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12

 ――その夜。

月は薄雲に隠れ、風の音がやけに色っぽく響いていた。

人気のない旧校舎の資料室。

古びた扉が、ひとりでに静かに開く。

ヒールの音が、カツン、カツンと静寂を切り裂く。

甘く熟れた果実のような香りが、ふわりと漂った。


 その女は、誰も知らない裏口のカードキーを使い、ごく自然に侵入していた。

制服に似せた衣服は、ややタイトすぎて、狙っているのが見え見えだ。

タブーと挑発を履き違えたようなミニスカートに、黒の透けタイツ。

シャツのボタンは、なぜか最初から三つ外れている。

彼女は資料棚の端末に手をかざす。

指先に装着された光学グローブが反応し、ホログラムが起動。


《登録者:不明》

《VRデュエルシステム 裏コードアクセス……承認》

《コード:蒼炎》

《対象者:接触済み》


「ふふっ……出会っちゃったのよね、鍵に」


 ふてきな笑みを浮かべ、彼女は指先でホログラムカードをなぞる。

青い炎の演出がひらひらと揺れ、その光がまるで肌を愛撫するように見えた。


「無垢で、素直で、反応が全部顔に出ちゃう子。……壊したくなるじゃない?」


 恍惚とした息が漏れる。

資料棚にもたれ、シャツの隙間から覗く谷間にVRカードの光がちらつく。

突如として、ホログラムが震え、〈NEW RULE〉と刻まれた黒いカードが表示された。

異端のカード。公式戦で用いられるはずのない、存在しないはずのルール。


「あの子を公式戦に出すってことは……ねえ、見せてくれるんでしょう?  いちばん大事なとこ」


 甘く、いやらしい声。けれどその奥に、鋭利な狂気が潜んでいた。


「観客の目の前で、快楽か絶望か──どちらかに堕ちる姿。

 ああ、想像しただけで、ゾクゾクしちゃう……」


 カードが発する熱で、頬がほんのり紅潮している。

――ギュゥン。

突如、ホログラムが自動シャットダウン。

彼女はくるりと背を向ける。踵の音が再び鳴り始める。

そして闇に溶ける直前、くすりと微笑んで囁いた。


「本番──公式戦で、全部暴いてあげる」


 資料室に残された残り香だけが、異様に甘く漂っていた。


「嘘はいけないんだから」


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