気を失った摩緒を、博輝は優しく膝枕で介抱していた
砂浜に倒れた摩緒の顔は穏やかで、先ほどまでの魔帝の面影は微塵もなかった
周防は龍人の姿から人間の姿に戻ると、魔法で乱れた服装を整えた
破れた部分が修復され、砂やほこりが綺麗に取り除かれる
「エルダ・・・いえ緒方君、いつ自分が、勇者エルダだと気づいたのですか?」
周防は博輝に向かって質問した
「生まれた時から記憶を持っていましたよ」
博輝は淡々と答えた
「最初は混乱しましたが、徐々に前世の記憶が整理されて、自分が勇者エルダと自覚しました」
「先生は?」
今度は博輝が質問を返した
「私も同じです・・・生まれた時から記憶を持っていました」
周防は少し悔しそうに続けた
「ただ、女性だったことには少なからずショックを受けましたが・・・」
「ははは」
博輝は笑いながら言った
「でも、龍王になる前の職業も教師でしたよね・・・今世も教師とは因縁深いですね」
「好きな職業だからいいでしょう」
周防は恥ずかしそうに答えた
博輝の表情が真剣になった
「実は、隣の家に自分と同じ年に生まれた赤ん坊・・・摩緒と初めて会った時に気づいたんです」
「何をですか?」
周防が首を傾げた
「この赤ん坊が魔帝の生まれ変わりで、しかもまだ覚醒していないということを」
博輝は摩緒の髪を優しく撫でながら続けた
「その時、決心したんです・・・魔帝を起こさないよう、摩緒の親友として見守っていこうと」
周防の表情が暗くなった
「す、すまない・・・私が魔帝を覚醒させてしまって」
「仕方ありませんよ」
博輝は優しく周防を宥めた
「先生も摩緒が魔帝だと確信していたわけではないでしょう・・・それに、この世界・・・いや、この日本国内では戦争のない平和で安定した地域ですから」
博輝は海を見つめながら言った
「ここで平穏に暮らしていけば、魔帝が覚醒することはないでしょう・・・肩を張らずに、摩緒を見守っていきましょう」
「そうですね・・・」
「また、先生・生徒としての普段の付き合いで良いでしょう」
博輝と周防は互いに頷き、合意した
・・・・・
翌日から、摩緒は魔帝に覚醒したことを全く覚えていなかった
彼にとって昨日の出来事は、周防教師に屋上に呼び出され、ラノベについて何か変なことを言われた程度の記憶しかなかった
「あの先生、本当にラノベの読み過ぎで頭がおかしくなったんじゃないか?」
摩緒は博輝にそう愚痴をこぼした
「魔帝とか龍王とか、厨二病全開だったぞ」
博輝は苦笑いを浮かべながら相槌を打った
摩緒にとって周防は、依然として痛い女教師という認識のままだった
しかし、摩緒の日常には一つだけ変化があった
周防の授業だけは、なぜか寝ることができなくなったのだ
「あれ?」
摩緒はいつものように幻想の魔法をかけて居眠りしようとした、しかし・・・
『コツン!』
チョークが摩緒の額に飛んできた
「楠木君、授業中に寝るのはやめてください」
周防は冷たい視線で摩緒を見つめた
摩緒は慌てて起き上がった
自分の幻想の魔法は完璧だったはずなのに、なぜバレるのだろうか
次の日も同じだった・・・幻想の魔法をかけて眠ろうとすると、またチョークが飛んでくる
『コツン!』
「楠木君!!!」
周防の声は相変わらず冷たかった
摩緒は困惑した・・・他の授業では相変わらず問題なく眠れるのに、周防の授業だけはなぜかバレてしまう
その様子を見ていた博輝は、内心で苦笑いしていた
(先生、前世での魔帝に対しての怒りを、覚醒していない摩緒にぶつけてますね)
博輝には周防の行動の理由がよく分かった
前世で魔帝にさんざん苦労させられた龍王として、今度こそはきちんと指導してやろうという気持ちなのだろう
チョークが再び摩緒の額に命中する音が教室に響いた
『コツン!』
「うう・・・なんで周防先生の授業だけ・・・」
摩緒は頭を抱えた
佐奈子も心配そうに摩緒を見ていた
「摩緒、最近周防先生に目をつけられてない?大丈夫?」
「分からないよ・・・なんか恨みでもあるのかな」
摩緒は本当に困惑していた
博輝は二人のやり取りを見ながら、心の中で呟いた
(まあ、これくらいなら平和でいいかもしれませんね)
こうして、摩緒の平穏な日常が続いていくのだった
ただし、周防の授業だけは例外として・・・
放課後、三人で帰路につく途中、摩緒は再び愚痴をこぼした
「周防先生、本当に変だよ・・・まるで俺に個人的な恨みでもあるみたいだ」
「そんなことないでしょう」
佐奈子がフォローしたが、摩緒は首を振った
「いや、絶対何かある!!!あの視線は只者じゃない」
博輝は微笑みながら答えた
「まあ、先生なりに摩緒のことを心配してるんじゃないかな」
「心配?あれが?」
摩緒は信じられないという表情を見せた
こうして、新たな日常が始まった
魔帝としての記憶を失った楠木摩緒、それを見守る勇者エルダこと緒方博輝、そして複雑な感情を抱く、龍王ヒョーデルこと周防辰美
三人の関係は、前世とは全く違った形で続いていくことになる
平和な学校生活の中で、果たして彼らの運命はどう変わっていくのだろうか・・・