――その夜。
月は薄雲に隠れ、風の音がやけに色っぽく響いていた。
人気のない旧校舎の資料室。
古びた扉が、ひとりでに静かに開く。
ヒールの音が、カツン、カツンと静寂を切り裂く。
甘く熟れた果実のような香りが、ふわりと漂った。
その女は、誰も知らない裏口のカードキーを使い、ごく自然に侵入していた。
制服に似せた衣服は、ややタイトすぎて、狙っているのが見え見えだ。
タブーと挑発を履き違えたようなミニスカートに、黒の透けタイツ。
シャツのボタンは、なぜか最初から三つ外れている。
彼女は資料棚の端末に手をかざす。
指先に装着された光学グローブが反応し、ホログラムが起動。
《登録者:不明》
《VRデュエルシステム 裏コードアクセス……承認》
《コード:蒼炎》
《対象者:接触済み》
「ふふっ……出会っちゃったのよね、鍵に」
ふてきな笑みを浮かべ、彼女は指先でホログラムカードをなぞる。
青い炎の演出がひらひらと揺れ、その光がまるで肌を愛撫するように見えた。
「無垢で、素直で、反応が全部顔に出ちゃう子。……壊したくなるじゃない?」
恍惚とした息が漏れる。
資料棚にもたれ、シャツの隙間から覗く谷間にVRカードの光がちらつく。
突如として、ホログラムが震え、〈NEW RULE〉と刻まれた黒いカードが表示された。
異端のカード。公式戦で用いられるはずのない、存在しないはずのルール。
「あの子を公式戦に出すってことは……ねえ、見せてくれるんでしょう? いちばん大事なとこ」
甘く、いやらしい声。けれどその奥に、鋭利な狂気が潜んでいた。
「観客の目の前で、快楽か絶望か──どちらかに堕ちる姿。
ああ、想像しただけで、ゾクゾクしちゃう……」
カードが発する熱で、頬がほんのり紅潮している。
――ギュゥン。
突如、ホログラムが自動シャットダウン。
彼女はくるりと背を向ける。踵の音が再び鳴り始める。
そして闇に溶ける直前、くすりと微笑んで囁いた。
「本番──公式戦で、全部暴いてあげる」
資料室に残された残り香だけが、異様に甘く漂っていた。
「嘘はいけないんだから」