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第9話

チャトランガに新しいメンバーが増えた。

何だかんだで人数の多いチャトランガは気づけば新しい顔ぶれが増えていたりするけれど、何故かトップに祀り上げられている僕とはなかなか接点がない。


というより基本的に幹部のメンバーは変わらないし、幹部だけのアジトでいつもサーンプさんとか三日月チャーンドさんとかとチェス対戦している。あとはたまに三叉槍トリシューラさん。


だからそもそもそこに新人が訪れること自体がない。


「それにシヴァ様はチェスがめちゃくちゃ強くてよ!俺も勝てた試合は片手で数えられる程度だぜ。あの御人は一体何手先まで読んでいるのかわかんねぇ。本当にすげぇ方なんだ!」


と、昨日の帰り道、聞きなれた声と名前に、思わず足を止めればそこには嬉しそうに笑いながら僕のチェスの腕前を褒める三叉槍トリシューラさんが。

好きな物、しかもチェスの腕前をそこまで褒めてくれる三叉槍トリシューラさんの様子にきっと僕の顔は緩みきって大変気持ち悪いことになっていただろう。


「さすがにそれは大袈裟じゃないかな。」


でも、同じようにチェスの強い三叉槍トリシューラさんに、本当にすげぇ方なんだ!と豪語されるほどではないと思う。

そもそも三叉槍トリシューラさんとの試合はいつも僅差で僕が勝てているようなものだし、サーンプとの試合では今のところ勝敗は五分五分らしいし、彼も有数の実力派だ。


「シヴァ様!?いつから聞いてたんすか!?」

「王様!?」


どうやら僕が思わずこぼした独り言が耳に届いたようで、2人が慌ててこちらを振り返った。三叉槍トリシューラさんが、珍しく顔を赤くしていたので、きっとあの言葉は本心だったのだろう、と僕はまた顔をだらしなく緩ませていたと思う。


その後、何故か力強く「入ります!」と宣言した松野君。

チェスの話をしていたところを見ると、彼は恐らく三叉槍トリシューラさんのチェス友達なのだろう。


チェス友達の三叉槍トリシューラさんがチャトランガに所属しているため、恐らくこの組織に入ったのだろうけど、ここ、普通の組織じゃないんだよなぁ。

一応、チャトランガの拠点に案内しては見たものの、彼は不良組織には似合わないタイプの人間だし、とりあえずチェスに誘ってみた。

しかし大変言いずらそうに「すみません……チェスは初心者で王様と対戦できるほどの実力は……」と、どこか泣きそうな顔で告白された。


(あー、初心者なのもあってチェス友達の三叉槍トリシューラさんから僕の話聞いたりしてたのか……)


もしかしたら、三叉槍トリシューラさんは組織に所属するついでに他のチェス好きに色々指導してもらえ、的な感じで勧誘したのかもしれないけど……これ、松野君も僕みたいにただのチェスクラブと勘違いしているのではないだろうか。


(……うーん、でも三叉槍トリシューラさんが誘った以上断れないし……組織のことには触れさせずにチェスだけ教えればいいかな……)


なんて考えては見たものの、完全に萎縮している目の前の松野君にチェスをやらせるのもなんとなく気まずい。

まずは松野君もできるチェス以外のボードゲームとかで緊張を解す所からやってみようか。


実は、僕自身他のボードゲームも好きで、オセロや将棋、囲碁なども嗜んでいる。

もちろん、1番好きなのはチェスだけれど。


次にチャトランガに顔を出す時は他のボードゲームも持ってこようかな、と自分の中で計画を立てていく。


それに、チェスの強いサーンプさん達が他のボードゲーム……いわばマインドスポーツにて、どんな手法を用いて勝利を目指すのか見てみたい。そして是非とも対戦したい。


(ま、まあ、僕が不本意ながらもトップなんだし!少しくらい勝手してもいいよね!)


もちろん、松野君ともチェスをしたいので、まずはチェスの基礎を教えて、他のボードゲームも楽しみつつ、いつか対戦できたらいいな、と思う。冒頭でも触れたように、僕はあまり新人と接点がないので、珍しく接点の出来た後輩に少し浮かれつつ、そう考えていれば、いつの間にか解散モードになっており、その日はお開きとなった。



***



(目立ってる……)


今僕が立っている廊下は賑やかとは別の意味で騒がしい。

何故なら僕がいるのは一年棟と呼ばれる主に一年生の教室がある棟で、二年生のネクタイを締めている僕はとても目立つのだ。

しかもこの目付きの悪さが相まって、完全に不審人物ならぬ不審先輩扱いだ。

遠巻きにこちらを見てはそれぞれが口々に何かを言って騒いでいる。


まずは放課後、松野君と遊びつつ、チェスの練習ができたらいいな、なんて思い、都合がいいか聞きに来たのに、これではまず見つけるところから出来そうにない。


(……そ、そんなに僕の顔って怖いかなぁ……)


それでもここまで来てしまったので、引き返す訳にはいかない。

何としても松野君を見つけて、話しかけなければ!


そうは言っても僕は松野君のクラスを知らないので、誰か他の生徒に尋ねなければいけない。

しかし、もとより自分から意気揚々と話しかけに行けるような人種でもなければ、人と話すことが得意という訳でもない。


とりあえず、話しかけやすそうな人がいないかと辺りを見回すも、皆見事に僕から一定の距離を保ってこちらを見ている。


「はぁ……」


これは見つけるのは無理そうだ、と思った所で僕は気づいた。

そういえば昨日、連絡先を交換していたことに。


(僕のバカ!普通に連絡すればよかったんじゃん!)


わざわざ一年棟まで来て変な注目を浴びて不審者扱いされに来る必要なんてこれっぽっちも無かった。


とりあえず、「知り合い探しに来たんだよー」と周りに弁明をするかのようにスマートフォンを取り出し、載る人の少ない連絡帳から松野君の名前を選ぶ。


何度かコールした所で『王様!?どうしたんですか!?』と慌てた声が飛び込んできた。

何故か僕には学校で「王様」という呼び名が付けられている。

俺自身は何故そんな呼び名がついたのかわからないし、あったとしてもきっとろくな由縁じゃないとわかっているので、あまり好きではない。

あと考えられる理由があるとするなら名前の『汪』からさんずいを取ると『王』になるから、くらいなものだが、それも「お前そんな陰キャで王とか笑えるな!次から王様って呼んでやるよ!」くらいの理由だろう。

なんだろう、悲しくなってきた。


「……松野君を探していたんだけれど、見つからなくて。あと僕のことは『王様』じゃなくて『汪』で言いって言っただろう?」


と、なんとか敬語を使いそうになる所を先輩っぽく在りたいという小さな意地で留める。


『す、すみません……!今どちらにいらっしゃりますか?』


突然押しかけたにも関わらず文句一つも言わない後輩が本当に可愛い。

よし、僕が思うチェスのコツを全て伝授してあげよう。


なんて、心に決めながら、「一年生棟まで来ているんだけど、都合悪かったかな?」と、応えた。

そして何となく廊下の窓から下へと視線を滑らせると、ちょうど電話相手である松野君とその友達と思われる生徒が数人見えた。

中庭でもかなり隅の方のそこは普段ならなかなか目につかない場所だろう。


よく気づいたな僕、と内心感心しながら目を細める。

僕は運動神経や勉強は駄目駄目でも、視力だけは自信があった。

そのため、松野君達の近くを飛び回る虫が目に入った。

何の虫かまでは分からないが忙しなく近くを飛びまわるそれが、蜂にも見えなくも無い。いや蜂じゃなくても人を刺したりする虫かもしれない。俺は虫に詳しくないのでその辺はよくわからないが。


しかし、目に入ってしまったものは気になってしまう。

ちょうど相手とも通話していることだし、と虫がいるから談笑場所を変えたら?という親切な提案のつもりで


「虫がいるね。」


と、口走った。

口下手な僕が、見事にやらかした瞬間だった。


『……その虫が、例えば僕に害を成したら、王様はどうしますか?』


しかし、松野君には大まかな意味が伝わったらしい。

すごいよ、松野君。君絶対頭いい人だろ。


「……そうだなぁ、潰すとか?」


俺は蚊とかは見つけたら即座に潰してしまうのだけれど、思えば遠目から見ても分かるような大きさの虫を潰すのはいくら男子でもきついかもしれない。僕も素手で潰せと言われたら戸惑うだろう。

それに、窓の向こう側に見える男子たちの顔がサッと青くなったので「え?これ先輩命令?やれってこと!?」みたいな流れになってしまったのかもしれない。


「……害がなければ、放っておいていいと思うよ。僕はね。」


違うよー、先輩命令とかじゃないよー、となんとか弁明するも、松野君以外の男子達はどこか慌てたようにその場から走り去ってしまった。


「ああ、虫がいなくなった。」


そんな勢いに近くを飛んでいた虫も驚いたのかどこかへ飛んでいってしまう。

もしかしてあの男子達は虫が苦手だったのかもしれない。

それなら悪いことをしてしまったと、内心反省する。


しかし、僕は彼らと面識はないので、後で松野君経由で謝罪を伝えて貰おう。


「所で松野君。今日の放課後は暇かな?」


とりあえず、僕は友達と放課後遊ぶという念願の夢を叶えよう!

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