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第9話 石の橋 ②


 街道沿いに進んでいたシュトラは、視線の先で立ち往生している騎士の一団を発見した。

「ねえみんな、ちょっと休憩したくない?長時間飛んでるよね?」

「人助けですか…、“また”」

「あははー」

(普段から、…こんな調子なんでしょう)

 悪びれる風もないシュトラの善性に呆れつつ、羽人族ら高度を落とす。

「地震ですね、揺れている最中は降りれませんよ」

「ッ!!速度上げて!崩れそうな橋に誰かがいるから!!」

「何を!?」

「いいから!!」

「は、はい?!」

 低空飛行のまま、速度を上げた羽人族が橋の上を通り過ぎようとすれば、シュトラは空荷車から飛び降り、自身に掛けられた軽量化の魔法を解いた。

「シュトラ魔女!?」

「間に合って!!」

 シュトラは落下しながらチョークを取り出し、軽く砕いて声を上げることで魔法を発動する。

 一つは軽量化、対象は落下するレオニス。

 一つは緩衝、対象は落ち行く二人。

 あまりに強い声量を準備なく発したため、シュトラの口の中には鉄の味が広がるが、一切を気にせずレオニスの服を掴み、腰に備え付けていた鉤縄へと手を伸ばした。

「シュトラさん!?」

「しっかり捕まってて!!」

「あ、ああ!!」

 投げられた鉤縄は、運良く川岸の岩肌へと引っかかり、直接川へ落ちることはなかった。

 岩肌に叩きつけられたものの、緩衝の魔法が身体を守り事なきを得て、二人は安堵の息を吐き出す。

「ふぅー…」

「はぁー…、お陰様で助かったよ。ありがとう、シュトラさん」

「どういたしまして。…あっ、肖像画の―――」

 シュトラの言葉を遮るように、鉤縄の鉤爪が岩を砕いてしまい、二人は落下を始める。

 目を白黒させたレオニスを、シュトラは羽毛で覆われた腕で抱き締め、自身の身体をクッションに川岸へと落下した。

「だ、大丈夫かい!?シュトラさん、シュトラさん?!」

「いやはや、軽くしといて良かったよー…。それでもちょっと、痛いかな」

 立ち上がったシュトラが、自身の身体に異常がないかを確かめようとすれば、足元の石がグラついて身体が傾く。

「危な―――!!?」

 手を取り、支えようとしたレオニスは、自身に軽量化の魔法がかけられていることを理解できておらず、掴んだ手に誘われてシュトラと倒れてしまう。

「…一体、何がどうなって…………、………。」

「…………。」

 倒れ、ついた手の先は、シュトラの肉付きがよろしくない胸部で、二人は一度視線を合わせた後に、無言が訪れた。ほどほどに長く、気まずい沈黙。

「す、すまない!!今直ぐに退くよ!!」

「ごめんね、魔法陣無しだから、暫くは軽いままなんだよ」

 立ち上がろうとするシュトラに、手を差し伸べそうになったレオニスだが、同じ轍を踏まないよう曖昧な表情を作った。

(これは…嫌われてしまったか…。僕はなんて愚かなんだ)

 頭を抱えたい気持ちを抑え込み、橋のあった場所へと視線を向ければ、騎士たちが覗き込み安堵している。

「副隊長ー!!大丈夫ですかー?」

「ああ、シュトラさんの…迅速の魔女さんのおかげで助かったよ!君たちはしばらく待機していてくれ!」

「了解しましたー!」

「…さて、どう登ったものか」

 川の水によって削られた深い渓谷。登ろうにもそう簡単に登れるような地形はしておらず、縄梯子を下ろしたところで上がるのには大きな危険を伴う。

「よいしょっと。…ふぅ、上に上がるのは問題ないよ。空荷車を下ろした皆が助けに来てくれるし、あたしには軽量化の魔法があるからね」

 自信たっぷりな表情をしたシュトラが胸を張っていれば、羽人族が谷を滑るように降りてきて、二人を上まで引き上げる。


「改めてになりますが、救助していただいたこと、心の底から感謝しております」

「改めて、どういたしまして!」

 跪き最大の感謝を述べたレオニスに、シュトラはコロコロとした笑みを向けていた。

「どういたしまして、ではありませんよ、シュトラ魔女。貴女を危険にさらすために、我々が運搬しているのではない、そのことを理解してください。それに!我々の目的は、他所の純人族なんかを助けることではなく、鉱坑の糸人族を助ける為、しっかりとご理解ください」

「ごめんてー」

 『他所の純人族なんか』その言葉に、差別意識が表れているが、本人が意図して使っている訳ではなく、本心が漏れたものだ。

(溝はまだまだ深そうだね…。今日明日には変えられるようなものでもないし、10年20年、まあ100年でもかけてでも、ゆっくりと変わってくれるといいなぁ)

「ところで橋が崩れちゃったけど、君たちは迂回する感じ?」

「そうなるね。橋が崩れた事の報告も兼ねて、一旦道を戻ってから迂回するさ」

「そう。まだ余震が続くと思うけど、気をつけてね。旅の無事を祈ってるよ!」

「ありがとうございます」

 元気いっぱいに手を振り、曳航役と空荷車へ戻ろうとするシュトラに、レオニスは声を投げる。

「シュトラさん!僕は、レオニス。レオニス・スィルトホレスだ」

「えへへ、どうも。迅速の魔女シュトラ・シュッツシュラインだよ!んー、レオニスさんは、肖像画の人だよね?」

「肖像画の人?」

「あたしの家にさ、レオニスさんの肖像画が飾ってあるんだよ。だからさ、きっと知り合いかなって」

「!?」

 忘れられている、それは確かな事実であるが、シュトラが手掛けた木炭画の肖像画が飾られていると知り、レオニスの胸の締め付けが和らいだ。

「あ、ああ。スィルトホラの街で知り合ってね」

「やっぱり。えへへ、ごめんね」

「いいよ、全然。僕は覚えているからね」

「そっか!それじゃあ、今度教えてよ、どんな思い出かさ!」

 手を振り去っていくシュトラを目で追えば、暗い青色の髪にはイベリスの髪飾りが輝いており、レオニスは相好を崩した。

「副隊長と迅速の魔女様は、お知り合いだったと記憶しているのですが?」

「記憶は儚いものなのだよ、きっとね」

 思い出は儚く散った。…それでも彼の心に確かに残っているのだった。

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