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第20話 これは得した!

藤原逸は理奈より頭一つ背が高く、顔立ちは司と似ているものの、雰囲気はまるで違った。

司が冷たい刃なら、逸はまるで眩しい太陽のよう。

典型的な反抗期の少年だ。


逸は腕時計と、菓子箱のようなものを差し出した。

理奈はまだ夢の記憶に浸っていて、手を伸ばそうとしない。


「これさ」

反応がない理奈に構わず、逸は自分で説明した。「千島汐っていう女の子が無理に渡してきたんだ。腕時計預かってたのが気が咎めるって、お詫びにお菓子作ったらしい」

逸には余計なお世話にしか思えなかった。

女って本当に面倒だ。


彼は気だるそうに言った。「渡したし、俺はもう帰るわ」

理奈はようやく我に返り、腕時計と菓子箱を受け取った。

視線は逸に釘付けのまま。


目の前の反抗的な顔は、どうにも気に入らない。

けれど、この生き生きとした姿は、夢の後半ではもう見られなかった気がする。

足を岩で大怪我し、神経もやられて、歩けはするものの、大好きなバイクにはもう乗れなくなった――


そんなことを思い出し、理奈は思わず口にした。

「車もバイクも、運転には気をつけて。絶対に無理しないようにね」

まるで年長者のような口調だった。

表情も真剣そのもの。


逸はオープンカーに乗り込み、エンジンをかけようとした。

そのとき、ふと動きを止める。

振り返って、驚いた顔で理奈を見た。


「?」

聞き間違いかと、無意識に耳を触る。

理奈が普通の顔をしているので、さらに混乱した。


「???」


「えっと……」理奈は失言に気づき、とっさにごまかした。「本当は司の言葉よ。家でいつも、バイクは危ないって心配してるから」

司の名前を出せば問題ないと思った。


だが――

逸の顔はますます不思議そうになる。何か妙なものでも聞いたかのようだった。


「???」

司が自分を心配する?

どうしても信じられない。


逸が疑わしそうにしているのを見て、理奈は手を振った。

目で「早く行って」と促す。

「もういいから、早く行ってよ。私、昼休みなんだから。じゃあね、運転気をつけて」

そう言って背を向ける。

道を渡って、横浜放送局へ戻っていった。


逸は眉をひそめて理奈の背中をじっと見つめた。

何か裏があるはずだと探してみるが、何も見つからない。

しばらくしてからエンジンをかけ、車は風を切って走り去った。


……


その頃、横浜放送局の交差点の向こう側。

白鳥雅はレクサスの車内から一部始終を見ていた。

爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめている。


もう理奈に直接問いただすまでもない。

全てがはっきり見えた。


あの男は横浜の財閥界で有名な藤原家の次男、藤原逸。

あの白いミツオカ・オロチの持ち主も藤原姓。

逸も藤原。

運転手が成りすましているわけじゃない。


どんなに認めたくなくても、答えは明らかだった。

雅は疑問に思い、何度も藤原家について調べたことがある。

検索ワードを入れると、最初に出てくるのは「司」。

藤原財閥の現当主だ。


頭に名前がよぎっても、即座に除外した。

あり得ない。

司については少しは耳にしていた。

理奈がどんなに運が良くても、司には辿り着けないはず。


司は若くしてビジネス界で名を馳せ、手腕も冷徹。

何より、近寄りがたい雰囲気で、他の財閥の跡取りと違いスキャンダルもない。

どう考えても理奈とは縁がない。


万が一理奈が藤原家と関わっているなら、せいぜい他の二人に違いない。

逸は女遊び盛りで、芸能ニュースでよく女性と写っている。

たまには年上に手を出して息抜きに理奈と付き合う、というのも考えられなくはない。


どんなに理奈を見下していても、彼女の明るい見た目なら、退屈した坊ちゃんを一時的に引きつけることもあるかもしれない。

雅は唇を固く結び、拳を握りしめた。


ふと、目に疑念が浮かぶ。

さっき理奈は帽子をかぶり、マンションの防犯カメラにも顔を隠していた。

明らかに意図的だ。

この関係には何か裏があるのかもしれない。


横浜放送局の入口を見つめながら、雅の指は緩んではまた力が入り、嫉妬と悪意が入り混じった。


……


逸はスーパーカーで街を疾走していた。

走っているうちに、自然と口元がほころぶ。


さっきのは空耳じゃないよな?

義姉が、司が自分を心配しているって――

心配ってことは、つまり気にかけてるってことだ。


司はいつも冷たくて、家で会っても学業のことを少し聞くくらいで、バイクの話なんて一度もされたことがない。

子供の頃から一番憧れていたのは司だった。

その司に突然気遣われて、戸惑いはしたけれど――


なんだか、心の奥にほんのり温かいものが生まれた気がした。

逸は急に元気が出て、スピードを落とす。

窓を開けて、海風を顔に受ける。

髪が乱れても気にせず、気分良く口笛まで吹いた。


今、もし誰かが車内を覗けば驚くだろう。

あの反抗的な藤原家の次男が、まるでお菓子をもらった子供のように笑っているのだから。


春先の風は冷たくはないが、長く浴びると顔が少し麻痺してくる。

さっきまでご機嫌だった逸は、突然くしゃみをした。


慌ててハンドルを切り、路肩に車を止める。

しばらく迷った末、スマホを取り出し、司にメッセージを送った。


【逸:ありがとう。やっぱりお兄ちゃんが一番だよ】


……


司はそのメッセージを見て、黙ったまま画面を見つめた。

しばし考え、眉をひそめる。

返事は彼の表情のように冷ややかだった。


【藤原:何かやらかしたのか。素直に言え】


逸の笑顔が固まった。「……」

勘の鋭い兄に全部見抜かれ、余計なことまでバレそうで慌てる。


指がスマホの上で踊るように素早く返信した。


【逸:本当に何もしてないし、全く問題なし!絶対に!】


司は冷ややかに画面を見つめた。

ほう、何もしてない?

じゃあ突然こんな甘えたメッセージを送ってくる理由は一つしかない。


……


逸は息を殺してスマホを凝視していた。

ふいに――


ピンッ――


通知音が鳴る。


【……末尾3459の口座に、6000000円の振込がありました。】


「!!!」

逸は思わず顔がほころぶ。

こんなことってあるか?

これは大勝利だ!

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