持ち主も藤原姓。
逸も藤原。
運転手が成りすましているわけじゃない。
どんなに認めたくなくても、答えは明らかだった。
雅は疑問に思い、何度も藤原家について調べたことがある。
検索ワードを入れると、最初に出てくるのは「司」。
藤原財閥の現当主だ。
頭に名前がよぎっても、即座に除外した。
あり得ない。
司については少しは耳にしていた。
理奈がどんなに運が良くても、司には辿り着けないはず。
司は若くしてビジネス界で名を馳せ、手腕も冷徹。
何より、近寄りがたい雰囲気で、他の財閥の跡取りと違いスキャンダルもない。
どう考えても理奈とは縁がない。
万が一理奈が藤原家と関わっているなら、せいぜい他の二人に違いない。
逸は女遊び盛りで、芸能ニュースでよく女性と写っている。
たまには年上に手を出して息抜きに理奈と付き合う、というのも考えられなくはない。
どんなに理奈を見下していても、彼女の明るい見た目なら、退屈した坊ちゃんを一時的に引きつけることもあるかもしれない。
雅は唇を固く結び、拳を握りしめた。
ふと、目に疑念が浮かぶ。
さっき理奈は帽子をかぶり、マンションの防犯カメラにも顔を隠していた。
明らかに意図的だ。
この関係には何か裏があるのかもしれない。
横浜放送局の入口を見つめながら、雅の指は緩んではまた力が入り、嫉妬と悪意が入り混じった。
……
逸はスーパーカーで街を疾走していた。
走っているうちに、自然と口元がほころぶ。
さっきのは空耳じゃないよな?
義姉が、司が自分を心配しているって――
心配ってことは、つまり気にかけてるってことだ。
司はいつも冷たくて、家で会っても学業のことを少し聞くくらいで、バイクの話なんて一度もされたことがない。
子供の頃から一番憧れていたのは司だった。
その司に突然気遣われて、戸惑いはしたけれど――
なんだか、心の奥にほんのり温かいものが生まれた気がした。
逸は急に元気が出て、スピードを落とす。
窓を開けて、海風を顔に受ける。
髪が乱れても気にせず、気分良く口笛まで吹いた。
今、もし誰かが車内を覗けば驚くだろう。
あの反抗的な藤原家の次男が、まるでお菓子をもらった子供のように笑っているのだから。
春先の風は冷たくはないが、長く浴びると顔が少し麻痺してくる。
さっきまでご機嫌だった逸は、突然くしゃみをした。
慌ててハンドルを切り、路肩に車を止める。
しばらく迷った末、スマホを取り出し、司にメッセージを送った。
【逸:ありがとう。やっぱりお兄ちゃんが一番だよ】
……
司はそのメッセージを見て、黙ったまま画面を見つめた。
しばし考え、眉をひそめる。
返事は彼の表情のように冷ややかだった。
【藤原:何かやらかしたのか。素直に言え】
逸の笑顔が固まった。「……」
勘の鋭い兄に全部見抜かれ、余計なことまでバレそうで慌てる。
指がスマホの上で踊るように素早く返信した。
【逸:本当に何もしてないし、全く問題なし!絶対に!】
司は冷ややかに画面を見つめた。
ほう、何もしてない?
じゃあ突然こんな甘えたメッセージを送ってくる理由は一つしかない。
……
逸は息を殺してスマホを凝視していた。
ふいに――
ピンッ――
通知音が鳴る。
【……末尾3459の口座に、6000000円の振込がありました。】
「!!!」
逸は思わず顔がほころぶ。
こんなことってあるか?
これは大勝利だ!